4話 ■■■■精肉店

俺が廃墟探索した時の話なんだけど。その廃墟って、学校だとか病院だとか、そういうオーソドックスなやつじゃなくてさ。その………お肉屋さん、だったんだよね。はは、珍しいよね。なんかそこ、知る人ぞ知る心霊スポットみたいでさ。あーでも、なんか人によって内容違うんだよね。「そこでは人肉が売られていて、秘密の地下室で体を生きたまま捌かれて売られた者たちの怨念が詰まっている」だとか、「肉屋の店主の霊が出る」だとか。ああ、「痴情の縺れで殺された店長の怨念が」なんて話もあったかな。そこまで来ると肉屋じゃなくてもいいじゃん、ってなるけど。

ともあれ、俺と友達ふたりでその廃墟に行ったんだ。肉屋は商店街の中にあって……大体経年劣化で錆だの汚れだのでボロボロで、ほぼシャッターが閉まってるような状態だった。入れなそうだったら帰りにファミレスにでも寄って帰ろうか、なんて話をしながら歩いてたらさ、あったんだよ―――――肉屋。それも、入れるような状態で。

そろ、って近づいて見たら、ガラスの引き戸が中途半端に空いててさ。奥には肉が入ってたぽいガラスケースが割られた状態で―――――うん、奥も入れそうだった。俺はこの時点でだいぶ怖かったんだけど、友達の一人が結構こういうことにノリノリな奴でさ。懐中電灯持って、中に入ってみたんだ。

ケースの横には奥に繋がる扉があって、鍵が掛かってなかったからそのまま入って。………奥は、やけに荒らされた跡があったけど―――――多分あれ、居間、じゃないかな。食器とか落ちてたし―――――そう、生活の跡がまだ残ってたんだよ。もしかして夜逃げだったんじゃない?みたいな話しながら見てたら、なんかざわざわしてきて。いや、寒気とかじゃないんだけど、なんか嫌な感じがして………そのうち友達が、床に落ちてるノートを見始めたんだ。何が書いてあんの?って聞いてみたら、なんか………仕入帳、って言うのかな?どこどこからこの肉を何グラム買い付けて、みたいに書いてあるんだ。

肉屋って大変なんだなー、とか言い合ってたら、変な事に気づいた。

『なあ、この………フジミヤってなんだろう』

『……ほんとだ。特に豚肉とか鶏肉とか書いてねーな』

『仕入れ先じゃない?』

『えーでも、……なんか変じゃね?』

「フジミヤ」は一週間に一度仕入れを行っていたらしい。ただ、もう一つ奇妙な点として―――――

『日付と、フジミヤ、とグラム数だけ。なんかこれだけ異質っていうか……』

『でもここ、だいぶ昔にやってたんでしょ?しかも個人経営。自分にだけわかるようにした、とか』

『帳簿ってきっちり付けるイメージだけどなあ』

どこから来た肉なのか、何の肉なのかすらもよくわからない。俺はなんだか、すごく不気味に思えて。ノートから目を離したんだ。――――――そうしたらさ。

『なあ、あれなんだろう』

床に、扉みたいなものが付いてるのを見つけた。そうしたらふたりもノートから目を離して、ほんとだ、とかなんだろ、とか気にし始めて。床下物置だ!とかって話になったんだけど……………なんとなく俺、その下にさ。部屋があるような気がしたんだよね。


うん、地下室。


やめとけって心の中では思ったんだけど、地下室があるかもしれない―――――って思ったら、止まらなくなって。俺は膝をついて、こんこん、って床を指の関節で叩いてみてさ。そしたら、――――――――


「行かない方が良い」


どこからか、声が聞こえたんだ。友達の声じゃない、知らない男の声。見渡しても誰もいない。そんで友達の顔見てみたら、二人とも顔面蒼白で。ああ、二人にも聞こえたんだ………って思った瞬間、震えが止まらなくなった。うん、そう。純粋に、怖かったんだ。声もだけど、下になにがあるか、ってのを想像したくなくて。そんでまあ、そんなだからだーれも下に行こう!なんて無茶も言わずに、バタバタしながら車に走って戻ったさ。


だから結局、あそこに何の謂れがあるのかもよくわからない。

ただ、男の声がした。それは確かだ。


――――――ああ、あと。これは、…………なんだろう、気のせいかもしれないけど。

帰り際にさ、真っ暗な部屋の中から、もうひとつ声が聞こえたんだ。


「ここに、死んだひとなどいないよ。安心すると良い」


……………そっちの方が怖いよ、って、正直思ったんだけど。

え、肉屋の名前なんか聞いてどうするの。まさか行く気………あ、行かない?ただの興味?良かったあ。いや、あそこは興味本位で行っちゃいけないよ。普通に不法侵入だし。…………………はい、反省してます、すごく。


看板は随分と錆びついていたけど、文字はちゃんと読めたよ。名前は――――――


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