第3話 すべてを否定

 明日美は舞香と久しぶりに会った。どちらから連絡をすることもないと、次第に連絡をするのが億劫になってくる。同じ学校に通っていたり、同じ職場ならまだしも、それどころか、かたや学生、かたや社会人では、それぞれに立場を考えて、遠慮してしまうというものだ。

――億劫というと、語弊があるんだろうな――

 と明日美は感じていた。

 明日美と知り合ってからの舞香は、それまで友達がいなかった自分がどうして友達ができたのか、考えるようになった。

――あの時、どっちから声を掛けたんだっけ?

 そんなことすら覚えていないほど、明日美との出会いに緊張していたのだろうか。

 ただ、明日美と会話をしていて歴史の話になると、完全に饒舌になっている自分を感じていた。

――私と同じように歴史に興味を持っている女性がこんなに身近にいるなんて、思ってもみなかったわ――

 と感じていた。

 明日美の方も、

「歴史に興味がある人がこんなにそばにいるなんてね」

 と同じことを感じていると分かった時、舞香は初めて笑顔を見せたような気がしていた。

――やはり相手から話しかけられたんだわ――

 そうでなければ、笑顔を意識した瞬間を覚えているわけはないと思った。

 最初に声を掛けられたことで、ビックリしてしまい、相手から話の続きをされなければいくら歴史の話とはいえ、続かなかったに違いないと思ったからだ。

 もう一つ、舞香が明日美との会話でどうしても気になってしまって、その言葉が忘れられなかったのは、

――あなたとは、初めて出会ったという気がしないの――

 と言われたことだった。

 それを聞いて、そのことに何と言って言葉を返したか、それこそ覚えていないが、きっと何かを返したのだろう。舞香の中にも、

――あなたとは初対面ではない気がする――

 と、最初から感じていたと思ったからだ。

 舞香は自分の子供の頃を思い出していた。

 歴史が好きになったのは、友達がいなかったということも大きな原因だった。誰かと友達になるには、いくら自分から声を掛けるわけではなくても、相手に声を掛けてもらう必要がある。そのためには相手に対して声を掛けやすい相手だと想わせる必要がある。それが舞香には欠けているような気がして仕方がなかった。

 案の定、友達ができるわけではなかった。小学生の低学年の間に友達が何人かできていなければそれ以降友達ができるということもないと思っていた。

 その考えは当たっていた。

 実際に小学五年生になった頃にまわりを見てみると、友達がいない人は決まっていて、その様子は完全に一つのパターンで決まっていた。それがどういう共通性を持っているのか説明は難しかったが、ハッキリと言って、

――これじゃあ、友達なんかできっこないわ――

 と思える連中ばかりだったというのは否めない。

 おちろん、舞香の中でも、

――私だって、あの人たちと友達になろうなど思いもしないわ――

 と思うほどで、それをまわりから自分が思われているということを考えると、少しゾッとしたが、それも仕方のないこと、だからこそ、それまでまわりを意識して見ようとはしなかったのだと自分で納得していた。

――私の方が。まわりから見ているあの連中への毛嫌いした思いは強いのかも知れないわ――

 と舞香は思っていたが、それは同時に自己嫌悪に結びつくものであった。

 舞香は自己嫌悪を感じていると分かっているが、それを認めたくないというもう一人の自分がいるのに気付いていた。そしてそのもう一人の自分への反動からか、自己嫌悪について余計なことを考えないようにしていた。そうすれば、もう一人の自分は自分の中で封印できて、表に出ることはないと思っていたからだ。

――まさか、他の友達のいない連中も同じようなことを考えているんじゃないでしょうね?

 それを考えるとゾッとしたが、敢えて考えないようにすることしかないのではと思った舞香は、

――いろいろ考えるといちいち自分を否定しようとしているんだわ――

 と考えるようになっていた。

 そのことは意識しないようにしていたので、普段は分かっていない。歴史の本を読みながらふいに思い出すことがあったのだが、それは歴史の本を読んでいる時の自分は、いつも何も考えていないように思っているのだが、気が付けば、

――いつも何かを考えている――

 という自分を反映しているかのようだた。

 考えていることは、その時々で違っている。ふと我に返った時に、

――今、何かを考えていた――

 と思うのだが、我に返ってしまったその時に、何を考えていたのか、忘れてしまっている自分がいた。

――まるで夢から覚めた時のようだわ――

 舞香には、

――夢を見たら、目が覚めるその時に、夢で見たことを徐々に忘れていくものだ――

 という意識があった。

 それは舞香に限ったことではなく、皆が感じていることだというのを、中学生の頃に分かったのだが、それは舞香にとって不思議な感覚だった。

――自分だけだと思っていたのに――

 という思いが一番強かったからだ。

 普通なら、皆も同じことを考えていることで、安心するものがほとんどなのだろうが、夢から覚める感覚に限って言えば、

――自分だけのものであってほしかった――

 と感じた。

 この思いはその時初めて感じたものだったが、そんな感覚はこれからもどんどん明らかになるのではないかと思うのだったが、その思いはあながち間違っているものではなかった。

 明日美と出会うまでにもいくつか感じたことだったが、明日美と出会ったことで、もっと他にも同じ感覚を味わえる気がしたのだが、それ以上に、その理屈を自分で理解できるようになるのではないかという期待を、明日美に対して感じていたのだ。

 舞香は明日美と出会う前のことを思い出していた。それまでの舞香は何をやってもうまくいかない。それは、自分が消極的な性格だと思っていたからだ。まわりの人と協調できないということが舞香にとって消極的な性格にさせる原因だと思っていた。だが、原因が分かったとしても、それが解決策に結びつくことはなかった。

――私は何をやってもダメなんだ――

 という思いを強く持っていた。

 しかし、そんな時、舞香が唯一気が楽だったのは、

――私よりももっと悲惨な人がいる――

 という思いだった。

 あれは小学生の頃だった。四年生から五年生になる頃で、まだまだ子供だという意識のあった頃だった。

 その人は、舞香と同じようにまわりと協調することがなく、一人孤立していたが、舞香はその子のことを注目するようになっていた。

 彼女は舞香よりも成績が悪かった。元々成績は悪くなかった舞香だったので、彼女を気にするようになってから、

――私が負けるはずはないんだ――

 という思いは強かった。

 彼女も決して成績が悪かったわけではなかったが、舞香には追いつかなかった。舞香とすれば、自分よりも成績の悪い彼女が自分よりも上に来ることはないという自信を持ったことで、自分が孤立していても、気になることはなかった。

 小学生の頃の友達関係というのは、一緒にいて楽しいだけだという思いがあったので、別に孤立が悪いことではないと思っていた。だが、中学に入ってからも友達ができることはなかったので、その考えが間違っていたということに気付いたのは、かなり後になってからのことだった。

 それを感じたのは同窓会があった時のことだった。

 小学生の頃には誰も話しかけてくれなかったのに、同窓会になると、話しかけてくれる人がいた。

「坂戸舞香さんだよね?」

 声を掛けてくれたのは男の子だった。

 その子のことは小学生の頃から意識していた。といっても好きだったというわけではなく、いつも輪の中心にいる男の子という意味で見ていただけで、意識していたと言っても遠くから見ていたというだけで、別にその頃に、仲良くなりたいという意識があったわけではない。

 だが、卒業してから三年ほど経っていたにも関わらず、彼に声を掛けられるとドキッとしてしまった自分にビックリした。

 ドキッとしてしまったのは、声を掛けてきたのが彼だったからなのか、それとも他の人から声を掛けられたとしてもドキッとしたであろうかと思いと、そのどちらも一概には言えないと思った。

 前者と後者とでは、同じドキッとしたという表現をしても、感覚は違うものだったに違いない。言葉とはいい加減なもので、違った感情を表現するのに同じ言葉を使うという考えもあれば、逆に同じ言葉を使っているのに、違う感情が育まれていると考えると、いい加減なものなどではなく、とても大切なものだと考えられることから、言葉というものに興味深いと考えるのも無理もないことだと思うようになっていた。

「ええ、坂戸です」

 と舞香が答えると、

「やっぱり坂戸さんだったんだね。小学生の頃、僕は声を掛けたいと思ったことが何度かあったんだけど、何となく声を掛けにくい雰囲気があって、声を掛けられなかったことをいまさらながらに後悔しているんだよ」

 舞香は彼が何を言いたいのかよく分からなかった。

 彼の名前は山下君と言った。山下君の視線を小学生の頃に感じたことはなかった。今の言葉を額面通りに受け取っていいものかどうか、舞香は迷っていた。

「山下君は、いつもまわりに皆がいたので、私のことなんか気にしていないのかって思っていたわ」

 と、少し棘のある言い方をした舞香だったが、山下は気にしていないようだった。

 その雰囲気があるから、自分のまわりに人を惹きつける魅力があるのかも知れないと舞香は感じていた。

「そんなことはないよ。僕は誰とも仲良くなりたいと思っていたんだ」

 一瞬、その言葉を聞いて、急に冷めた気分になったが、それは一瞬のことだった。

 もし一瞬でなければ舞香はこれ以上彼と話をする気分になれず、そそくさとその場を後にしたかも知れない。その場を立ち去らなかったのは、今から思えば舞香自身が大人になった証拠ではないかと思うのだった。

「そうだったんだ。でも私のように人を避けていた相手にでも、そう思っているの?」

 と舞香がいうと、

「そんなことはないよ。坂戸さんは自分から話しかけるのが苦手なだけで、そんな人をこっちから避けていては、せっかく仲良くなれるかも知れない相手をみすみす逃してしまうというのは寂しい気がするからね」

「寂しい?」

 舞香は、寂しいという言葉に反応した。

「うん、寂しい。あの時こうしておけばよかったと後になって後悔するようなことを、俺は寂しいと思うんだ。だってそうじゃないか。その時にできなかったことで後になって後悔するんだよ。その間の空白を考えると、寂しいって思わないか?」

 という彼の話を聞いて、

「山下君は、まず空白を考えるんだね。私は空白を考えるよりも、その間に気持ちがどう変わったのかということを先に考えてしまうわ」

 と舞香がいうと、

「結論としては同じなんだろうけど、その過程が違うと感じ方も変わってくるんだろうね。俺はこういう話をするのが実は好きなんだ。だからそれができなかった過程の空白をまず考えてしまうんだ」

 と山下が言った。

「坂戸さんは、小学生の頃、いつも一人だったけど、毎日何を考えていたんだろうね?」

 と聞かれて、

「毎日同じことを考えていたという感覚はないわ。ただ、いつも何かを考えていたという式はあるし、考えが堂々巡りを繰り返していたという思いもあるの。でも毎日少しずつ新たな考えが生まれていたような気がするわ」

 と舞香が言うと、

「なるほど、俺も自分でも同じような考えを持っていたけど、結局は毎日同じことを考えていたような気がする。でも今から思えば、それは新しいことを考えたとしても、その次の日には忘れてしまっているんじゃないかって思うんだ。記憶の中に残しておくことには限界があって、毎日新しいことを考えてしまうと、最後にはその容量がパンクしてしまうという考えだね」

 と彼は言ったが、

――何て斬新な考え方なのかしら?

 と舞香は感じた。

 舞香も、自分で何かを考えたとしても、考えたことを一瞬にして忘れてしまうことも結構あって、それは覚えておかなければいけないと思うようなことが多かったように思えてならない。

――何て、頭の中って皮肉にできているのかしら?

 と考えたものだ。

 そんな考えの中、舞香は彼との会話で自分がそれまで考えてきたことで忘れてしまったことを思い出せそうな気がした。

 彼の話には、感心できるところもあれば、当たり前のことを当たり前のように話しているという思いがあった。舞香から見て両極端に見えるそのイメージは、今までに出会ったことのなかった人種に思えて不思議な感覚に陥っていた。

――そんな彼と、小学生の頃、同じクラスだったなんて――

 と感じると、小学生の頃、話ができていれば、どんな感情になったのだろうかと思うと、話をしなかった自分と、彼がどうしてあの時今のように話しかけてくれなかったのかを考えると、結局は自分が悪かったのだという結論にしか行き当たることはなかった。

 彼が話しかけてくれなかった理由は、他ならぬ自分に、相手に話しかけるだけの余裕を見せていなかったからだろう。話しかけるだけの雰囲気を相手に与えられないのは、よほど小学生時代の自分が予防線を張っていたということだろう。

――予防線って、何なのかしら?

 人から声を掛けられることがなかったことを、あの頃はホッとした気分で受け止めていた。

 小学生というのは、結構自由だったように思う。勉強を親や先生から強要されるが、勉強しなかったからと言って、進学できないというリアルな危機に直面することはなかったからだ。

 あの頃の舞香は冷めた目では見ていたが、その目線は正確なものだったに違いない。感情が入らないことで、冷めた目は冷静な目として判断を誤ることはない。それが舞香をまわりから見て、

――寂しい人間――

 として写るように仕向けたのかも知れない。

「私はいつも何かを考えていたその端から、何かを忘れていったような気もするんです。だからいつも頭の中では同じことを考えていたわけではないのに、堂々巡りを繰り返していたという思いに至ってしまったんじゃないかってね」

 その言葉を聞いて彼は、

「その考えは今の俺に近いかも知れないな。俺が今になって考えるようになったことを、小学生の頃に感じていたという君は、すごいのかも知れないって思うよね」

「それは褒め言葉なのかしら?」

 と舞香がいうと、

「もちろんさ」

 と彼が言った。

「ありがとう」

 舞香は一言礼を言った。その言葉は冷めた表現に聞こえるかも知れないが、舞香としては本心からそう感じていた言葉を口にしただけだった。

 その証拠に舞香には笑顔が浮かび、

「坂戸さんもそんな表情ができるんだね」

 とニコッと笑って彼は言った。

 その言葉に皮肉が含まれているのは重々承知していたが、その時の舞香には悪い気はしなかった。むしろ喜んでいた。それまで自分が笑顔になっても、まわりにその笑顔を気付かれることはないと思っていたからだ。久しぶりに会ったと言っても、今まで会話をしたこともない相手から、初会話ですぐに看過されたことは喜び以外の何者でもない気がしたのだ。

「坂戸さんは、小学生の頃、誰かと会話してみたいと感じたことはなかった?」

 いまさらそんなことを聞かれても、今までの舞香だったら、その言葉に返事をすることすら億劫に感じたに違いない。

 だが、相手が山下であれば別だった。むしろ山下がどういう意図でこんな質問をしたのか、彼の真意が知りたい気がした。そう思うと無下に返事もできないだろうと舞香は思った。

「思ったこと、あったかも知れないわ。でも、そう思うと、何を話していいのか分からない自分がいて、最初から計画できないことをそれ以上考えるということができない気がしたの」

 というと、

「坂戸さんならそうかも知れないね。俺の場合は行き当たりばったりのところがあったから、その場でアドリブの会話が多かったね」

「もし、それで友達を失うことになったら?」

 と舞香が聞くと、

「今だから言えるんだけど、友達はたくさんいたので、俺が変なことを言ったくらいで一人友達を失っても、一人くらい減ったとしてもって思っていたんだ。でも、今から思えばその考えは本当にもろ刃の剣のようだよね」

 という彼に対して、

「どうして?」

 と舞香は素直にその話を聞いてみたい気がした。

「だって、一人の友達を失ったことで、その友達にだって友達がいて、その友達と俺とを天秤に架けた時、どっちが重いかを考えるでしょう? もしもう一人の友達だったとすれば、その人がもし俺の友達のうちの一人だったら、その友達も同時に失うことになるということを考えたりもしなかったからね」

 と言われて舞香はビックリした。

 舞香は、まず最初にそのことを考えるからだ。まさか山下ほどの友達がたくさんいる人が、そんな簡単なことも分かっていなかったのだと思うとビックリさせられる。そう思うと自分が子供の頃にどれだけ深く考えていたのかを思い知らされた気がして、そこまで深く考える必要もなかったのではないかと思うと、山下と自分は、それぞれに両極端だったのかも知れないと感じた。

 らだ、その両極端というのは、お互いの長所と短所が背中合わせになっているもので、相手が表に出ている時は、こちらは裏になり、逆にこっちが表に出ている時は相手が裏にまわっているという、お互いに出会うことのないどんでん返しのステージをそれぞれの場面で演じていたのではないかと思った。

 舞香は、この時、山下と出会ってこんな話をしなければ、今の舞香はなかったかも知れない。それを言えば、舞香が小学生の頃、山下と正反対の両極端でなければ、同窓会での会話もない。そういう意味では、小学生の頃から繋がっている状況での同窓会の一場面が舞香にとってのターニングポイントになっているなど、その時は想像もできていなかっただろう。

 舞香にとって同窓会で山下と出会ったということがどういうことなのか、自分でもよく分かっていなかった。確かに何か自分の中でタガが外れたような気がしていたが、それが何を意味するものなのか分からなかった。

「俺は、小学生の頃、友達と遊んでいて行方不明になったことがあったんだ」

 といきなり山下は話し始めた。

「それはどういうこと? 私は知らないわよ」

 と舞香がいうと、

「それはそうだろうね。俺が転校してくる前のことだったんだからね」

 という山下の顔を見ると、彼が何を言いたいのか、舞香にはよく分からなかった。

「それをどうして今私にしようとするの?」

 と舞香がいうと、

「どうしてなんでしょうね? 坂戸さんには聞いてもらいたい気がしたんですよ」

 という山下に対して、舞香はどう答えていいのか困惑してたが、山下はそんなことにはお構いなしだった。

 山下は続ける。

「俺は、この学校に転校してくるまでは、いつも影のような存在で、人と会話をすることもまったくなく、人と馴染むなんて考えはまったくなかったと言ってもいいんだ。そんな俺だったんだけど、その日、一人の女の子が俺に対してかくれんぼをするんだけど、一緒にやらないって誘ってきたんだ。俺は嬉しかったね。いつもだったら誘われれば困惑してしまって、相手が誘ったことを後悔してしまうんだ。そして二度と誘わなくなる。俺はそれを狙っていたんだろうね。それなのに、その時俺に誘いかけてくれたその女の子の顔を見ると、なぜか楽しい気分になってね。思わず二つ返事でかくれんぼに参加したものだよ」

 と山下は言った。

 舞香にとって、寡黙で人と関わりを持たないようにしていた雰囲気など記憶にはない。それどころか、彼はまわりの誰から見られても人気があって、輪の中心にいても違和感がない雰囲気だった。

――そんなイメージを植え付けるだけの雰囲気が、彼にはあったわ――

 と小学生の頃の山下を思い出していた。

 舞香は自分を寂しい人間だと意識していたが、それを悪いことだと思ってはいなかった。中途半端な性格は、その時の感覚から来ているのではないかと感じたくらいで、舞香の中で誰かに自分を変えてもらいたいという他力本願な気持ちがあったのも事実だった。

 だが、他力本願が成就することなどないという思いはいつも持っていて、そんな自分に自己嫌悪を感じていたのも事実だった。

 そんな時、山下が話した「かくれんぼ」の話、実は自分にも思い出があった。

 小学生の頃は人に誘われても、やんわりと断っていた舞香だったが、自分にも一度だけ人から誘われて嬉しくなったのを思い出していた。

――あれは、五年生になった頃だったかしら?

 記憶は曖昧だったが、

――この年になってかくれんぼなんて――

 と感じた記憶があったことから、小学生でも高学年だったのは間違いない。

 ただ、卒業が迫っていたという意識はなかったので、五年生よりも下だったように思える。消去法で四年生か五年生だったのだ。

 六年生になってすぐの頃から、すでに中学時代を想像していたような気がする。それは小学生までの自分を顧みて、このまま中学生になってしまうことがあまり嬉しくないという思いがあったからだ。

 それでも中学生になって何も変わらなかったのは、六年生という時期が、自分で感じているよりもあっという間に過ぎてしまったからだろう。それまでの一年一年の感覚でいると、六年生は気が付けば終わっていたような感覚だった。それからというもの、一年一年はあっという間に過ぎるような感覚に陥っていた。それなのに、繰り返している一日一日は長く感じられた。

――時間の間隔が意識の感覚と狂わせてしまっているようだわ――

 と、まるでダジャレのような発想になった舞香だったが、それを自分でおかしいと思うことはできなかった。

 かくれんぼに誘ってくれたのは、クラスの女の子だった。最初は二人で遊ぶものかと思ったが、数人でかくれんぼをすると言われて、あっけにとられた気がした。相手の女の子も舞香のそんな表情に何も感じていないかのように、

「ねえ、いいでしょう?」

 と、押せば折れるということを確信しているかのように誘いかけてくる。

 そういう意識で誘われると、人は断りきれないようだというのを、舞香はその時初めて感じた。断りきれないことを自分だけではないと思うことで、自分を正当化させようと思ったのかも知れない。

「舞香は初めてなので、本当は自己紹介してもらおうと思ったんだけど、嫌ならいいわよ」

 と言われた。

「あっ、じゃあ、自己紹介はなしで」

 と舞香は答えた。

 自己紹介などしてしまうと、その瞬間から自分は彼らの友達ということになる。友達ということになると、それなりに束縛を受ける気がしたのだ。友達がいらないというわけではないが、束縛を受けることは嬉しいことではない。束縛を受けるくらいなら、友達などいらないと思ったほどだった。

「じゃあ、それでいいわ。今日かくれんぼに参加するのは五人なの。まずは鬼を私がするわね」

 と言って、彼女はまわりにそう言って納得させていた。

 まわりは皆男の子で、皆誰も何も言わない。彼女はそれをいいことに自分が中心になって仕切っているようだ。

 かくれんぼは自然と始まった。舞香は適当に隠れた。別に見つかってもいいという思いがあったからだ。むしろ早めに見つかった方がいいとも思った。最後まで見つからないことに言い知れぬ恐怖のようなものがあったからだ。

 舞香の狙い通り、最初に見つかったのは舞香だった。

「みーつけた」

 と、鬼の彼女は嬉々として舞香を見つけたが、見つかった舞香はどんなリアクションを示していいのか分からずに、見つかったことでばつが悪いという雰囲気を作り出すことで、その場をやり過ごした気がした。

 舞香が一番最初に見つかってから、次の人が見つかるまでには少し時間が掛かった。舞香は見ていて、

――そんなに難しいかしら?

 と、自分も皆が隠れているところを見たわけではないので鬼の彼女と同じ立場で見ることができたのだが、明らかに見つかってもいいような場所に隠れているのが分かっているだけに、

――一人か二人は簡単に見つけられそうなのに――

 と感じた。

 すると鬼である彼女は、普通なら探しそうな場所をわざとなのか探そうとはしない。よく見ていると、そこに隠れているのは分かりそうなものなのにである。

「なかなか見つからないわね」

 と彼女は口ではそう言いながら、何かを楽しんでいるようだ。

 その時になって、

――彼女がわざと見つけないようにしているのではないか?

 と感じるようになった。

 その理由は分かるはずもないのだが、このかくれんぼという遊びには、舞香の知らないところで暗黙の了解のようなルールが存在していることが分かった。

 舞香はそれを見ていてじれったさを感じていたが、その思いが表に出そうになったちょうどその頃、

「みーつけた」

 と言って、初めて彼女はもう一人を見つけることができたようだ。

――見つけることができたわけではなく、見つけたことにしたんだ――

 と思ったが、見つかった方も、

「ああ、見つかっちゃった」

 と、いかにもシラジラしいその声に、舞香は苛立ちを通り越して、呆れていた。

 一人が見つかると、あとの二人はあっという間に見つかって、見つかったことをやはり安堵のように答えていたのが印象的だった。

「じゃあ、今日はそろそろ終わろうかしらね?」

 と彼女が言い出した。

 確かに夕日は西の空に傾いていて、夜のとばりが下りるのは時間の問題だった。

――それにしても、たった一回だけのかくれんぼだなんて――

 とビックリした。

 せめて、数回あってもいい時間だったはずなのに、たった一回で終わるというのは信じられなかったが、それと同時に、誰もが一回だけのかくれんぼに何も意義を捉えなかった。リーダー格の彼女に対して、最初から最後まで誰も意義を唱えるどころか従順に従っていた。それを思うと、舞香は、このかくれんぼが最初から決まったシナリオであったことが分かった気がした。

――いつも一回で終わるために、なかなか鬼が隠れている人を見つけないという暗黙の了解ができあがっていたんだ――

 と舞香は思った。

「じゃあ、皆、また明日ね」

 と言って、リーダー格の彼女はそそくさと帰っていった。

 まわりの男の子たちも何も言わずに家路を急ぐ。舞香を誘ったにもかかわらず、最後に舞香に何も言わなかった彼女。どういうつもりなのかと思ったが、最後は舞香がいることさえ意識していないかのように思えるほど淡泊だった。

――本当に私のこと、意識していなかったのかも知れないわ――

 広っぱから、誰もいなくなった。

 夕日は完全に西の空に没していて、風のない時間いわゆる、

――夕凪の時間――

 を意識していた。

 小学生の五年生で、夕凪を意識するなんて自分でもビックリしていたが、夕凪を意識し始めたのは、もっともっと小さな頃で、田舎の祖母の家に遊びに行った時のことだった。

 その時初めて、祖母から夕凪という言葉を聞いた。あれはまだ小学生の二年生の頃くらいだっただろう。祖母の家に遊びに行って記憶に残っていることといえば、夕凪の話くらいだったからだ。

「夕凪というのはね。夕方の日が沈む少し前の時間帯のことで、風が吹かない時間のことなんだよ」

 と聞かされた。

「どうしてその時間をわざわざそんな風に呼ぶの?」

 と小学二年生の女の子がよくそんな発想になったものだ。

「それはね、その時間帯に魔ものが現れると言われているからなのよ。妖怪だったり悪魔だったりお化けだったり、その正体は分からないんだけどね。昔からそう言われているの」

 と祖母は話した。

「そんな怖い時間って、短いのよね」

「ええ、そう。短いから誰も意識せずに過ごしていくんでしょうね。だから昔の人はその時間を特別な時間だとして意識して過ごせるように、そう定義づけたのかも知れないわね。本当に魔ものが現れるかどうかは別にして、一日の中で一番恐ろしい時間ということになるわね」

「どうしてその時間なのかしら?」

「昔は暦というものが違っていて、今は一日の終わりが午前零時ということになっているんだけど、昔は日没だったのよ。だから、一日の終わりにふっと気が抜けてしまう時、魔ものに襲われないとも限らないことから戒めとしてそう言われるようになったのかも知れないわね」

 と祖母は言った。

 舞香はその時の言葉を今も覚えている。

 しかし、一つ気になっているのは、今でこそ当たり前のこととして分かっていることではあるが、日没というのは、日によって違うものである。夏が遅くて冬が早い。太陽に照らされている時間は、毎日違っているのに、それを一日の単位とするというのは実におかしなものだと言えるのではないだろうか。

 舞香はかくれんぼで皆と別れてひとりで家路についたが、その時ふと、

「おや?」

 と感じた。

――確か、かくれんぼをしていたのは鬼を含めて五人だったんじゃないかしら?

 と思った。

 確か、最後は四人だったような気がする。それなのに誰もそのことに違和感と訴える人はいなかった。舞香も最後まで違和感がなかったが、気が付いてみると、実におかしな感覚だ。

 舞香は、

――明日になれば、誰かがおかしいと言い出すかも知れない――

 と思ったが、誰も何も言わない。

 昨日自分を誘ってきた彼女も舞香を見ても何も言わない。それどころか何事もなかったかのような様子だった。ただ、前の日まで輪の中心にいるようなオーラを感じさせた彼女から、その日以降、そんなオーラは感じない。どんどん影が薄くなっていって、いつの間にか彼女は舞香の意識の中から消えていたのだ。

 舞香がかくれんぼに参加したという事実は、誰の頭の中に認識されていなかった。舞香自身もしばらくの間、意識していなかった。それを思い出したのは、明日美に出会ってからだった。

 何かのきっかけがあったわけではない。哀歌にとって明日美は、

――何かを思い出す起爆剤のような存在――

 として意識されるようになった。

 同窓会は明日美と知り合ってから三か月ほど経ってからのことだった。

「坂戸さん、変わったわね」

 と、同窓会のメンバーから口を揃えて言われた。

 そもそも、舞香は人から声を掛けられるタイプではなかったので、最初は違和感があったが、次第に声を掛けられることにも慣れてきて、

「そうかしら?」

 と受け流すような言葉ではあったが、内心では喜んでいた。

 ただ、皆が口を揃えて同じことを言うのは少し気持ち悪かった。同じことを言われているうちにまわりの皆が同じ顔に見えてきたからだ。誰が誰なのか分からないような状態にまでは至らなかったが、錯覚が妄想に繋がりやすいと思っている舞香にとって、由々しき状態であったことは間違いない。

 舞香が同窓会の話を聞いたのは、どうやら最後の方だったようだ。

「坂戸さんが参加するなんて、どうしたことなんだって話もあったのよ」

 と、子供の頃から毒舌な女の子からそう言われた。

 苦笑いを浮かべながら、

「そう?」

 と受け答えていたが、小学生の頃のようにオドオドした様子ではない自分にビックリしていた。

――相手はどう感じただろう?

 小学生の頃には考えたこともないことだった。

 余計なことを考えないことが自分にとって一番被害が少ないことだと感じていたからだ。いつも誰かに攻撃されているという被害妄想を抱いていた舞香は、なるべく目立たないようにしていた。

 そんな舞香にかくれんぼの誘いがあった時、当然躊躇した舞香だったが、誘われても違和感がなかったのは、その子と前から友達だったような気がしたからだった。

 彼女がそういう雰囲気を作ってくれたからなのかも知れないと思ったが、友達という言葉をその時に考えたことだけは覚えている。

 どのような結論が出たのか覚えていないが、かくれんぼに誘ってくれた彼女が、実は輪の中心にいたわけではないということも、彼女を友達だと思った理由の一つだったのではないだろうか。もし彼女が輪の中心にいるような女の子だったら、舞香は彼女の圧に負けないようにしようと意地を張ってしまうかも知れないからだ。

 しかし、彼女の圧を感じることもなく、かくれんぼに参加できたのは、彼女が輪の中心ではなく、おそらく人数が足りない時、誰かを調達してくるという役割を背負っていたからなのだろう。

 その役割も義務のようなものではなく、グループの中で自他ともに認める自然な役割だったのだろう。グループの一人一人にそのような役割が暗黙の了解で存在しているとすれば、舞香にとってかくれんぼは、自然に受け入れられる遊びだったの違いない。

 ただ、かくれんぼが終わってからのまわりの雰囲気は想像していたものと違っていた。

――これで皆に解けこめた――

 と感じていた舞香だったが、終わってからの視線は冷淡なものだった。

――もう少し暖かなものだと思っていたのに――

 と感じると、それまで知らなかった皆の奥を垣間見たような気がした。

――見なければよかった――

 その目が自分に向けられた時、せっかく友達になれたと思った自分が浅はかだったことに気付いた。

 だが、それは誤解だったようだ。

 同窓会で舞香に声を掛けてきた友達は、舞香のことを意識していた。

――あの時は、一番冷淡だと思ったのに――

 と、声を掛けられた時、思わず後ずさりしてしまいそうになった自分を思い出した。

 会話が終わってから、彼が去っていく後ろ姿を見ると、小学生の頃の彼を思い出していた。

――私、彼のことが好きだったんだわ――

 と感じた。

 それは、彼の後ろ姿に逞しさを感じたからで、後にも先にも後ろ姿に逞しさを感じる男性を見たのは、彼だけだったからだ。

 それは小学生時代から変わっていない。いや、むしろ小学生時代の方が余計に感じたことだったようだ。今は今で逞しさが増したのは否めないが、それは自分も成長下からであって、成長の度合いは女性の方が早いという意識を持っていることから、彼を見ている自分の気持ちにウソはないと思えたのだった。

 舞香は小学生の頃に感じていたことがあった。

――まわりの皆は私のすべてを否定しようとしているんじゃないだろうか?

 という思いだった。

 その最たる例が学校の先生であり、親だった。

 親は別にしても、学校の先生に感じた自分を否定しようとする雰囲気は、舞香が先生の言いたいことを全面的に否定していたからなのだろうが、舞香は舞香で考えがあった。それなのに、先生は頭ごなしに舞香を否定してこようとすると、上から抑え込まれる状態で頭を出すことのできないのは、水に頭をつけられて、抑えつけられている様子に似ていた。声を出すことはおろか、呼吸もまともにできない。次第に力が抜けていき、バタバタともがいているはずなのに、どうすることもできない自分をいつの間にか諦めていた。

――このまま早く楽になりたい――

 と感じた。

 舞香が人から冷徹な視線を浴びせられても、あまり焦った様子にならないのは、早く楽になりたいという思いを最初に抱くからではないかと思うようになっていた。そう感じるようになったのは中学に入ってからのことで、まわりから冷徹な目で見られていても、自分が人と関わらなければ、楽になれていると思っているからだった。

 さすがに最初から自分のすべてを否定されていると思っていなかった舞香は、学校の先生から何かを言われても、言い訳をするだけの言葉は持っていた。しかしいつの間にか言い訳を言わなくなったことを感じるようになると、その時初めて、先生が自分のすべてを否定しようとしているのだと感じたのだ。

「坂戸さんは、どうして先生の言うことが聞けないの?」

 と最初の頃にはよく言われたが、次第にそれも言われなくなり、冷めた目だけを浴びせられ、次第に無視されるようになった。

 この時が舞香にとって一番辛い時期だった。

「言われているうちがハナよ」

 とよく言われているが、まさにその通り、言われなくなるとホッとする反面、自分が見捨てられたということを自覚するようになり、見捨てられたということが自分を否定されたということに繋がることを自覚するようになった。

 自分が否定されていると自覚してくると、堂々巡りを繰り返しているという意識に陥ってしまう。最初は、

――相手に負けないように自分も何かを言わないと――

 と感じ、自分が対等、あるいはそれ以上であることを自覚してから始めないと、その時点で気おくれしてしまうからだ。

 そのうちに相手の言葉に戸惑いを示すようになる。ただ、相手も同じことを考えているだろうから、ここで先に折れてしまった方が負けだということは分かっていた。

 それでも舞香は相手の言葉に何とか逆らおうとするが、自分が逆らっているということを意識すると、それが言い訳だと思えてくる。

 そうなると、言い訳は自分の負けだという意識を持つため、気おくれしていないにも関わらず、後ろめたさが感じされるようになる。

 相手も同じように言葉がだんだんとなくなってくると、次第に言い訳を口にするようになっていることだろう。問題は言い訳を自分で言い訳をしていると感じて話をするかということだ。

 言い訳だと感じてしまうと相手に負ける前に自分に負けてしまう。そうなってしまうと独り相撲ととってしまい、相手に不戦勝を与えてしまうことに繋がりかねない。そう思うことがなければ、また最初に考えが戻ってくる。つまりは気おくれしないようにするというところに戻ってくるのだ。

 だが、すでに自分が否定されているという感覚は芽生えている。そうなると精神状態と状況との間にギャップが生じ、否定されていることが、本当は自分自身で否定していることになるのだということを感じてしまうのだ。

――自分で自分を否定する――

 その事実が堂々巡りを繰り返すと考えると、堂々巡りについて単独で考えるようになった。

 堂々巡りの発想で、最初に思い浮かんだのは、左右、あるいは前後に鏡を置いて、そこに写っている自分が無限であるということだった。

 またもう一つの想像としては、大きな箱を開けると、その中にはまた箱が入っていて、さらにその箱を開けると、さらに小さな箱が出てくる……。

 この二つの共通点は、

――限りなくゼロに近い――

 という発想である。

 鏡の向こうに、さらに向こうに見えている姿は次第に小さくなってくる。箱にしても同じように、開ければ開けるほど小さくなってくる。

――最後にはゼロになってしまうんじゃないか?

 と感じるが、実際にはゼロになることは理論上でもありえない。

 つまり、

――限りなくゼロに近い存在――

 を意識するということだった。

 自分を否定しても、最後がどこにあるのかも分からないので、絶対にゼロになることはない。そう思うとすべてを否定されてゼロになれば楽になれるのに、ゼロにならないことで、まるで生殺しのような状態に陥ってしまうことが一番怖かった。

――こんなこと、誰も考えたりしないでしょうね――

 舞香は、いつもそう思っていた。

 だが、同窓会ですべてを否定してきた人たちが来るというのに、どうして参加する気になったのか不思議に思う舞香は、明日美の存在が自分にとって大きなものになりつつあることを自覚していた。

――明日美も同じような発想を持っているのかも知れない――

 明日美と一度宗教の話をしたことがあった。

 明日美は宗教について不思議なことを言っていたが、それがどういうことを言いたかったのか、今では分からなくなっていた。

――同窓会に参加しなければ、分かっていたかも知れないわ――

 と舞香は感じていた。

 同窓会に参加したメンバーの中には、舞香の知らない人もいた。

「ねえ、彼、誰だったかしら?」

 舞香は勇気を出して、誰かに聞いてみた。

 わざと小学生時代に話もしたことのない人に聞いてみたのは、差し障りなく答えてくれると思ったからだった。

 すると彼はビックリしたように、

「えっ? 彼は桜井君だよ」

 と言った。

「桜井君?」

「ああ、桜井君は目立たなかったけど、いつも奇抜なことを言っては、みんなをびっくりさせるタイプだったんだ」

 と言った。

 舞香は、奇抜なことを言って、皆をビックリさせる人の存在を知っていた。それは、人と関わらないようになる前の自分ではないか。舞香は少しおかしな気分になっていると、舞香が訊ねた相手から、

「ところであなたが誰でしたっけ?」

 と言われて、ビックリさせられた。

 いくら、人と関わらないようにしていたとはいえ、面と向かって誰かなどと聞かれるとは思ってもいなかったからだ。

「え? 私は坂戸舞香ですけど?」

 と少しむくれた気分で答えた。

「そんな人いたっけ?」

 と言って、きょとんとしていた。

 その表情を見ているうちに、

――彼はウソをついているようには思えない――

 と感じた。

 どうしたことなのだろうと思っていたが、自分が聞いた人は明らかに自分ともう一人舞香の知らない相手とを混同している。舞香が知らない相手を舞香だと思っているのだ。

――そういえば、かくれんぼでも一人誰かがいなかったように言われたけど、誰も人数が減っていることに違和感がなかったわ――

 というのを思い出した。

 あの時と状況は違っているが、現象は同じだった。それを思うと、舞香にとって今回の同窓会への参加は、このことを再認識させるために催されたのではないかと感じ、不思議な感覚に陥ったのだ。

 一人いないという感覚が何年も経ってからよみがえってきたのだが、舞香にとってはまるで昨日のことのように思えた。不可思議な感覚は、時間を飛び越えて同じ位置に戻ってきたのだった。

 舞香は明日美が同じように同窓会で、かくれんぼの思い出を話していたなど知りもしなかった。お互いに自分の中にある何かが舞香は明日美によって、明日美は舞香によって引き出されたに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る