第4話 死ぬということ

 明日美は舞香のように自分のすべてを否定されたという意識を持ったことがなかったが、最近、

――自分のすべてを否定されたら、どんな気分になるのかしら?

 と考えるようになった。

 それは、最近知った宗教団体によるものだが、最初からその宗教団体に興味を持っていたわけではない。その団体に興味を示したのはあくまでも偶然であるのだが、明日美は偶然など信じられなかった。

 明日美は偶然という言葉を信じないわけではないが、この時に限っては偶然を信じるという気分にはなれなかった。

 その宗教団体はビラ配りをしていた団体だった。そこにいた人の一人から声を掛けられ、戸惑っているうちに明日美はその人に引き込まれるように誘われ、喫茶店で話を聞いた。相手が女性だったということも明日美の興味をそそった。

 今まで自分の知り合いで宗教団体に興味を持っている人は男性ばかりだった。女性で宗教団体に入信している人の気が知れないというのも明日美の考えで、その人の気持ちを聞いてみたいという思いが次第に強くなった。

「あなたは、私が宗教団体に入信していると思っているんでしょう?」

「ええ、ビラ配りを見ていると、明らかに宗教団体ですからね」

「あなたのいう通り、私は確かに宗教団体に入信しています。でも、あなたの想像しているような宗教団体とは少し違っているような気がするんです」

「というと?」

「私たちが声を掛ける人は、私たちを普通の宗教団体だと思っている人に声を掛けます。ほとんどの人がその対象なんですが、声を掛けた瞬間に逃げ出す人が七割程度いますね」

「それでも声を掛けるんですか?」

「ええ、残りの三割の人で、実際にこうやってお話を聞いてくれる人は、さらにその二割くらいです。だから、十数人声を掛けて、一人いるかいないかでしょうね。これでも十分確率的には高いと思っているんですよ」

 明日美は、この人に対して、

――宗教団体なのに確率を気にするなんておかしな感じだわ――

 と感じた。

 明日美の思っている宗教団体の人というと、世俗と隔絶されたかのような人で、聖人君子を目指しているかのように思っていたので、世俗的な発想を話すことはないと思っていた。それなのに、思ったよりも世俗的な話し方をするこの人に興味を持ったと言ってもよかった。

「確かに十数人に一人なら、確率は高い気がしますね」

 と明日美がいうと、

「あなたはその中でも少し違っているような気がするんです。話を聞いてくれる人がいても、ほとんどが興味本位に聞くだけで、真剣には聞いてくれません。その証拠に会話になることはなく、こちらから一方的に話をするだけなんですよ。お話を返してくれるだけでもあなたには他の人にはない何かを感じます」

 と相手が言った。

「そうでしょうか? 相手が話をしてくれているんだから、相槌を打つくらいは普通だと思っていますけど?」

 と明日美がいうと、

「確かにそうなんですが、相手に対して警戒心を持っていると、ほとんどの人は相槌なんか打ちませんよ」

「じゃあ、私はそういう意味で他の人と違うと?」

「そうです。だからと言って、私たちに興味を持ってくれているかと言えばそうではない。ただ自分の中の常識に従っているだけですからね。でも、その常識が大切なんです。常識という言葉は公的なものと私的なものがあると思うんです。一般的な常識と、人それぞれに持っている常識ですね。それを同じ常識だと考えている人は、人それぞれの常識を認めようとせず、自分独自の常識を他人にも押し付けようとする。でも、本人にはそんな意識はないんですよね。だから二人の間には確執が生まれて、溝がなかなか埋まらないことが多い。そのことを分かっている人は少ないと思います」

 という相手の言葉に、明日美は頷いていた。

 その言葉には明日美を納得させるだけの説得力があった。彼女は続けた。

「この世には不可能と思えることがたくさんあります。それもその人の常識の尺度で考えれば人それぞれなんでしょうけど、不可能を可能にしようと考えるのが、皆さんが考えている、いわゆる宗教団体と言われるものではないでしょうか?」

「その通りです。だから、胡散臭さも感じるので、敬遠する人が多いんだと思います」

「実際に、宗教団体による事件も多発した時期がありましたからね。マインドコントロールによるものがほとんどなんでしょうけど、人の心なんてそんなに簡単にコントロールできるものではないと思うんです。何しろ、常識というものを混同している人が多いこの世の中なんだから、それだけ人の心は多種多様でしょうね。でも、多種多様なだけに、いくつかの溝があるのも事実。そこを狙えば人の心をコントロールするなんて無理なことでもないと思います」

「たとえば?」

「人というのは、口では信じていないと言いながら、実際に信じていることって結構あったりしますよね。特にオカルトな話や伝説などは信じていないと言いながら信じてしまっている。そう思うと、世紀末など、人の心をコントロールするのは難しいことではない。ただし、一度にたくさんの人の心を動かすわけだから、当然カリスマ的な人の存在も不可欠だし、人を信じ込ませるような神かかったことも必要になってくる。相手を信じ込ませるためには、それなりに周到な準備も必要だというわけです」

 彼女は重たい話をしながら、饒舌さからか、明日美の心を捉えているようだった。

「人を信じ込ませるために、欺くというのも不可欠なんじゃないですか?」

 と明日美がいうと、

「そうでしょうね。それはマジックのようなものなんでしょうけど、人を欺くというのは、右を見させておいて、実際には左で細工をしているというものに近いかも知れません。でもそれをするにもテクニックが必要。人を欺くというのも、その人の能力であり、悪いことではないと思います」

「じゃあ、悪いことって何なんでしょうね?」

「それは私にも分かりません。分かっていれば、きっと悟りのようなものが開けているんだって思います。もっとも分かっていれば私も宗教団体にいることはないと思うし、そんな人が多ければ、宗教団体の存在意義もないような気がします」

「じゃあ、どうして宗教団体に入信したんですか?」

「きっと、自分が分からなくなっていたからなんでしょうね」

「じゃあ、今は分かっていると思っているんですか?」

「ええ、少なくとも入信した時に比べれば自分というものを少しは分かってきたような気がします。そうでなければさっきの常識についての話も、自分の発想の中にはなかったかも知れませんからね」

 という彼女を見ていると、自分も何かおかしな気分になってくるように感じる明日美だった。

「あなたにはお友達はいますか?」

 と聞かれて、すぐに頭をよぎったのは舞香だった。

「ええ」

「今最初に思い浮かんだ人というのが、きっとあなたにとっての本当のお友達なんでしょうね。私も思い浮かぶ人はいますよ。思い浮かべる時は、いつもその人なんです」

 明日美の場合は、舞香以外に友達と言える人がいるわけではないので、当然友達と言われると舞香以外を思い浮かべることはなかった。

 彼女は続けた。

「その人は、いつもどんな表情をしていますか? 思い浮かべる時は、いつも同じ表情なんですか?」

 と言われて、明日美はハッとした。

 それまで舞香のことを思い浮かべることはあまりないと思っていたが、彼女に言われて思い返してみると、いつも同じ表情だったと感じたからだ。

「どうやらあなたにも分かったようですね」

 明日美が何も答えないのをいいことに、彼女は勝ち誇った様子で答えた。

「ええ、今まで思い浮かべたと思ったことがなかったのに、今思い返すと、いつも同じ表情の彼女を思い浮かべていたんですね」

「そうです。まるでデジャブのようにそっくりの情景を思い浮かべると、最初に思い浮かべたことが薄くなってしまって、記憶の中で同化してしまうんでしょうね。だから何度も思い浮かべていたとしても、それを意識したことがない。そして、それを当然だと思うようになるんですよ」

「この場合の当然というのは、人それぞれに感じる常識のようなものなんでしょうか?」

「ええ、私はそうだと思います。人それぞれなんだけど、方向は同じ。つまり力の強弱が違うだけで、発想は同じところから生まれています。だから、人それぞれでも意識することはないんですよ」

「そう考えると、人それぞれの常識も皆似たようなものなんじゃないですか? だとすると私は納得がいく気がします」

「あなたがいう納得というのは、自分の中で一番強い感覚なんでしょうね。事実として突き付けられても、自分で納得できなければ、信じることができないと思う感情。我が強いと言われる人に多い感覚ですね」

「私はそこまで自分の我が強いとは思っていませんよ」

「それはそうでしょう。我が強い人のほとんどは、自分で意識していませんからね。つまりはあなたのいう納得ができないということなんでしょう」

「そうかも知れません」

「ところであなたのお友達なんですが、私にはその人のことが分かるような気がするんです」

「どういうことですか?」

「あなたと正対していると、今は私があなたの目の前にいるんですが、あなたのお友達が目の前にいる時を思い起こすことができるんですよ」

「なぜ?」

「あなたの瞳の奥を見ていると、分かってくる気がするんですよ」

 このセリフは、さすがに明日美の気持ちを冷めさせるような発言だった。

――これこそ神かかった発想であり、マインドコントロールのようなものだわ。洗脳されないように気を付けないと――

 と感じた。

 しかし、彼女はお構いなしだった。今までの様子を見ていれば、明日美が冷めた目になっていることなど分かりそうなものなのに……。

 彼女は続けた。

「瞳って、よく見ていると、相手が見てきた残像が残っている場合があるんです。会話などから相手が思い浮かべたことが見えてくることがある。私は宗教団体に入信して、そのことを悟り、相手の瞳を見ることで、その人の過去を少しでも覗くことができるようになったんです」

「正直、信じがたいですね」

「いいんですよ。信じる必要はないです。ただ、私の見たのを聞いていただければですね」

 と言った。

――何を言い出すんだろう?

 と思っていると、彼女は語り始めた。

「この間、あなたは同窓会があって、そこで過去に気になっていたことが一つ解決されましたよね?」

 それは、かくれんぼのことであろうか? もしそうだとすると、少し違っているように思えた。

「すべてが解決したというわけではないんですよ」

「あなたはそう思っているかも知れませんが、お友達とそのお話をしていれば、すべてが解決したかも知れませんね。まだお話になっていないんでしょう?」

 と聞かれて、

「ええ、別に彼女には関係のないことですからね」

 と、明日美は彼女が何をいいたいのかを探りながら、少し胡散臭そうに感じているかのようにあからさまにつっけんどんな話し方になっていた。

「でも、心の奥では聞いてもらいたいと思っていたはずですよ。その気持ちを私はあなたの瞳の中に看過しました」

――確かにそうかも知れない――

 と感じたからか、彼女の言葉に反論できないでいた。

「お友達はね。自分があなたと同じような経験をしていて、それを自分の同窓会であなたと同じように感じているんです。そして、お友達はその時のことをこう考えているようなんですよ。『自分のすべてを否定された』ってね」

 と彼女は言った。

――自分のすべてを否定されたとはどういうことだろう?

 明日美は自分を否定することは結構あったが、すべてを否定するなどありえなかった。

 しかも、まわりから否定されたことに対しては、謙虚な気持ちで受け入れるという性格ではなかった。逆らってみたくなる性格だったのだ。

「すべてを否定されるのって、考えてみればこれ以上辛いことはないと思うんです。まずは、まわりから自分が否定される。それはその人から自分のすべてを否定される場合もあれば、他の人すべてから、あなたの一部分を否定されることもある。そのどちらも『自分のすべてを否定された』と感じることなのではないかと思いますが、あまたはどっちが辛いと感じますか?」

 と、相手は不思議な質問をぶつけてきた。

 少し迷ったが、

「私は、一人の人からすべてを否定される方が辛いと思います。後者だったら、自分のすべてを否定されたとは思わないからですね」

 というと、

「なるほど、それはあなたの考え方ですね。誰も口にしないので意外と皆気付いていないかも知れませんが、後者であっても、自分のすべてを否定されたと考える人が結構いるんですよ。もちろん錯覚なんですが、そう思うほど後者も辛いことですよね。まわりから嫌われたり無視されたりするわけですからね」

「確かにそうですね。自分の味方は誰もいないという気分にさせられますからね。追い詰められてしまう気持ちになってしまうんだって思います」

「あなたは当然のように前者を選んだ。それが普通なんだって私も思うんですが、他の人はそれを自分で認めようとしないんですよ。一人の人とはいえ、自分のすべてを否定しようとすると、何かから逃れられないという呪縛を感じるからなんでしょうね」

「その何かとは?」

「あなたも気付いていないんでしょうが、それは自分が物事を納得しようとする力ですね。自分で納得しないと認めないという意識の強い人は、自分のすべてを否定されるのと、納得しようとする力を否定されるのとが同じレベルに感じると思うんです。つまりは、すべてを否定されただけでは終わらず、その先に納得するという力を否定されることでとどめを刺されるというところでしょうか」

 と彼女は冷静に話した。

「なるほど、そうなんですね」

 と明日美がいうと、話に信憑性を感じられないと分かっていながらも、自分では納得しているように思えたという奇妙な気持ちに陥っていた。

「ところであなたのところの団体は、どういう団体なんですか?」

 と明日美は聞いてみた。

 別に入信したいわけでもないのだが、いったん興味を持ってしまうと、中途半端で終わることは明日美の中で許されることではなかった。

「私どもの団体は、あなた方の常識を超越した発想を持っていますので、自分が納得されなければ無視してもらっても結構です。もっともあなたの場合はすべてにおいて自分が納得できるかどうかということが最優先のお方ですので、そのことはちゃんと理解されると思います」

 と彼女は前置きを言った。

 さらに彼女は続けた。

「ちなみにこのお話は、あなたにする前にあなたのお友達である坂戸舞香さんにも同じようにしています」

 という意外な言葉が出てきた。

「舞香にもしたんですか? それで彼女の反応は?」

 舞香の名前を聞いて、まずは自分のことよりも舞香のことが気になってしまい、取り乱した様子になった明日美を暖かい目で彼女は見つめている。

「彼女もあなたと似たような発想を持っておられるので、たぶん、私が話をしたうえで想像がつくとは思いますよ」

 と言われてしまうと、もうそれ以上舞香のことは聞けなくなった。

 それ以上に、早く話を進めてほしいと感じた。

「あなたは、この世の中で不可能なことがないというものがあるとお考えですか?」

 いきなりの質問に明日美は困惑した。

「不可能なことがないというのは、誰にでも言えることという意味で捉えていいんですか?」

 という明日美の質問に、

「ええ、そうです。ただ、これはあなたに聞いていることだということを忘れないでほしいことでもあります」

 と言われて、明日美は考えてみた。

 この世で不可能なことはないと絶対に言えることということになると難しい。

「それは消去法で考えて、消去できるところがないと考えていいわけですよね?」

 やればできるという発想であれば、できることもあるだろう。しかし不可能なことがないと言い切っているのだから、できないということがあってはいけないことだ。そう考えると、消去法で考えてあってはならないことが常識として信じられることでなければいけないはずだ。果たしてそんなことがあるんだろうか?

 と明日美は考えていた。

「そうです。できないということがあってはいけないことです。ただし、『できないこと』という発想でいると、この回答に行き着くまでには結構時間が掛かります。行き着かない場合もあるでしょうね」

 と彼女は言った。

「ということは、自然現象であったりすることなのかしら?」

 というと、

「摂理に近いと言っていいかも知れませんね」

 そこまで言われると、さすがに明日美も気が付いた。

「なるほど分かったわ。それは死ぬことね?」

「ええ、そうです。『この世で唯一、不可能ではないと確実に言えることは、死ぬことだけである』ということになるんですよ。だから、宗教団体というのは、死というものを無視して存在できないんです。中にはそれを商売のようにして悪用している悪徳な団体もありますが、それは別ですよね」

「ええ、分かりました。でも、それがあなたの団体とどうかかわってくるんですか?」

「私たちの団体は、そんな死を恐れないように迎えられたらいいと考えています。それには死というものが『不可能ではない確実なもの』という意識を持ってもらって、怖くないものだという認識に立ってもらうことなんです」

「でも、死を怖いものではないと考えると、自殺というものも増えたりしませんか? 他の宗教では自殺を罪として認めないところも結構ありますよね?」

「ええ、私どもの団体は、自殺も容認しています。人間はいつかは絶対に死ぬんです。死ぬと分かっていることを自分で決めて何が悪いのかって考えているんですよ」

「でも、社会で生活している以上、家族もいれば仲間もいる。それでも死を容認するんですか?」

「ええ、先ほども言ったように自分のすべてを否定されることは本当に辛いことです。そんな追い詰められた中で生きていくというのは、まるで針のむしろですよね。だったら、死んだ方がマシだって私たちは考えます」

「でも、死んだら終わりじゃないですか?」

「ここからが他の宗教とも重なるんですが、死後にも世界が広がっていると思うんですよ。死んだらすべてが亡くなってしまうわけではなく、限りなくゼロに近くなるだけで、この世には残っている。輪廻で戻ってくることもできるんですよ。ただどこに戻るのかは分かりませんけどね」

「記憶も意識もリセットされて、まったく違う人間として生まれ変わるわけですね?」「そうです。だから死を悪いことだとは私たちは考えていません。苦しんで生きるよりもむしろ早めに見切りをつけてしまう方がよほどマシだと私たちは考えます」

 と彼女は言って、少し沈黙が続いた。

 その沈黙を破ったのは彼女だった。

「あなたのまわりにも、今までに急にいなくなった人がいたことを覚えていませんか?」

 それを聞いて、小学生の頃のかくれんぼを思い出した。

「なんとなく覚えているんですが、いなくなった人がいたような気がしたんですが、誰もそのことに気付いていなかったような気がしているんですが、それっておかしいですよね?」

「そんなことはありません。人が自分から死を選んだ場合。その人がまわりの誰かから完全に自分を否定されて死に至った場合。彼の存在は死んだ瞬間から、彼に関わった人たちの記憶から消えてしまうんです。信じられないかも知れませんが、それは今聞いたショックによるもので、あなたなら、すぐに理解できるんじゃないかって思います」

「どうしてそう思うんですか?」

「あなたは、小学生の頃からずっとそのことを無意識とはいえ、考えてきたはずです。そして同窓会の時に、さらに意識を深めたんじゃないですか?」

「ええ、その通りです」

「実はあなたと同じような思いをした人があなたの身近にもいたんですよ。それが坂戸舞香さんだったんです」

「舞香が?」

「ええ、彼女は歴史学について独自の発想を持っていましたので、私の話にも容易に理解できたと言っていました。そして明日美さん、あなたも彼女とは違った意味で歴史に造詣が深い方ですよね? だから私の話もすぐに理解していただけるんじゃないかって思っています」

「まるで夢を見ているような感覚です」

「そうでしょう? でもこれもあなたの遺伝子に受け継がれているものなんですよ。あなたの父親も似たような発想を持っている。それもある意味不可能ではないことに近いと思うんです。ただ、絶対というわけではない。だからあなたには理解できないんでしょうね。理解できないから納得できない。それが父親へのトラウマであったり、自分の中のトラウマとして残っている。死というものを考えれば、その呪縛から解放されるかも知れないと私は思います」

「でも、絶対ではないんでしょう?」

「ええ、絶対という言葉は死にしか使いません。それは先ほども言いましたように、忘れてはいけないことなんですよ」

 と彼女はそう言って、少し黙り込んでしまった。

 明日美はそのことを考えながら、最近の自分を思い起こしていた。

 確かに宗教団体に意識が向いていたのも事実だし、同窓会で超学生の頃のかくれんぼを思い出したのも事実だった。その時、何か頭に引っかかっているものがあった。それが親への確執だったと考えれば、自分を納得させることができる。

 父親との確執が解消されるとは思えないが、少なくとも自分を納得させることができた。だからと言って、この団体に入信しようとは思っていない。私と話をしたこの彼女にもそこまで考えている様子を伺うことはできなかった。

――まるで夢を見ているようだ――

 と考えると、自分の夢に宗教団体の彼女は入り込んできているように思う。

 すると次に考えたのは、

――私も誰かの夢に入り込んでしまうんだろうか? そして、彼女と同じようなことをいうのではないか?

 と考えると、死というものを本当に怖くないものだと感じるようになっている自分がいることに気が付いていた……。


                  (  完  )

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不可能ではない絶対的なこと 森本 晃次 @kakku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ