第47話 記憶が映すもの〈1〉

 高瀬から話を聞いた週の土曜日。和真たちはそれぞれ用事を済ませてから東京郊外のファミレスで落ち合う。

 今日の目的の一つ、二見修司についての情報を整理する。情報収集は同学年である和真と桃香が主に行っていて、友人や知人を経由しての情報はおよそ同じような物でまとまった。


 両親と妹、弟の五人家族。一年の時に弓道のインターハイ出場して入賞した故に注目されるが、後に家族が別居したために今は休部中。修司は父親と共に暮らしているという。性格的な面は至って真面目というところだろうか。


「大きな病気や怪我の話を聞かないのは、ちょっと嫌な感じね」


 朱音は厳しい表情で呟く。和真が思ったのと同じように修司が身の危険に晒されることを懸念しているのだろう。


「あれですかね。修司君の様子を注意して見ておいた方がいいですかね?」

「そうね。できることは少ないかもしれないけど、考えておいた方がいいかも」


 早めに修司と接触したいが、如何せん普通に話して受け入れられるような内容ではない。そのためまずは距離を測りつつ、修司の様子を伺うことになった。

 それから今日の目的のもう一つ、郊外のとあるスポットに出掛けるために店を後にした。





 鬱蒼と生い茂る木々。その奥に古びたトンネルが鎮座する。夏のまだ日が見える時間帯というのにどことなくヒヤリとした感覚がするような陰鬱さだ。


「うわぁ……」


 古びたトンネルを見た拓海は心底嫌そうな表情をして呟いた。真横に立つ和真に訝しむような視線を向ける。


「本当にここら辺なの?」

「ああ。細かいところは見当がつかなかったんだけど、四宮がここじゃないかって言ってさ」


 高瀬から修司の話を聞いてからここ数日、何か強い気配を感じるようになったのだ。上手く説明できないのだが、それは命を喰らった魚と似たような感覚だった。


 その原因を知りたくて今日はここを訪れることにしたのだ。和真の後に桃香がイキイキとした表情で続ける。


「実はここって昔からある心霊スポットなんだよね〜。白装束の小さな女の子を見たとか、誰も持っていない鈴の音が聞こえるとか。怪異が起きるっていう場所なんだよ」


「なにその余計な情報ッ」


 拓海は桃香の発言に引きつつ和真の方へ身を寄せる。和真自身は得意とも苦手とも言わないが、あえて聞きたい話でもない。忌み地のまとめ記事を興味本位で見てしまって後悔したこともある。


「っていうか、気になってたんだけど、四宮はそういうの大丈夫なのか?」

「結構心霊物とかホラーも見るよ。迫り来る恐怖感が結構クセになるというか」

「ええ……」


 信じられない、というような声音で拓海が漏らす。改めて訊くのも無粋な気がしたが、和真は朱音にも声をかけた。


「五十嵐は大丈夫か?」

「あまり得意ではないけれど……。推論が合っていれば、納得いく部分もあると思っていて」


 苦笑する朱音を見て、桃香は先ほどまでの陽気さを潜めて後を引き取った。


「多分、朱音さんと私が考えてること、一緒だと思います。前に朱音さんがアカシックレコードの話をしてくれてから考えてたんですけど、こういう心霊現象とか都市伝説も記憶の海の影響かなって思うんですよね」


「どういうこと?」


 急に真面目になった桃香に戸惑いつつ、拓海が疑問を口にする。桃香は人差し指を立てて空を指しながらそれに応えた。


「記憶の海に蓄積されているデータが不意にこの現実世界に反映されて見えることがある。それが心霊現象なのかなぁって」


「そう、私も桃香と同じ考え。都市伝説は根も葉もないものばかりだけど、人の間で噂としてデータが蓄積し、強化されることによって現象化される……と考えると、こういった現象も納得できると思って」


 なるほど、と拓海が少し納得したような表情で相槌を打つ。

 心霊現象や怪異、都市伝説といったものが記憶の海に起因すると考えれば、不明瞭な存在からくる恐怖感はマシになるだろう。その反面、記憶の海のデータがこちらに反映されるという事実に和真は少し不安を覚えた。桃香が更に続ける。


「小さい頃、私も心霊現象っていうか、普通は見えないものが見えた時期があったんですよね。だから気にはなっていたんです。あ、今は全然見なくなっちゃったんですけど」


「幼い時に霊が見えるとか、不思議な体験をしていたという話。あれも海を渡って間もないから、記憶の海に影響されて見えやすいのかもしれないとも思っていて。特に桃香は記憶の海にある樹を覚えていたからそうだったのかも」


 桃香と朱音のやりとりを聞いて、和真は不意に自分もそんなことがあったような気がした。ただ、幼少期のことは思い返そうとしてもあまりよく思い出せない。


「一ノ瀬君、何か気になったことでもあった?」


 声をかけられて和真は思考の海から浮上する。どことなく不安げな表情をしている朱音に対して苦笑いを浮かべてみせた。


「……いや、そう言われてみれば、俺も四宮みたいな感じだなって思って。あんまり覚えていないけど、多分そういう類のものは見ていた気がするんだ」


「そうなのね。そういう事があったから、あの魚のことも早くから見えていたのかしら。もしかしたらそういう現象を見やすい人は記憶の海と繋がりやすい——」



——チリン。



 唐突に響いた鈴の音にハッとし、四人は身を強張らせる。一斉に音がしてきた方に視線を向けるとそこには一つの影があった。


 白装束を纏った、まだ十歳程の少女がそこにいた。黒い髪をうなじあたりで縛り、目は白い布で覆われていて見えない。年端もいかない少女であるはずなのに強烈な圧迫感を感じる。


「きっとあの子がそうだよ……!」


 桃香がそう言った瞬間、記憶の海を渡る時と同じ波のような感覚が体に押し寄せた。いつもよりも強い衝撃に体勢を崩しそうになったところで留まる。


 波に耐え、目を開く。そうして視界に入ってきたのは霧に覆われた森の中だった。周りに誰の姿も見えず、和真は咄嗟に周囲に向かって呼びかける。


「五十嵐! 拓海! 四宮!」


 瞬間、悪寒を感じて咄嗟に身を翻すが、わずかに左腕に何かが掠めて血が流れた。視線を巡らせた霧の中に黒い人影と蠢く何かが見える。


『ねぇ、お兄ちゃん。何で分かったの?』


 霧の中からうっすらと少女が姿を現した。わずかに視線を落とした少女が一歩一歩近付き、その度に脳が警鐘を鳴らす。


『お兄ちゃみたいな人、邪魔だよ』


 少女から感じる強烈な圧迫感。それは命を喰った魚をより凝縮したような感覚だった。それ故に推測していたことが確証に変わる。


 この少女が命を喰らった魚を取り込んでいるのだ。異常なほどの生命力に満ちていて、それが異様な圧迫感を生み出していた。体が冷えるのに反して汗が滲む。


『どうして邪魔するの。どうして嫌うの。どうして——』


少女が顔を上げ、腹の底から声を張る。


『どうして死ななきゃいけなかったの!』

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