第3話 自由な彼女
あれから1ヶ月が経ち、校外学習をするにあたっての班決めをすることになった。
友美ちゃんのフランクさは変わらない人気を誇り、色んなクラスメイトが組もうと誘っている。
私は出遅れてしまい、一人途方にくれていたらゆみこちゃんが声を掛けてくれた。
「愛子〜、何ボーッとしてんの? うちらと組むー?」
「ありがとう。一緒にやろう」
ゆみこちゃんがすでに他の子とグループになっていた所に私を誘ってくれた。
ゆみこちゃんは誰に対しても態度が変わらない。類は友を呼ぶのか同じグループの子たちもみんなさっぱりとした性格で、あまり絡んだことのない私のこともすんなり受け入れてくれた。
「あ、私もこのグループに入れてー」
「あ? 麻賀かぁ〜……いいけど、他にも誘われてたじゃん」
「んー。だって仲いい子と組んだほうがいいもん」
さっきまでクラスメイトに囲まれていた友美ちゃんが私たちの話の輪ににゅっと入ってきた。
私の肩にアゴを乗せるような格好で現れた友美ちゃんに思わず変な声が出そうになってしまった。
かすかに甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
友美ちゃんのシャンプーの匂いかな。女の子らしい匂いになぜか私の体温があがる。
「麻賀ぁ〜愛子に変なちょっかい出すなよ?」
なぜか不敵な笑みを浮かべながらゆみこちゃんは友美ちゃんに釘をさしていた。
校外学習も私たち高校生からしたら遠足と何ら変わりない行事だ。
事前にある程度下調べはするけど、それよりも多くの時間をつかって現地の自由行動で何をするか、おやつは何を持ってくるか、そういったことに私たちは重きを置く。
だって、大事なことだから。
もちろん、移動中の座席だって大事。ゆみこちゃんや友美ちゃんなら楽しく過ごせるけど、他の子だとお互い距離感を図って気を遣いながらの道中になるから。
「あ、愛子さんと一緒ー。よろしくね」
「良かったぁ。ちょっと安心」
「そぉ? あ、愛子さんって乗り物酔いするタイプ?」
「ううん、大丈夫だよ」
「マジで? じゃぁ私、窓側の席でもいいかな? もしかしたら酔うかも……」
目的地までのバスの席決めで、見事友美ちゃんの隣をゲットすることが出来た。
今回の校外学習では隣県の寺社仏閣をまわり、その地にまつわる出来事や歴史などを学ぶのが目的だ。それ自体は楽しみだけど、その神社は山の中にあり、バスはくねくねとうねり道を登って行くことになる。
確かに乗り物酔いをする人たちには大変な道のりになりそう。
私は特に座席にこだわりはなかったので、友美ちゃんへ窓側を快く譲った。
「ありがとねー」
乗り物酔いが不安なのか、いつもより元気のない声で返された。
私も小さい頃はよく車酔いをしていたので、酔い止めの薬やエチケット袋、気が紛れるようなものをバッグに詰めておこうと思った。
それから、校外学習当日まで私達の班をはじめ、どこの班も行き先についての歴史を調べたり、向こうについた時に説明してくれるガイドさんへの質問事項のまとめなどをして過ごした。
乗り物酔いが不安だと言っていた友美ちゃんも校外学習自体は楽しみなようで、買い食いポイントを懸命に探していた。
あんまり、向こうで買い食いすると帰りのバスで酔ったりしないかな?
そう思いつつも、あまりに楽しそうに買い食いポイントを探す友美ちゃんに声はかけられないでいた。
そうして、当日までに少量の歴史の資料と膨大な量の買い物リストを作った私たちは、さらにたくさんのおやつを買い込んでバスへと乗り込んだ。
「やっぱり、ご当地アイスは外せないよねぇ~」
「ねぇ、待って。これ、ここのゆるキャラの形した人形焼なんだけど! 可愛い〜!
「あった!コレコレ!」
行きのバスでは大人しくしていた友美ちゃんが、目的地についた途端に目を輝かせながら元気を爆発させた。
メモしていた買い物リスト以外にも気になったお店へとフラフラ吸い寄せられてしまい、私たちの班は他の班よりも歩みを遅らせていた。
「友美ちゃん! 自由行動はもう少しあとであるから、今はみんなについていこう?」
「えー。でもでもせっかくお店の前通るんだもん。チェックしておきたいじゃん?」
「ダメ……?」と首を傾げながらしおらしい顔でこちらを見てくる。
それは私が男だったら、きっとデレデレしながら許してしまうような何とも言えない魅力的な顔だった。
「ダメに決まってんだろうが。麻賀ぁ、愛子を困らせんなよ。愛子もそんなワガママに付き合わなくていいから。ほっといて先行くぞ~」
私が友美ちゃんのお願いに負けそうになっていると、横からゆみこちゃんがぴしゃりと友美ちゃんに言って他のメンバーと共にずんずんと先に行ってしまった。
「あっ、ゆみこちゃん、待っ……きゃっ!」
先を急ぐゆみこちゃん達に追いつこうと力強く蹴りだした足が勢いあまって、前に転びそうになった。
前につんのめった私を支えようと、友美ちゃんが横から抱きしめるように手を伸ばして抱きとめてくれた。
「大丈夫?……愛子さんは意外とドジっ子属性だよね~」
「ご、ごめん……」
友美ちゃんが私を抱きとめてくれた手に力を込めて抱き寄せてきたせいで、友美ちゃんの胸が私の腕にぎゅっと押しつけられる。
そのまま友美ちゃんの口が私の耳元へと近づいて、吐息まじりにゆっくりと囁かれる。
「ドジっ子だから、ちゃんと私が見ておかないとね」
「~~……っ」
耳に友美ちゃんの囁き声と共にリップノイズが入ってくる。
ここは校内じゃない。外でこんな状況はまずいのかもしれない。
私は必死に友美ちゃんを引きはがすと「早く行かないとゆみちゃん達に置いてかれちゃうっ」と早口に言うと、友美ちゃんに顔を見られないようにさっさと先に行ってしまった。
鏡を見なくてもわかる。今、私の顔は真っ赤になっていると思う。だって頬がこんなにも熱を持っているから。
なんで、こんな事になるのかな……。きっと恥ずかしいからだよね……。
私は心の奥底にこの名前がつかない感情をしまい込んで、ゆみこちゃんたちに追いつくため更に足を早めた。
「……ホント、愛子さんってピュアなんだなぁ」
小さくつぶやいた友美ちゃんの声は、風に乗って私の耳には入らなかった。
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