第5話
「ここですよ」
菫が待つ店の前で、
「随分と質素な造りなのね」
店の目の前で失礼だ、と思いながらも
だが、それでいいのだ。わざわざ豪華絢爛にする必要もない。いつだって、求められるのは外ではなく中身なのだから。
「それで、あなたたちはここに何の用が?」
「何って、もちろん占いをしてもらうに来たのよ」
「全員が?」
「ううん、私だけ」
「他のみんなは付き添いで来てくれたの。私たち、よく一緒にいるから」
「……そうですか」
何の変哲もない解答だった。少しでも疑った自分がバカみたいだ、と
「では、どうぞ」
「えっと……これはどうやって入れば?」
「扉を叩けばよいです。そしたら開きますよ」
「叩くだけ?」
「はい」
不思議そうに首を傾げるも、彼女は言われた通り扉を拳で叩く。トントンッと2回。そして、手を離した瞬間、軋みながら目の前が開いた。
扉を押したわけでも、引いたわけでもないのに。それはまるで、見えない力が働いているようだった。
目を丸くしている彼らとは対照的に、
「どうぞお入りください」
扉が開いた奥から、儚げで柔らかな声が届く。聴き慣れた声色に、菫は動揺もせずにいると、
菫の指示のままに、彼らは恐る恐るといった足取りで店の中へ進んだ。最後尾の
「あなたは、何故来たの?」
「その……
「言ってみて」
「それは……」
「それは、何?」
「その……」
俯いて言葉を飲む
「私の寿命を占って頂きたいのです!」
「……っ!?」
息を呑んだのは、
ただ事ではない、とは思ったが、まさか自身の寿命を知りたいと思う人間はいるまい、と彼女の勝手な思い込みが覆された瞬間であった。
しかし、その空間にて、
「分かりました」
付き添っていた男女はもちろん、菫さえ、彼女の頼みに息を呑んではいない。まるで、予め頼み事を視てきたように。
菫は自身の掌に光の球を宿す。同時に周囲の明かりは消え、闇が全てを包み込む。
菫色、瑠璃色、露草色と見た目を変える光球に、彼女は細い和紙をかざす。ボワっと紙切れが燃え盛ったかと思えば、その炎は吸い込まれて文字と化す。
眩い光の消息で、
今まで、幾重もの占いを頼みにくる者がいた。そして、中には占い以上の物を与えられる者もいた。
人の心を変えて恋人を手に入れた者、記憶を
人間は、時に道理に逆らうことさえしてしまう。だから、どんなことがあっても動じない、
そのはずだったのに。
もう二度と治らない病を患ってしまったか、生まれつき体が弱いのか。いずれにしろ、想像するだけで胸が痛む。
「あなたの寿命は……」
無意識に耳を塞いだ。本能が、聞きたくないと叫んだ。目の前の人間の寿命が、今まさに明かされそうとしている。
だが、指の隙間から鼓膜を震わせたのは、人間の声ではなかった。
ガラスの割れる音が響く。菫の術で生み出された光球が消える。何かが落ちる、いや、地面に叩きつけられる振動が伝わる。
ハッと手を解いて顔を上げた矢先、視界に入ったのは三人の大柄な影だった。
「おいおい、こんなところに居たのかよ」
低い男の声。視線こそ見えないが、それは
「俺はお前をずっと探してたんだ。散々貢がせた挙句、俺を簡単に捨てて出ていったお前をなぁ」
男はゆっくりと
「それはあなたの勝手な思い込みでしょ!?私は、あなたの恋人でも身内でもないのだから!」
「あぁっ?俺がこんなにもお前を愛してるのに、関係ないっつうのか?」
空気がビリッと震えた。
「許せねぇ……許せねぇなぁぁ!」
男は大きく手を振りかぶる。そこには、暗闇の中でも分かる、鋭利な包丁が握られていた。
「いやぁぁぁあ!」
「危ないっ!」
「あ?てめぇ何すんだよ!?」
男はもう、理性がなかった。感情に押し流された化け物になっていた。
「許せねぇなぁ!
男の合図で、後ろに控えていた2人の影も動き出す。どちらも、男と同じく刃物を手にしていた。
「下がれっ!」
襲いかかる男と影を前に、大郷ともう1人の男が女を庇い、前に出る。そして、向かってくる影に、片方は回し蹴りをお見舞いする。見事に当たり、大柄な男が倒れる。もう片方は影が腕を伸ばすタイミングで背負い投げを繰り出す。床に叩きつけられた影は意識を失う。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
その頃、大柄の男が連れていたもう一つの影は、菫を狙っていた。
「菫、下がって!」
「菫……?」
影は呟く。闇の中で揺らめく。それはまるで、まるで、探し物がようやく見つかったようだった。
「お前が菫姫か?」
影が唐突に喋り出した。青年の声だった。
「……はい、そうですが」
堂々と肯定する菫に、青年は喉の奥でくつくつと笑う。
「そうか、お前が、お前がそうなのか。……ははっ、そうかお前が……」
狂ったように、青年はぶつぶつとそう言った。それも、口角を上げて。
「あははははっ!そうかお前が!やっと、やっと見つけたぞ!お前があの占い師とやらか!」
「一体、何を言って……」
「黙れっ!」
青年は突然に咆哮を挙げた。
「お前のせいで!お前のせいで友達は可笑しくなったんだっ!」
「……!?」
「お前があいつに何かしたんだろ!?だからあいつは変なことを言って!……ああ違う、俺が可笑しいのか?俺が可笑しくされたのか?ああっ!何だ何だ……っ!」
青年は頭を掻きむしった。爪を立て、血走った瞳が僅かな光から見える。
「ああっ!憎い!殺してやる……殺してやるー!」
掲げた右手に刃物を握りしめて、一直線に菫へ駆け寄る。そんな青年に、
「あなたが何の恨みを持っているのか知らないけど」
彼女は右手を伸ばし、手のひらを天に向ける。その中に、一瞬にして大きな炎が灯る。轟々と燃える、人間ほどの大きさはありそうな
キッと青年を睨んだ
「菫には、近づくなっ!」
「がぁぁぁぁあ!」
痛みと苦しみに、青年は叫んだ。バリバリと胸を掻きむしり、ただ声を絞り出し続ける。
「熱い熱い熱い熱いぃぃぃ!」
暗闇の中でめらめらと輝く炎を、
やがて、青年は熱さに精神をやられたか、白目を剥いて床に倒れた。
「そろそろいいでしょう」
「全く、菫を狙うなんて罰当たりな」
異様な姿に、5人は声を出すことも叶わなかった。
「さて、どうしよう」
「取り敢えず、
「そうだね」
菫の案に賛成し、
「怪我は……特にないかな。呼吸もしているし、気を失っているだけか」
「そ、その人……」
「い、生きてるの……?」
「うん、大丈夫だよ。体を燃やしたんじゃなくて、汚れた心を浄化しただけだから」
確かに、
「で、でも、そんなこと……」
「ありえないって?」
「え、ええ。だって、そうでしょう?」
「普通の人ならそうかもね。でも私は」
「私は、
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