第57話 揺らめく記憶の再演を〈2〉
飛び込んだ和真は魚の気配を頼りに暗い海を潜る。
魚がいるのは意外と海面に近い。修司を追わせていた魚がふわりと目の前に現れて行く手を導く。透明な魚は夜の海の中ではほんのりと明るく、視界を広げてくれた。風を操って泳ぐと程なくして目的地に辿り着く。
纏わり付く魚を消失させて修司の体を支えると、和真は素早く海面に戻った。岸壁に行き着き、修司の様子を伺う。
かなり咳き込んでいる。いきなり海に突き落とされたのだから当然だろう。しばらく様子を見て、落ち着いたところで声をかける。
「大丈夫か?」
わずかな間、沈黙が流れる。状況を飲み込んだのだろう、修司の目が見開かれた。そりゃ驚くよなぁと思った矢先に思いがけない大声が響く。
「ば、馬鹿かお前! 泳げない奴を助けに飛び込む奴があるか!」
「二見、泳げないのか」
意外な事実に和真は思わずそう呟いていた。和真の指摘に修司が言葉を詰まらせる。
そんな二人の元に朱音と桃香が駆け寄ってきた。桃香も玖島に体当たりを食らわせるという暴挙に出たというのに、和真と修司を見て血相を変えている。
「二人とも大丈夫⁉︎」
「ああ、何とか」
「何とかじゃないわ、夜の海に飛び込むなんて! それに桃香も無茶して、どうなることかと思ったか……!」
朱音が珍しく声を荒らげ、そこまで捲し立てると口を噤んだ。深く息を吐き出すと両手で顔を覆う。
「……今回のことでよく分かったわ。私以上に無茶をする人が二人もいるって……」
「す、すみません……」
和真と桃香は思わず身を縮こまらせる。拓海が周囲の様子を伺いながら歩み寄ってきたところで、和真と修司は陸に上がった。
「玖島さんは?」
「逃げられた。やっと捕まえたと思ったのに、あっさり壊して出て行かれた」
拓海は悔しそうな表情で空を見上げた。壊れた結晶体が光の粒子となって宙を舞い、消えかけている。目的は済んだということなのだろうか。そう思い至って和真はハッとし、修司に目を向ける。
周囲を見渡していた修司が目を見張り、少し大仰にため息をついた。何事かと他の三人が視線を向けると、彼は自身の隣で浮遊している魚を指差しながら言った。
「お前が言っていた透明な魚ってやつ、見えるようになったぞ」
事の経緯を説明する間に、着替えやタオルを拓海に調達してもらうことになった。さすがにずぶ濡れの状態では帰るに帰れない。
朱音が中心になって記憶の海と透明な魚について、そして修司を追っていた理由を説明する。一通り話を聞いた修司は頭に手を当てた。
「頭が痛くなる話だな」
彼が言うことはもっともだ。改めて振り返ると現実離れした話だと思う。
「でも、なんでこんな場所に修司君のこと呼んだんだろう?」
桃香が目を伏せて考え込む。しばらく五人の間で沈黙が流れたが、修司がそれを静かに破った。
「……昔、海に突き落とされて溺れたことがあるんだ」
「え?」
「釣り人を突き落とす悪戯が流行っていた時期だった。従兄弟たちと家族で泊まりで海に出かけた時、地元の学生に突き落とされたんだ。すぐに助けられて命に別状はなかったんだけどな」
今更ながら修司の顔色があまり冴えない理由を理解する。
臨死体験までには至らないが、修司にとっては忘れられない記憶だろう。そんな過去を再現することでこちら側に引き摺り込んだのだと理解して、ぞわりと悪寒がした。
「二見君、まだ整理がつかないと思うんだけれど……。今日は戻りましょう」
そう告げた朱音の顔も強張っていた。恐らく同じ結論に至ったのだろう。しかし、修司は朱音の提案に軽く首を横に振った。
「今すぐには。何処かに弟がいるはずなんで、探したいんです」
予想もしていなかった出来事に和真たちは顔を見合わせる。
話によると玖島と会うことになったのは弟と一緒にいるという話があったからだそうだ。とりあえず和真と修司は着替えるべきということで拓海が調達してくれた着替えを受け取った。
一旦近場のトイレで着替え、その足で最寄りの漫画喫茶に入る。漫画喫茶は個室ありシャワーあり食事ありで結構便利なんだぞ、なんて話していた俊に心の中で礼を言っておく。確かに便利なことこの上ない。
その間に朱音たちが修司の弟、律を探し出してくれた。少し離れた公園の遊具の中で見つけた時、魚に囲まれるようにして横たわっていてゾッとしたらしいが、ただ静かに寝ているだけだったらしい。寝ている弟を見た修司は安堵したようで、少し表情が和らいでいた。
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