第2話 いたずらな彼女
あの時の胸の高鳴りはなんだったのか。
きっと、初めて見た漫画の刺激が強すぎたんだ。
帰宅して自室のベッドで落ち着きもなくゴロゴロとしながら、昼間のことを
耳にかかった友美ちゃんの熱い吐息。
弾力がありつつも、女の子特有の柔らかさを持った透明感のある白い肌。
そこでおもむろに見せられた刺激の強いマンガ。
「……」
カバンを漁って一冊の本を取り出す。あの時、友美ちゃんが持っていたマンガだ。
私の反応を面白がった友美ちゃんが貸してくれたのだ。
「気に入ったら続き、持ってくるから」
と、私をからかうように耳元でささやきながら。
恐るおそるページを開くと、内気な男子大学生が同じ大学の学生に惚れてしまい、恋愛初心者な主人公が同性に惚れてしまった自分の性的指向に向き合いながら
その作品は細やかな心理描写だけでなく肉体的な描写もたくさん描かれていて、これまでこういったものを読んでこなかった私には刺激があまりにも強すぎる……。
こういうのを友美ちゃんは普段読んでるの!?
しかし、気がつくと私は夢中にページをめくり夜が更けていった。
***
「おはよっ、愛子さん!」
「あ、お、おはよ、友美ちゃん」
「ん〜? なんか元気なくない?」
そんなことない。
後ろから友美ちゃんに抱きつかれてびっくりしてしまっただけ。
友美ちゃんは、うしろから上半身をピッタリとくっつけるようにして抱きついてきた。
友美ちゃんの白くふっくらとした右手が私を逃がすまいとアンダーバストに沿ってホールドしている。左手は私のへその上を通って右腰のくびれに指が添えられている。
背中にはふにゃりとマシュマロみたいな感覚が、ふたつ。
清々しい朝の学校の下駄箱で交わすあいさつにしては、ずいぶん似つかわしくない雰囲気を出しているような気がする。
しかし、そんな雰囲気も一瞬のことで友美ちゃんはパッと私から身を離すと上履きに履き替えながらいたずらに笑う。
「昨日のマンガ、読んだ?」
「よ、読んだ読んだ! 主人公の切ない心理描写がすっごい細かくてさー、もう読んでてこっちまで切なくなっちゃった!」
「わっ、気に入ってくれたみたいで良かった〜! 続き、明日持ってくるね!」
「ありがとう!」
それから私たちはマンガの感想を言い合いながら教室に向かった。
私たちの教室は4階建て校舎の3階にある。
階段を上ってすぐの部屋は美術室と準備室になっていて、トイレを挟んで各クラスの教室が並んでいる。
教室がある3階まで上がったところで、友美ちゃんの声のトーンが少しだけ変わった。
私はそれに気がつくのが遅れた。
「ねぇ。読んだならあのシーンはどうだった?」
「ん? どのシーン?」
呑気に友美ちゃんの問いに問い返すと、勢いよく右腕を引っ張られて美術準備室に連れられてしまった。
友美ちゃんが後ろ手にゆっくりと美術準備室の扉を閉める。
朝の美術準備室にはもちろん、美術室にも人の気配はない。
「ふふっ。あのマンガにはえっちなシーンがあったでしょう? どうだった?」
「えっ、ていうか急にどうしたの? びっくりしたよ」
「だって、教室だと愛子さんとゆっくり話せないから……」
そう静かに言う友美ちゃんは、一歩一歩ゆっくりと私に近づいてくる。本能的に友美ちゃんと距離をとろうとじりじりと後ろにさがる。
美術準備室は授業で使う画材や美術部員の私物と思われるものでごちゃごちゃしていて、床に転がっていた画材に足をとられて私はバランスを崩してしまった。
「きゃっ」
「危ないっ!」
後ろに倒れそうになる私に友美ちゃんが慌てて手を伸ばし、私を引っ張ってくれたおかげで転倒はまぬがれた。
そのかわり、私の体はすっぽりと友美ちゃんの腕の中に囚われてしまった。
安心したように友美ちゃんがふぅっと息を吐き、私の首筋を吐き出した息がくすぐっていく。
「良かった……」
「あ、ありがとう……。ご、ごめん、今、どくね……っ」
友美ちゃんの両腕に力が込められて、私の動きを制する。重なり合った胸からトクン、トクンと彼女の鼓動が感じられる。
友美ちゃんにも私の心臓の音が伝わっているかもしれない。
少し早い鼓動にどうか気がつかないで。
「マンガにも似たようなシチュあったよね~」
「そ、そうだったかな……?」
「あったよぅ。こうやって……」
私の腰を捕えていた友美ちゃんの手がゆっくりと私の右腿を撫で上げる。驚いて私が身を固くしていると、そのまま手が足の付け根をさすっていく。
友美ちゃんがクスッと私の耳元で笑い、
頭の中で、危険信号がはげしく点滅する。
「な、なかった……! こんなの、なかったよ!」
「あれぇ、続きの巻だったかなぁ? 間違えちゃった、ごめんね?」
友美ちゃんの拘束から抜け出そうともがく私を見て、また友美ちゃんが笑う。
「慌てる愛子さん、かっわいー」
「ひゃぁっ」
ムギュッと臀部を鷲掴みにされてから解放された。
「朝のHR始まる前に教室いこっか」
妖しい雰囲気はなりを潜めて何事も無かったように笑う彼女。
私をからかっただけで他意はなかったのかな。
わからない。
友美ちゃんのことも、私のこの気持ちも、わからない。
わかってはいけないのかもしれない。
教室へ着くと、友美ちゃんはあっという間にクラスメイトに囲まれてしまった。
いつもと変わらないクラスの風景が広がることに少しだけ安堵した。
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