第45話 巡り巡る縁〈2〉

 和真は教室内に戻るとそれとなく辺りを見渡す。和やかな雰囲気の教室内でさとしと島崎はそれぞれ別のクラスメイトたちと談話をしながら昼食を取っている。

 この間釘を刺された件から俊と島崎の様子を伺っているが、どことなく違和感がある。元々そこまで積極的に接する間柄でもないし、話も必要があれば普通にしているので端から見れば特に変わりはないのだが。


 今はこのままの方がいいのだろうか。そんなふうに思っているうちに俊に声をかけられ、和真は彼らに混じって昼食をとる。昼休み終わり間近になり、席に戻ろうとしたところで俊に呼び止められた。


「なあ和真、ちょっと帰りに家に寄ってもらえない? 壊れた障子、修理できるかどうか見てもらいたいんだけど」


「ん? ああ、いいけど」


 俊の軽い口調から和真は二つ返事で承諾する。しかし、部活を終えて帰りがけに睦田家を訪れた時、それが間違っていたのだと思い知らされた。


「……なんだこれ」


 一階奥にある和室の前で和真は一歩引いて、なんとも言い難い声音で呟いた。


 客間として普段から空けられている和室。その和室とリビングに通じる障子が見るも無残な姿になっている。障子の半ばあたりの組子と障子紙が破壊されていた。気軽に修理してくれと言われるレベルの壊れ方ではない。


「この間、理沙とおふくろがこれまでにないぐらいの大喧嘩始めちゃってさ。理沙が八つ当たりで鞄振り回した結果がこれ」


 理沙というのは俊の一つ下の妹だ。絶賛反抗期中だと聞いてはいたが、これは思っていたよりひどい状況かもしれない。ここ最近、理沙と会っていない和真としては口を挟める状況ではなさそうだ。


「これ買い換えた方がいいだろ……」


「そうなんだけどさあ。おふくろは理沙が謝らないと直さないの一点張りだし、理沙は謝る気全くないし。……でも、こういうの壊したままっていうのよくないって言うしさ」


 そう言う俊はいつもよりどこか神妙だ。確かにこのまま放っておくのは忍びないよなと思う。桟を入れ替えるとなると大掛かりになるが、このままにするよりはマシだろうかと思って和真は俊に問う。


「材料とかはこっちで勝手に準備していいのか?」


「もちろん。立て替えといてあとで費用教えてくれよ。それに和真ん家のパソコンもう結構ヤバいだろ? 中古だけどメモリと容量増し増しでカスタマイズしたもの割安で提供できると思うけど」


「……スペックそこそこで値段抑えて欲しい」


「ん、了解。じゃあ交渉成立ってことで」


 お互いの要望に納得したところで和真は違和感に気づく。


「そう言えば沙織さんは?」


 沙織さんとは俊の母親のことだ。おばさんは嫌だという事で昔から名前で呼ぶようにと言い聞かせられてそのままなのだ。

 腕時計を見ると十八時半を回っていた。普段なら仕事から帰ってきている時間のはずだが、まだ姿が見えない。


「まだ仕事。最近忙しいみたいだから余計に色々言いたくなっちゃうのかもしんないんだけど」 

「……そっか」


 二人がいないタイミングできっと声をかけたんだろうなと和真は思った。沙織と理沙はどちらも自ら折れるタイプではない。先に修理の依頼の現場を見られたら止められるかもしれないと判断したのだろう。とりあえず直す算段をつけてから帰ろうと思い至って、和真は俊に手を差し出す。


「サイズ測るからペンと紙とメジャー貸して」

「ほい」


 もはや準備していたとしか思えない速度で手渡される。早めに片付けようと和真は壊れた組子をメジャーで測り始めた。

 一通り修理するのに必要な材料の算段がついたところで、作業できる日程を確認する。今週末の日曜日に直しに来ると約束を取り付けて和真は自宅に戻った。


「おかえりー」


 玄関を開ければ間伸びした声で姉に迎えられる。夕飯の支度をしている姉の姿を見ながら、うちはいつも通りだなと苦笑しつつ、ただいまと返す。

 自室で着替えを済ませたところで着信履歴があることに気がついた。履歴にあるのは安藤の名前だ。和真は慌てて折り返す。


「悪い、すぐに出れなくて」


『いや、別にいいけど。紘人と連絡取れたんだけどよ。あいつ一年の時、二見と同じクラスだったらしいぞ』


「そうなのか?」


『紘人の奴、湊に言ったら面倒臭そうだから話さなかったって笑いながら言いやがってよ。腹立つわー』


 それは分かる、と心の中で高瀬に同意する。ただ、余計なことを言ったら藪蛇になるので口にはしない。


 思いがけない巡り合わせ。詳しい話が聞けるかもしれないという期待と、これでいいのだろうかという不安が入り混じる。安藤から連絡先を教えて貰って高瀬と連絡を取り合い、水曜日の部活終わりに会うことになった。





 学校の最寄駅から出ている別の路線に乗って数駅。青嵐高校の最寄駅に近いファミレスに向かう。この時期は日がかなり伸びて十八時半過ぎでもまだ辺りは明るい。

 店の入り口近くで携帯電話を眺めている男子学生がいた。和真に気がついた高瀬が手を上げる。


「わざわざこっちきてもらって悪いな」

「いや、こっちこそ」


 簡単に言葉を交わしてファミレスの中に入る。夕食の時間帯に差し掛かっているので中は混み合い始めていた。そのおかげで皆それぞれの世界に入っていて周りのことを気にかける様子はない。


「それで、二見の話を聞きたいっていうけどさ。なんで?」


 席について近況を話しつつ、それぞれ注文を済ませたところで高瀬がそう尋ねてきた。

 じっと見据えられるような視線を向けられて和真はわずかにたじろぐ。高瀬の視線を見て、誤魔化して話をしてはいけないような気がした。

 そのために二人の間には沈黙が訪れる。少しの間だと思うがやけに長く感じた。しばらくした後、先に動いたのは高瀬だった。 


「事情は話せないけど、二見のことは知っておきたいって感じ? 噂話だけだと情報として足りないってことなんだろうけど、あんまり立ち入るのはどうかなって思うところもあるかな」


 高瀬の言い分は真っ当だと思った。誰だって踏み込んだ情報を簡単に晒して欲しくない。だから、断られても仕方がないと思った。


「……嫌だったら話さなくてもいいんだ。立ち入ったことをしているのは分かってるからさ。その代わり一つだけ聞いておきたいんだけど」


「何?」


「二見って怪我をしたことがあるとか、病気してたとかいう話は聞いたことあるか?」


「……そういうのは聞いたことないかな」


「そうか。……ありがとう」


 クラスメイトの仲ではそこまで詳しい話はしないかもしれない。けれど、修司が死に近い体験がないという情報から一つの懸念が生まれる。

 桃香の夢見で行動を共にしていたということは自分たちと同じ境遇のはずだ。今まで臨死体験などがないのであれば、これから彼の身に危険が迫る可能性がある。


「二見とそっちの事情に何か関係あるのか?」

「……ああ。何もなければいいんだけど」


 再び訪れる沈黙。どのくらい経っただろう。沈黙を破るように高瀬がふうと息をつく。


「いいよ、話すよ。知ってることはそんなに多くないけど、一年の時の様子は話せると思う」

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