第44話 巡り巡る縁〈1〉

 期末試験を終えて迎えるのは七月。もうすぐ梅雨も明けて夏本番の季節だ。試験明けすぐの土日は四人で予定が合わず、土曜日に朱音と拓海、日曜日に和真と桃香の二組になって海を渡ることになった。


 行方不明なった人を探し出した以外に大きな変化はなかった週末。それに反するように、月曜早朝から送られてきた桃香のメッセージに和真は寝起きの眠気を吹き飛ばされた。


『今朝、私たちの他にもう一人男の子が一緒にいる夢を見ました』


 あまりの衝撃に一瞬思考が固まってしまう。本当かと慌てて返事をすると、朱音と拓海も気がついたようでメッセージの既読数が増えた。


『どんな人か分かる?』


 朱音からのメッセージがすかさず入り、立て続けに桃香から返事が来る。


二見ふたみ修司しゅうじ君です』


 名前が分かっただけでもかなり人探しのハードルは下がるだろう。しかし、それと共に心に埋めていた懐疑が同時に芽吹く。

 今はそれどころじゃないと思考を元に戻し、どう探すのがいいのだろうかと和真は思案する。そんな時に思いがけない返事が桃香から来た。


『二見修司って多分、青嵐せいらん高校の二見君だと思う。知り合いで青嵐高校に行った子がいるから、その子から最近の話聞いてみますね!』


 どこかで聞いたことがある学校名だなと思いながら、和真はいつ聞いたのだろうかと思いを巡らせる。そこでふと記憶に思い当たって目を見張った。





 その日、昼休みを告げるチャイムが鳴ると和真は早々に席を立った。廊下へ出たところで購買部に行こうとしていた安藤に声をかける。


「あのさ、ちょっといいか? 安藤に『頼み事』したいんだけどさ」

「お、なんだ?」


 呼び止められたことに不満を抱く様子もなく、安藤は足を止めて振り返った。


「確か高瀬って青嵐高校だったよな? もし知ってればでいいんだけど、ちょっと聞いてみたいことがあってさ」

「青嵐高校か。あそこ進学校だから頭のいい女の子多いんだよな。知的女子っていうのも格好良くていいよな〜」


 和真はあからさまに呆れた顔をするが、言いたいことを一旦心の中に留めて要望を伝える。


「それでさ、二見修司って人のこと知ってたら話を聞いてみたいんだよ。高瀬に聞いてもらえるか?」


 和真の言葉を聞くと安藤は目を丸くした後、しばし動きを止める。それから何かを悟ったような表情をしてから、なんとも複雑そうな視線で和真の肩に手を乗せた。


「……俺はお前の好みがどうだろうと構わないけどな、二見だけはやめとけ?」

「どうしてそうなるッ」


 飛躍した安藤の発想にすかさず和真はつっこむが、先ほど聞いた言葉に違和感を覚えて確認をする。


「っていうか安藤、二見のこと知ってるのか?」

「知り合いじゃないけどさ、同じ学年だし青嵐で女子人気あるからよく話は聞くんだよ。だから一方的にこっちが知ってるって感じ。同じモテる男としては気になるだろ?」 


 そもそも和真の中では既に安藤は面白枠に入っているので、どうもモテるという話が腑に落ちない。どう見ても三枚目だ。


「はいはい……。それにさっきやめておけって言ってたけど、二見ってどういう奴なんだ?」


「頭が良くてスポーツもできる。大人びていて格好いい。落ち着いてる。とりあえず非常に女子にモテる話題しか聞かないから腹立つ奴」


 完全なひがみじゃないかと和真は心の中でつっこむ。安藤の話は主観的な情報に溢れていたが、せっかく話してくれたのでとりあえず頭の中に留めておくことにした。


 そんな中、安藤は腕を組み、珍しく考え込むようにうーんと言いながら空を仰ぐ。


「そう言われてみれば、最近二見の話題ってあんまり聞かないかもしれないなぁ。一年の時、弓道のインターハイで入賞したって、青嵐の女子の間ではあいつの話題で持ちきりだったんだぜ」

「インターハイ? 本当か?」


 思いがけない事実に和真は目を丸くする。

 インターハイといえば大抵の人が聞いたことがある全国区の大会だ。それに出場して一年で入賞するとなれば相当の実力者だろう。それ故に驚きは隠せない。


「本当だって。そんなに気になるなら紘人に連絡取ってやるよ。返事来るまでちょっと待ってくれ」

「あ、ああ。ありがとう」


 安藤はその場で携帯電話を出してメッセージを打ち出した。その姿を見ながら、朱音と連絡先を交換していたことを思い出す。


「そういえばあの後、五十嵐とは連絡取ってるのか?」

「もちろん。だけど大学の課題とか色々忙しいらしくってさ。なかなかいい感じにならないんだよなぁ」


 軽くため息をつく安藤を見て和真は近況を思い返す。

 土日のどちらかは記憶の海に関しての探索。それに加えて大学の課題。大学は時間にゆとりがあるという話を聞いたこともあるが、朱音の立場を考えるとそんな悠長なことは言っていられないだろう。透明な魚の件もあり、半分は自分のせいもあるなと思って和真は心の中で安藤に詫びを入れる。


「……安藤も大変だな」

「でも、なかなか手が届かないっていうのもまた、魅力が増してそそられるというか」


 顎に手を当てて目を伏せながら安藤は浮ついた様子で答える。そんな安藤に和真は呆れ返ってしまった。


「俺はお前の前向きさが心底羨ましい」

「だろ〜?」


 半分皮肉で言ったつもりだったが安藤には全く効いていないようだ。そのぐらい自分も神経が太くなった方がいいのかなと思う。それから安藤は高瀬への連絡を済ませると購買へと足早に向かった。

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