第4話 心の見えない彼女と……

「あ~……気持ち悪い……無理……ごめん……」


 校外学習を終えて、学校へ戻るバスの中、友美ちゃんから力のない声が発せられる。


「ゆっくり休んでたほうがいいよ」

「でも、愛子さんつまんなくない……?」

「私のことは気にしないで大丈夫だから、ね。休んでて大丈夫だよ」


 結局、友美ちゃんは行きたいお店や食べたいものに片っ端からチャレンジして、帰りのバスの中でダウンしてしまった。

 バス酔いしやすいのに、どうしてお腹いっぱいになるまで食べちゃうんだろう……。


 私の疑問をよそに、友美ちゃんはバスの窓へ顔を近づけるようにして目をつぶって呼吸に手中しているみたいだった。


 バスの通路側に座っているので、周りのクラスメイトとも話すことはできるけど、他のみんなも色々と歩き回って疲れたのかバスの中は行きとは違って大きな話し声は聞こえてこなかった。

 前や後ろから聞こえてくる規則正しい寝息と、それに遠慮するように小声で話しているクラスメイト。話し声は私の席からは少し離れていて、わざわざ移動してまで話すこともない。


 私は特に何をするでもなく、ぼんやりと友美ちゃんの頭ごしに窓からの景色を眺めていた。


 だんだん蒸し暑くなりつつも、朝晩は少し肌寒い5月の下旬にかかろうとしている今の時期はとても過ごしやすい。

 友美ちゃんが酔うから、とバスの窓を少し開けていた。そこから入ってくる風にのった新緑の匂いが鼻先をくすぐる。


 友美ちゃんも眠ってしまったのか、規則正しく胸が上下している。

 バスは山道をくねくねとカーブを繰り返しながら下山している。起きている状態でこの車の揺れを感じていたら、きっとエチケット袋の出番となる。

 そう考えると、友美ちゃんはその前に眠れて良かったね、と内心ホッとしていた。


 私も小さい頃はすぐ車酔いをする子どもだったので、車酔いのツラさはわかる。

 バスが平坦な道に着くまで眠れるといいんだけど……。



 しばらくすると、小さな話し声もだんだん聞こえなくなった。

 静かな車内に広がるのは、みんなの寝息とバスの窓から聞こえてくる風や川のせせらぎみたいな穏やかな自然の音、それに慎重にカーブを曲がってくれるバスの走行音。


 何だか私も眠くなってきたなぁ……。


「……う、ぅ……」


 軽くまどろんでいたら、友美ちゃんから苦しそうな声が漏れてきた。

 まだボーっとしている頭のまま友美ちゃんのほうを見やると、彼女はうっすらと目を開けて前の座席についているドリンクホルダーあたりに視線をやっていた。


「友美ちゃん、おはよ。気分はどう?」

「ぅ~……」


 友美ちゃんは頭が働いていないのか、私の言葉への反応はない。小さく口から息を出しながら視線を窓の外へ動かして流れさる木々を見ているみたい。

 しばらく、ボーっとしていた友美ちゃんは「はぁ~……」と小さく息を吐きながら足元に置いていたカバンを膝におき、中をガサガサと漁りだした。


「?」


 しばらく友美ちゃんの様子を眺めていると、友美ちゃんはカバンから小さなのど飴を取り出した。

 まだ、少し寝ぼけているのか見ていて手元がおぼつかない。

 パッケージから取り出した飴を自分の口に入れるも、口の動きと手のタイミングが合わなかったようで、のど飴はポロリと口からこぼれてしまった。


「あ……」


 私が反応するよりも早く、友美ちゃんはその飴をすばやくキャッチしてもう一度自分の口に入れようとする。


 自分で舐めるんだと思っていたので、友美ちゃんの予想外の行動に頭も身体も反応が遅れた。


 友美ちゃんに首をぐいっと引っ張られたと思ったら、柔らかくてあたたかいものが私の唇に触れた。


「……!?」


 びっくりする間もなく、私の唇を割って友美ちゃんの唇の先にあったのど飴が口内に入ってこようとする。

 友美ちゃんの唇が大きく開いたり、すぼめられたりしている。私の唇に友美ちゃんの唇が艶めかしく動く様子が伝わってくる。

 友美ちゃんの唇や舌によって溶け始めたのど飴から湿った音が漏れる。これがのど飴だけなのか、それとも彼女の舌から伝ったものも一役買っているのかはわからない。


 クラスのみんなが寝静まったバスの中で、私たちの席からだけ寝息とは明らかに違う少し早い呼吸が響く。


 いくら皆が寝ちゃってるとは言ってもこんな静かなバスの中で、誰かに聞こえちゃうかもしれない。


 頭が真っ白になって、自分がどうすればいいのかもよくわからない。

 友美ちゃんの意図がわからなくて、のど飴を口で受け取ればいいのか、拒否すればいいのか、何が正解なのかわからない。


 思考停止した私の身体は石のように動かなくなってしまった。


「……っふぅ……っ」



 友美ちゃんと唇を合わせているのが永遠のように感じられる。

 友美ちゃんの舌が私の口をこじ開けようとしているような動きを唇越しに感じた。


 友美ちゃんは一体何がしたいの……?




 結局、のど飴は私たちの口から再度こぼれ落ちそうになったけど、またもやすばやく友美ちゃんがキャッチするとそのまま私の口に押し込んだ。


 そして、私が言葉を発する前に友美ちゃんは腕を組んでバスの椅子に深く座りなおすとそのまま居眠りをしてしまった。


 私もどうすればいいのかわからず、口に入れられたのど飴を舌で転がしながら寝たふりを決め込むしかなかった。

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甘いリンゴの境界線 たい焼き。 @natsu8u

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