戦國メカニカル
橋本洋一
第1話突然の戦国!
高校の科学部で課題をしていると、何故か戦国時代にいた。
何を言っているのかまるで分からないと思う。
僕だって同じだ。
だけど目の前で、鎧を着こんだ人間が殺し合っている光景が繰り広げられている。
篠突く雨が降り続けている中、学生服の僕は呆然と立ち尽くしていた。
「あ、ははは、はは。なんだこれ……?」
笑うしかないけど、上手く笑えない。
どうすればいいのかも不明だ。
状況が認識できない――
「な、なんじゃ、お前! 何者だ!」
後ろから人の驚く声がした。
振り返ると簡素な鎧を着ている足軽三人が、槍のようなものを構えて警戒している。
「変な恰好で、いきなり現れて! 化生か物の怪か!」
どうやら現れたところを見られたらしい。
不味いと思った僕は咄嗟に手を挙げて「た、助けてください!」と懇願した。
三人の目が血走っている……殺されそうだ……!
「殺さないで! 僕だってよく分からないんです!」
「戦場にいて戯けたことを言いよって……」
「ひいいい!? た、助けて――」
槍先をこっちに突きだしてきたので、僕は内心パニックになりながら逃げだす。
待て! という声が聞こえるけど気にするもんか。追いつかれたら殺される!
「うわあああああああ!」
周りで殺人が行なわれている異常事態。
僕の許容量は既に超えていた。
走って駆けて、転んだりして服が泥だらけになりながら、走るのをやめなかった。
気がつくと戦場の中心を離れられた。そして前のほうに小屋が見えてきた。
三人の足軽は追ってこない。逃げきれたのかもしれない。
急いで小屋の中に入る。戸を閉めて一息つこうと――
「誰ぞ、貴様は……」
「ひいいい!?」
奥のほうから声がした――男の声だ。
小屋から逃げ出そうとすると「まあ待て」と僕を止める。
恐る恐る男のほうを見ると……大怪我をしていた。
「だ、大丈夫ですか……?」
腹から出血している。かなり大量にだ。
薄暗いけど、顔色も悪いことが分かる。
なんとなく、怖さよりも心配が勝ったので、近づいてみる。
「見れば分かるであろう……死にかけよ」
その男はかなり若かった。
二十歳を超えたか、もしくは超えてないくらいの年齢。
僕よりも年上だと思うけど、よく分からない。
鎧は着ていない。動きやすい和服姿だ。
「敵の槍を食らってな。もうすぐ死ぬ……」
「そ、そんな。どうして……」
「戦、だからな」
片手で出血を止めているけど、どくどく噴き出ている。
止血が追い付いていないんだろう。
「貴様、うろんな恰好をしているな」
「えっと。僕、突然ここに来て……ていうか、世間話している場合じゃ――」
「言ったろう。わしはもうすぐ死ぬ」
おそらく武士だろうその人は「無念だ」と短く言う。
涙一つ零さなかったけど、本当に残念そうな顔をしている。
「この戦に勝てば、城を任せられるはずなのにな」
「そ、そうだったんですね……」
「貴様が何者かは知らん。だが……これをくれてやろう」
男は黒い玉を止血していない手で差し出してきた。
手のひらに収まる程度の大きさだ。
僕は怖がりながら、ゆっくりと近づく。
そして玉を受け取った――どくんと脈が打った感覚。
「え、これは……」
「ほう。適応するとは珍しい……」
男は「窮地のときに使え」と疲れたように言う。
「
「く、くりかみ?」
「……ぐはっ!」
突然、血を吐いた男。
僕は玉を脇に置いて「大丈夫ですか!? しっかりして!?」と抱えた。
「最期に、看取ってくれて、感謝いたす」
「そ、そんな……」
「貴様の名は?」
僕は「
男は「筑波、か」と言いつつ意識を失いそうになる。
「あ、あなたの名は? 何か、言い残すことは?」
パニックになりながら、聞かねばならないことを訊ねる。
男は「言い残すこと、か……」と声を振り絞る。
「三河国を、豊かな国に……」
「み、みかわ?」
「わしの名は……
男――松平さんはそのまま眠るように息絶えた。
自然と過呼吸になってしまう。
酸素が行きわたらない。怖くて仕方がない。
「ひ、ひいい、うわあああああ!」
僕は松平さんから離れて、小屋から逃げ出した。
黒い玉を両手に握りしめながら。
◆◇◆◇
再び戦場に来てしまった。
人の死を見たのは初めてだった。
恐ろしくて。気分が悪くなる。
「おええええ、おえ……」
思い出して吐き出してしまった。
松平さんが誰なのか、よく分からない。
もしかしたら人を大勢殺した悪人かもしれない。
話したのも少しだけだった。
それでも、死ぬとなると、可哀想で仕方がなかった。
あの人もまだ生きたいと思っていたんだ。
だって、言っていたじゃあないか。残念とか、城主になれるとか。
それに最後はみかわとかいう国のことを心配していた。
おそらく、松平さんは偉い人だったんだ――
「おぬし、どこのもんじゃ!」
後ろから声をかけられた。
さっきと一緒だなと思いつつ振り返ると、見知らぬ足軽が五人いた。
僕は――よく分からなくて泣いた。
「なんだよう……どうしてこんな……」
「こいつ、いかれか?」
「構うか。手柄首じゃ。わしらの側ではなかろう」
殺気立った足軽が、僕に槍を振るう――
びっ! って音がして、僕の頬が切れた。
「うああああああ!? 痛い、痛いよ!」
驚いて尻餅を突いた。
どくどくと流れている――松平さんと同じだ。
手で押さえるけど止まらない。
「なぶって殺すんか?」
「違う。当たり損ねじゃ」
もう駄目だと思ったとき。
また脈が打つ感覚がした。
ポケットに入れていた黒い玉を取り出した。
血で濡れた手で取った――眩い光が辺り一面に輝く。
「こ、こりゃあなんじゃあ!?」
足軽の声が遠くに聞こえる。
僕はあまりの光で目を閉じた。
「こ、これは……まるで……」
再び目を開けると、僕は黒々とした鎧と兜を纏っていた。
装甲が硬くて、漆黒と言うべきテカリのある質感。
日本の鎧でもなく、西洋の鎧とも違う。何故なら近未来的なデザインが施されていた。
所々にブースターのようなものが付けられており、関節もよく曲がる。
黒を中心で、赤の紋様が刻まれている。時代劇で見たような家紋もある。
分厚いのではなく、身体にフィットするようなスタイリッシュなシルエット。
「なあ!? こいつ、機神遣いか!?」
足軽たちが怯えている。
また聞いた知らない単語、くりかみ……
「くそ、これでも食らえ!」
槍を振り回してきた足軽。
思わず、両手で防いだ――全然痛くない。
すると兜の前面に何かが表示された。
『電磁砲、発射準備開始』
で、でんじほう?
何が何だか分からない――両手が上がった。
両手の付け根から肘を合わせるようにくっ付き、指を一本一本広がった。
手のひらがバチバチと放電し始めた。どんどん光が溜まっていく。
足軽たちはそれを見て逃げ出した。
全身が振動する中、何が何だか分からない僕。
そして兜の前面に再び表示がされた。
『伍、肆、参、弐――壱、零』
光が一気に高まり――発射する。
電磁砲――多分そうだろう――は地平線まで届くかと思われるほど続いた。
そして一気にエネルギーが収束していき、光が消えてしまった。
「はあ、はあ、はあ……」
全身から力が抜ける。
物凄い疲労感だった。
その場にうつ伏せに倒れる僕。
「ゆ、夢だ……これは悪い夢だ……」
そう。これは夢のはずだ。
科学部から戦国時代にタイムスリップするのは百歩譲ろう。
だけど戦国時代とは思えない技術とか電磁砲とか、荒唐無稽過ぎる。
「……もう、どうでもいいや」
疲労感に任せてそのまま眠る。
目を開けたらいつもの部屋にいる。
そう信じたい――
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