第24話 気まぐれ者たちの奇想曲〈1〉
月曜日の夜、和真は夕飯の準備を一通り終えてリビングで一息つき、適当につけたテレビをぼんやりと見て過ごす。芸能人がわいわいと賑やかしているが上の空で通り過ぎていく。
週末に色々なことが起こりすぎて、頭と心がついていかない。きっと自分でもそうなのだから拓海はもっと混乱しているだろうなと和真は思った。何を話していいか分からないけれど様子は気になる。後で連絡をしてみようとぼんやり思っていると携帯電話の着信音が鳴った。
今から帰りますと母から連絡があって、和真は時間を見計らって食事がすぐにできるように支度をする。姉はバイト先の賄いを食べてくるので、今日は母と二人での夕食だ。
主食はきのこたっぷりの鮭のバター焼き。副菜にはアスパラとエビの塩炒め、豚こま切れ肉と長芋の煮物。そこに市販のカブの浅漬けを用意する。おおよそ整ったところで玄関の扉が開いた。
「おかえり」
「ただいま」
テーブルに用意された夕食を見て、いずみは目を丸くする。
「……今日はどうしたの?」
「ああ、うん。最近、色々迷惑かけてるからさ。……お詫びを兼ねて」
和真は曖昧に笑って返す。
実際は色々と考え事をしているうちに気分転換したくなり、料理に没頭した結果だった。こんなにいらないとは分かっていたけれど、ちょっと多かったよなと思い返す。どうせ食べるのは自分だし、余ったら弁当に詰めればいいかと結論づける。
「迷惑だなんて、そんなことないわよ。でも、気を使ってくれたのね。ありがとう」
和真の返事にいずみは少しだけ寂しそうな表情をしてから微笑んだ。
母が洗面所に行っている間に和真は白米と味噌汁を準備する。ちょうど全てが食卓に揃って、二人はテーブルに着いた。
「いただきます」
味噌汁を一口飲んで和真は軽く息をつく。
なんとなく、ゆっくり夕食を準備をして食べるのが久しぶりな気がした。やっていることは変わっていないはずなのに。きっと急激に色々なことが起こりすぎているからだろう。
穏やかな日々はいつの間にか目まぐるしく変わりつつある。それについていけるほどの余裕が自分にはないのだと、改めて思い知る。
「どれも美味しいけど、アスパラ美味しいわね。火加減ちょうどいいわ」
「え、ああ。ありがとう」
不意に声をかけられて和真は思考の海から浮上する。視線を上げると母がわずかに苦みが入った笑みを浮かべていた。
「和真、困っていることとかない?」
「え、いや……大丈夫だけど……」
「そう? なら、いいんだけど」
母はそう相槌を打って苦笑いを浮かべると、止めていた箸を進める。
和真は拓海の件で帰宅が遅くなった時のことを思い出す。あの時も協力できることがあったら言って欲しいと言われていた。顔に出やすいなと、不甲斐ない自分に内心でため息をつく。
できることなら心配はかけたくなかった。ただ、いくら親とはいっても常識の範疇を超えた話はしにくいし、上手く説明できる自信もない。それならば黙っているしか方法がなかった。
それからはたわいもない日常の話をしながら食事を終える。明日弁当に詰めるものを頭の中で算段しながら洗い物を終えて、和真は早めに自室へと戻った。
ベッドの端に座りながら和真は携帯電話を手で弄ぶ。しばらくの間、通話履歴を眺めては戻るというのを繰り返してからようやく電話をかけた。
『和兄』
電話先の拓海の声は少しだけいつもより元気がないように聞こえた。いい言葉が思いつかず、気の利かないことしか言えないのがもどかしい。
「拓海、えっと……調子はどうだ?」
『うーん、ちょっとさ……。あの変なところに行ってから変な感じがするんだよね』
なんとなく言葉の端に倦怠感というか、疲れが滲んでいるように感じる。そのせいか、拓海が電話の向こう側で寝込んだまま話をしている様子が思い浮かんだ。
「変な感じ?」
和真の問いの後、少しだけ間が空く。それから少しして、信じてもらえないかもしれないけど、と前置きを置いてから拓海は躊躇いがちに話し始めた。
『……なんて言ったらいいのかな。人が考えていることが分かるっていうか、気持ちが流れてくるっていうか……。学校行くと色々な人の考えが伝わってきて、酔ったみたいになって気持ち悪くてさ。今日、早退したんだ』
「……そうか」
『なんとなくの感覚でそういうの遮ることもできそうなんだけど……上手くいかなくて』
拓海の話を聞いているうちに、あの記憶の海で出会った二人のことを思い出す。
あの子が得た力は少し私と近いみたいなの。
確かに女性はそう言っていた。そして、心を通じて記憶の深部まで案内するとも。
話を鑑みると心を読み取ったり伝えたりする能力だろうか。この世界でも超能力の一つとされていて、少なからず聞いたことがある話だ。ただ、聞いただけだとやはり実感が伴わない。
それでも、現実にあり得ない力を持ってしまった人を知っている。だから自然と言葉が続いた。
「そのことなら五十嵐に相談してみてもいいかもしれない」
『……うん、そっか』
拓海はどことなく納得したような反応をした。その反応から、彼はもともと周囲の状況に敏感で汲み取る能力も高いんだろうなと和真は思った。
『あのさ、落ち着いたらあの時のこと。……ううん、二人が知っていること、教えてくれる?』
「ああ」
また電話するよ、と言って和真は電話を切る。そのまま携帯電話を眺めながら無造作に後ろに倒れ込んだ。
やらなければいけないこと、考えなければいけないことが色々とある。けれど、今だけは少し休みたくて、和真は頭元に携帯電話を置いて静かに目を閉じた。
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