第46話 巡り巡る縁〈3〉
「いいのか?」
話してくれるとは思っていなかった和真はすかさず問い返した。高瀬は少しだけ悩ましそうな顔をしながら腕を組む。
「うーん。本当は立ち入った話をするのは俺の主義に反するんだけど。そっちもなんだか事情があるみたいだし。一ノ瀬は悪いようにはしないと思うけど、まだ会うの二回目だろ? どういうつもりで話を聞きたいのかなって気になってさ」
こうして高瀬と会うのはあのサッカーの試合の時以来。親しいとは言えない相手に詳細を話していいかどうか気にしていたのだ。それもまた当然のことだと和真は思った。高瀬の柔和で気さくな印象が慎重で思慮深い人へと変わる。
修司の立場を考慮しつつ、こちらにも事情があるのだろうと察して話をしてくれるという対応。失礼ながらどうして高瀬が安藤と友人なのだろうかと思ってしまった。そこで高瀬がおかしそうに笑うのを見て、和真はわずかに
「な、なんだ?」
「いやさ、俺と湊が友達なの意外だなー、みたいな顔してるなって」
ずばりとした高瀬の指摘に和真は閉口する。それから和真はばつの悪さからわずかに視線を下げた。
「ああ、いや……ごめん」
口に出したわけではないけれど、友人を悪く思われていたら誰だって気分は良くない。そんなことを今更ながらに理解して居た堪れなくなる。高瀬は気にした様子もなく水を飲んでから続けた。
「湊は色々と強引なところがあるからさ、第一印象よくなかったりすることがあるんだよね。俺も考えなしだなーって呆れることもあるけどさ。……でも、いい奴だよ」
ふわりと笑いながら告げられた最後の言葉。それに惹かれるように和真は高瀬に問う。
「……安藤とは付き合い長いのか?」
「まあね。小学校で同じクラスになってからの腐れ縁ってやつかな?」
そう言って高瀬は笑う。屈託ない笑みは混じり気のない信頼から出たもの。
「湊から二見のこと、多少は聞いてる?」
「ああ。勉強ができてスポーツもできるから女子人気が高いとか。あとは一年の時、弓道のインターハイで入賞した話とかは聞いたんだけど」
話を聞く限りなんでもできる優等生の印象だ。自分とはだいぶかけ離れたタイプだなと和真は思う。しかもインターハイに出るなど、凡才の身では
「そう。成績いいし、スポーツは何やってもそつなくこなす。無遅刻無欠席で真面目っていうか、ストイックって感じかなー。無口ってわけじゃないけど口数は多くないかも。さっき言ってたように青嵐の中で一時期話題になったんだよね。二年生抑えて夏のインターハイに出場した一年が入賞までしたってさ」
「でも、安藤は最近あんまり話題聞かなくなったとか言ってたけど。何かあったのか?」
そこで一度高瀬は口を噤む。一呼吸置くとテーブルの上に腕を組んで視線をわずかに落とし、和真の問いに答えた。
「……インターハイの少し後ぐらいかな。そこから二見、休部してるんだ」
「え?」
「親が別居したらしいんだよ。本当はその時に部活を辞めるって話だったみたいだけど、部長とかが引き止めたらしくてさ。今は休部扱い。デリケートな話だからさすがにみんな簡単には触れられないって感じかな。まあ、表に出ないだけでまだ女子人気は高いよ」
高瀬が話したがらなかった理由。それを今更ながらに理解して和真は何も言えなくなる。
「家の事で色々あったと思うんだけど、それでも二見はいつも通りだったよ。自分だったらきっと狼狽えてるだろうなって思う。確か三人兄弟の一番上だったはずだから、そういうのもあるのかも」
そこまで話すと高瀬は苦笑しながら視線を上げる。
「俺が知ってることといえばそれぐらいだけど、大丈夫そう?」
「……ああ、ありがとう」
事情があるから話を聞いたとはいえ、複雑な気分は拭えない。
ちょうど注文した食事が運ばれてくる。それぞれ前に置かれ、高瀬は先ほどまでの神妙な空気を払うようにふっと笑った。
「それじゃあこの話は終わり。なあ、一ノ瀬、せっかくだからまたサッカーとか何かやろうよ。こうやって知り合ったんだしさ」
不可思議な縁でもたらされた関係。もたらされた縁は巡り巡って新たな繋がりとなる。思いがけない現実を知って息苦しさを伴うことがあるが、それ以上に今は新たな縁が広がるのが嬉しい。
「ああ」
食事をしながら穏やかな日常の話を交わしていると、あっという間に時間が過ぎ去っていった。
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