第7話 ささやかな日々〈1〉

 春の大型連休に入り、和真は早々にリュックを新調した。悪いことは続けて起きるなんて言われたのがとなんとなく気になって、禍根を残さないようにという思いから早めに買い換えたというのは余談だ。

 連休中は部活も休みということで気ままにバイトを入れている。バイト先は自宅の最寄駅内にある大型チェーン店の本屋だ。後は母の仕事のシフトや姉の予定と合わせて家事の担当を割り振られているので、それをきちんとこなせば自由だ。


 五月三日。約束通り和真はさとしの自宅に向かう。

 俊の家は父親が仕事上遠方に配属される時期があり、今は単身赴任中だ。そういった意味では母子家庭の一ノ瀬家と似ていて、昔から家族ぐるみの付き合いとなっている。この関係はある意味、親戚と言ったほうが近いかもしれない。


 今日は母親も出かけているらしく家の中は更に緩い空気である。いつも通りリビングに通してもらうと俊の二番目の妹、夏海なつみが既にテレビを陣取っていた。テーブルには既に炭酸飲料やお菓子などが広げられていて、自由さに拍車がかかっている。予定では俊お勧めの映画を見るとのことだったが、何故か流れで彼女が見ている異世界転生もののアニメを見ることになってしまった。


 現世で一生懸命働いていた主人公が報われず不幸の事故に遭い、異世界に転生する。不遇の人生から一転。人間関係も恵まれた華やかな人生を送るというのが概ねな展開だろうか。


「……こういうのまだ結構流行ってんのな」


 確かに内容として面白いものはあるけれど、それならもう少しシンプルなタイトルでもいいのではないかと思う。展開的にはテンプレートなものが多いので、気負いなく見られるという点はありがたい。


「異世界転生もまだまだあるけど、今は悪役令嬢ものとか追放からのざまぁもの、スローライフとかもう色々だよねぇ」


 夏海はソファーに両膝を立てて座り、ジュースを飲みながらそう言う。一応家族ぐるみの付き合いとはいえもう少しきちんとしてもいいと思うのだが、お前は親父かと俊からつっこみが入るので何も言わない。


 俊に影響されたのか夏海もそれなりのオタクだ。女っ気はなく、服装も動きやすい物を好むようなタイプだ。対戦ゲームも熟していて、むしろ和真より上手いまである。


 ちなみにもう一人の妹は全くそんなことはなく、女子らしく服装や身嗜みに余念のないタイプだ。絶賛反抗期中で母親と俊とはろくに話をしてくれないらしい。まあ塩対応もいいんだけどと言う俊に、なんとも言えない視線を和真が向けたのは少し前の話である。

 流れるアニメを頬杖をついてなんとなく見ながら、和真は率直な感想を口にしてみる。


「人生大逆転っていうのがみんなやっぱり好きなんかなぁ」

「まあそうなんかなー。っていうか、不遇なヤツが転生して大成するってところが日本人らしい発想だと思うけどな〜」

「そうか?」


 なんとなく興味を惹かれて和真は俊に視線を向けた。


「ほら、人間死んだら骨になって何も残らないって考えが多いだろ。まあキリスト自身は復活するけどさ。輪廻転生とかそういうの東洋の思想っぽいというか」

「なるほど」


 輪廻転生——人は死ぬと新しい生命に生まれ変わるという仏教の思想だ。現世での行いが来世になんらかの影響を及ぼすという。

 神や信仰に疎くなって久しい日本であるが、腐っても仏教がある国だ。自業自得、因果応報という言葉も仏教から来ていると聞いたことがある。それを考えると恵まれない人生からの大逆転という発想は分かる気がした。とはいえ、自分ではなかなか二つを結び付けられないとも思う。


「っていうか、よくそういうのと結びつけるな」

「神話とかキリスト教とかそういうの、ゲームの元ネタの鉄板だから探すの楽しいし。それに思想の違いとか哲学分野も読んでみると結構面白いもんよ?」

「オタクめ……」


 そうは言いつつも意欲的に物事を調べる姿勢は素直に感心する。ただ何故それが勉学に回っていないのかと思うが、本人曰く興味のないものは出来が悪くても仕方がないということらしい。ドヤ顔で言うものどうかと思うが。夏海もアニメそっちのけで話に乗っかってくる。


「テレビとかで、たまに生まれ変わる前の記憶がありますーなんていうのあるよね」

「まあ、そんな話もあるよな」


 真偽などもちろん不明ではあるが、興味がないとも言わない。

 前世の記憶を持った少年が当時の家族の名前を出し、果てには自分の死因や状況まで語った。少年が名前を挙げた家族が実際に存在し、語った内容を確認すると間違いがなかったなどといった逸話だ。特に幼少期に多いという。そういった話を聞くと科学的に証明できない事象があっても不思議ではないと思えてしまうのだ。


「前世の記憶があるって話す子、昔いたけどねー」

「本当か?」


 和真は夏海の発言に訝しげな視線を向ける。科学的に証明できない事柄があるとはいえ、実際に身近な場所でそんな話があると言われると訝しみたくもなるものだ。自分のことを棚に上げている気もしなくはないが、それはそれである。

 和真の反応に動じることなく夏海はにやっと笑った。


「昔からたまーに遠い彼方を見てる和兄の秘密、教えてくれたら話してもいいけど〜?」


 それを聞いて和真はすぐさま俊に視線を向けるが、彼はまるで他人事のようにポテトチップスを食べていた。

 確かに秘密にはしていないし誤魔化せなどという約束もしていないが、あからさまにネタにされるのは困る。いや、既にネタにされているのだが。視線から心中を察したのか、俊は少し意地の悪い笑みを浮かべた。


「聞かれたから、見えないもの見てるんだって言っただけだけど? それとも恋煩いとか言って欲しかった?」

「余計タチが悪い!」

「ならいいじゃん〜」

「心霊ものでも恋煩いでも私は面白いからいいけど?」

「よくない!」

「えー、いいじゃーん。でさー、心霊物?」


 俊の揶揄やゆに夏海が乗っかって引っ掻き回す。強制的に話は終わらせたものの、その後も思い出したかのように夏海が話を蒸し返してきてその度に有耶無耶にした。


 阿吽の呼吸の陸田兄妹に盛大に翻弄され、盛大なため息とともにその一日は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る