第80話 錯綜する思惑〈3〉

 様々な想いを抱えたまま、翌日が訪れる。

 和真たちは話し合うために再びカラオケで集合した。前回の時と打って変わって緊張した空気に満ちていて、状況が変わっているのだと痛切に感じる。


「玖島さんの提案についてどうかしら。……個人的には玖島さんのことだから、一筋縄ではいかないと思っているし、危険も相応にあると思うんだけれど」


 そう切り出したのは朱音だった。ゲームのルールも共有してくれているようで、拓海と桃香は静かに耳を傾けていた。しかし、朱音の問いにすぐに答えを返せる者はいなくて、沈黙がしばらくの間占拠する。


「俺は受けない方がいいと思います」


 はじめにそう返したのは修司だった。あの日と変わらず、彼は玖島の提案を断る方針だった。そんな修司に対して桃香がおずおずと話しかける。


「でも玖島さん、和真君が見た男の人とかクジラのこと何か知ってるんだよね? それなら受けた方が……」


「人数が多いから分はあるかもしれないけど、俺たちが確実に勝てる保証はない。リスクを考えるとわざわざ乗るような話じゃないと思う」


 そうかなあと零す桃香を見て、修司は腕を組んで軽く息をつく。


「こっちに来てほしいと公言されているのは四宮なんだろ? 危機意識を持ってくれ」

「……うん」


 そう返事をするものの、桃香の返答は納得しきっていないように聞こえた。提案を受けたい和真は桃香に便乗する。


「確かにリスクはあるけど、玖島さんが捕まえている魚を消すチャンスでもあるんだ。この機会を逃したら魚をずっと玖島さんに奪われたままになるだろ? それは避けたい」


 和真が懸念しているところはそこだった。玖島が魚を囲っているままでは現実世界に戻れない人が出てきてしまう。それは朱音と修司も分かっているだろう。口を噤む二人に対して畳みかけるように続ける。


「できるなら俺は提案を受けたい。現状を変えるためには動かないと始まらないと思う」


 それだけ告げると再び沈黙が訪れた。

 提案に乗るべきと押したが、朱音や修司の懸念も分かるし、受け入れ難いだろうという自覚はある。だからこそ、和真は沈黙の先に出てくるものを待つしかなかった。


「あのさ」


 唐突に割って入ってきた声に皆が視線を向ける。

 声を発したのは今まで沈黙を保ってきた拓海だった。彼は躊躇いがちに口を開く。


「……あのさ、もし、必要なら俺——」

「それは駄目だ」


 拓海が言わんとしたことを察して和真は言葉を被せる。先ほどの様子から一変して、拓海は眉根を寄せて不服そうに漏らした。


「どうして」

「五十嵐と約束したんだろ? 玖島さんの心は読まないって」

「それは、そうだけど……」


 拓海はそこまで言いかけて言い淀む。

 やはりできることなら心を読んで対処するというのは避けて欲しかった。殺意に塗れた影と対峙した時の様子を思うと、よりそう思ってしまう。


 けれど、和真の思いに反して拓海は鋭い視線を向けた。その視線に戸惑っている最中、彼は不服そうな声を上げる。


「じゃあ、和兄も異能使わないでよ。昨日、すっごく苦しそうだったじゃん」


 思ってもいなかった指摘に今度は和真が閉口する。どうやら自分が思っていた以上に苦痛に喘いでいたらしい。それを自然に汲み取ってしまったのだろう。拓海が責め立てるように続ける。


「それにももに聞いたよ。前に大怪我を負った俺たちを助けてくれた後、倒れて病院に運ばれたって」


 和真は思わず桃香に目を向ける。しかし、桃香は気後れすることなくその視線を受け、逆に和真の方がたじろいでしまう。唐突に告げられた事実に朱音は困惑している様子だった。不穏な空気が漂う中、拓海ははっきりと告げる。


「和兄が異能を使わないなら俺もあの人の心を読まない。ちゃんと約束は守る」


 真摯な視線で見据えられる。しかし、それに対して和真はわずかに俯いた。


「……それはできない」


「なんでだよ」


「もし異能を使って誰かを——拓海を助けられるなら、迷いなく使うと思うから。命に関わるなら尚更。だから俺は約束できない。でも、拓海には五十嵐との約束を守って欲しいんだ」


 拓海の気持ちを一切汲み取っていない、自分でも最低だと思う主張だ。それでも守れない約束をしたくなかったし、腹を割って話しておきたかった。

 拓海がグッと両手を握りしめると同時に、予想していなかった大声が響く。


「和兄のば———か‼︎ もう知らない! 好きにすればいいじゃん!」


 そんな罵声を上げてエナメルバッグを掴むと、拓海は個室を出て行ってしまった。和真は呆気にとられて彼が出ていった扉を見つめることしかできない。


「拗ねたな」

「拗ねちゃったね」


 追い討ちをかけるように修司と桃香が呟いた。さすがにあの対応はまずかったよなと今更ながらに思う。朱音は困りきった様子で扉を見つめていたが、やがて和真に向き直った。


「拓海が失礼なことを言ってごめんなさい。でも、一ノ瀬君。拓海も貴方のことが心配なのよ。それだけは分かってあげて」

「……分かってるよ」


 拓海の気持ちは理解できる。だからこそ、どう答えるのが最善だったのか分からなかった。気まずい空気を仕切り直すために朱音が話し始める。


「玖島さんの提案を伝えた時、拓海は受けたいと言ってたわ。また明日どうしたいか聞こうと思うけど、提案を受ける方向で進めておきましょう」


「いいのか?」


 提案を受ける方向に話が傾き、内心驚きながら和真は返す。まだ少し迷いがあるように見えたが、朱音は静かに頷いた。


「玖島さんが囲っている魚を消失させる機会がなくなってしまう可能性があるのは事実だから。それは避けなければいけない。二見君もそれでいい?」


「……分かりました」


 わずかに間を空けたが、修司は不服を言うこともなくそう返した。


「拓海がいなくなってしまったけれど、できる限り話し合っておきましょう。提案を受けるならできる限りのことをしておかないと」


 ゲームは二日後だ。

 その時までに拓海といつも通りに話せるようになっていることを願いながら、四人で話し合いを進めた。

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