第6話


「まさかあんなことになるなんて……」

  

 店の暖簾のれんを片付けながらなずながため息をつく。


「お陰で店を閉じることになっちゃったし」

「ふふっ、あれは凄かったもんね。私もびっくりした」


 畳の上で菫が笑う。今日は着飾っておらず、街に行くような服装であった。


 あの後、登米とめを襲った3人の男は、無事、検非違使けんびいしによって庁に連れて行かれた。死刑とまでは行かなくとも、徒罪ずざいだろう。


登米とめさんを異常なほど愛して、贈り物とか文とか、とにかく彼女に好かれようとしたんでしょう?」

「そうみたい。もう怖いぐらいだよ。仕舞いには殺しに来るんだもん」

「それほどまで、登米とめさんを心から好いていたんでしょうね」


 素敵、と菫は何処か惚けた表情で呟いた。その声が、なずなに届かないように。


「そういえば」


 なずなは荷造りしていた手を止めて、菫に尋ねる。


「菫、占いはどうしたの?」

「どうしたのって……?」

「その……登米とめさんに伝えたの?」

「ああ。それね」


 菫は天女のように柔らかく口角を上げた。妖艶で、何処か妖しげな笑みが、不思議な雰囲気を醸し出す。


「伝えたよ」

「あ、そう、なんだ……」

「でも、お告げは伝えていないの」

「えっ?どういうこと?」


 目を白黒させるなずなに、彼女は袖に持っていた紙切れを見せる。書かれた文字に、なずなは驚きを露わにした。


「こ、これって……?」

「そう。だから伝えていないの」


 悪戯っぽく表情を崩した彼女が持つ紙には、こう書かれていた。


蝋燭ろうそくの灯火が消えるまで』


「……えっ?それって……じゃあ……!」

「あの人は、男に襲われた時点で絶命するはずだった」

「まさか、術を使ったの!?」

「ま、少しはね」


 無邪気に笑う少女は、人の命を救ったということをしたようには見えない。だが、確実に彼女は登米とめの寿命を伸ばしたのだ。


「だから、これはもう用済み」


 菫はお告げの紙を千切り、それを手に乗せてふっと息を吹きかける。すると、それらは煙のように、一瞬にして消えてしまった。


「あの人も、検非違使けんびいしが来た後はやけに明るくなったし。これでいいの」

「……やっぱ菫は凄いや」


 いよいよ、なずなの手が最後の荷物を入れ終わる。後は出ていくだけ。


「ねぇ、菫」

「ん?」

「本当に、続けるの?」

「もちろんだよ」

「でも、さ。ほら、あんなこともあったし……やっぱり危ない気がするよ」


 なずなは開かない表情で菫の隣に腰掛ける。


「菫に何かあったら……少し、怖いんだ」

なずな……」


 視えない未来の不安に駆られる彼女を、菫は苦しげに目を細めて見つめる。それから、ふっと息を吐いて、彼女に囁いた。


「大丈夫だよ。だって」

「だってな……」


 何?と問いかけようとしたなずなの唇は動かなかった。いや、動かなかった。


 物理的に塞がれたのだ。菫の、口付けによって。


 たっぷり10秒、彼女たちはお互いの息を肌で感じた後、菫はゆっくり顔を離す。


なずなが、私を守ってくれるんでしょう?」


 仄かな紅に染めた頰で、菫は言った。


「〜〜〜っ!」


 なずなの顔が菫とは比べ物にならないほど真っ赤になる。大きくため息をついて、我慢できなくなったように彼女は菫に抱きついた。


「もちろんだよ!」

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

菫の花には愛がある 葉名月 乃夜 @noya7825

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ