第4話


 とある日の昼下がり。


 なずなは街の中心部、商業で賑わう場所へやって来ていた。


「マッチと油、あと、紫苑しおんの根と梔子くちなしの実……」


 彼女は手元のメモを読みながら買うべきものを確認する。彼女が中心街へ来るのは、決まって食事の材料目的か菫の薬目当てだ。


「菫は最近咳が酷いし、鎮咳効果のあるもの、もうちょっと取り入れてみよう」


 そんな独り言を呟きつつ、彼女の待つ店へと急ぐ。なずなの脳内は、いつだって菫のことでいっぱいだ。


「あれ、あいつって……」


 とある男が、紙を見ながら黙々と足を進めるなずなに目をつける。


「おーい、七ヶ浜しちがはまぁー」

「ん?」


 自身の苗字に、なずなは顔を上げて周囲を見渡した。そして、大きく手を振る男を見て、少しばかり顔をしかめる。


 その男は2人の男と2人の女を連れていた。が、問題はそこではない。


 彼らはなずなの知る者たちだった。


「久しぶりだな。4年ぶりくらいか?」

「そうですね……」

「俺のこと覚えてる?」

「まぁ……。大郷おおさとでしょう?」

「そうそう!」


 馴れ馴れしく話しかけてくる男の相手をするなずなは、さも嫌そうに視線を外す。


 そこに、今度は女が割り込む。


「ねぇ、私たち、平安町に来るの初めてなの!七ヶ浜さんはここに住んでいるの?それとも働いている?」

「住み込みの働き、と言えば良いでしょうか……」

「へぇー!住み込み、いいわね」


 日本人にしては色素の薄い髪をふわふわと揺らめかせながら、その女はにっこりと笑った。確かこの人は登米とめと言ったか、となずなは自身の記憶を辿る。


 彼らはなずなの、中学の時の同級生であった。もちろん、平安町には小学校、中学校という場所は設けられていない。が、彼女は町の外から来た者だった。


 平安町を一歩出てしまえば、そこは科学技術が進歩した現代。子供は当たり前のように義務教育を受け、高校に進んだり就職したりと将来に向けて自身で道を選んでいる。


 なずなも、例にも漏れずその1人だった。


「あ、平安町にいるなら、もしかして知ってるんじゃない?」

「何を、ですか?」

菫姫すみれひめのことよ」


 大切な人の名に、なずなはぴくりと体を震わせる。


「知ってるでしょ、菫姫。すごく当たる占い師だって」

「しかも、不思議な術も扱えるんでしょう?一度でいいから見てみたいの」

「はぁ……」


 まるで稀有な物を見ているかのような表情の女に、なずなは怒りとも呆れとも言えない感情に囚われる。


 こいつらは菫をなんだと思っているのか。そう、同胞に疑いの目を向けるも、もちろん彼らには届かない。


「それで、もし良かった案内してくれない?」

「案内……ですか?何の?」

「何のって……菫姫すみれひめのいる店に決まってるでしょう」


 それが人に物を頼む態度か、と突っ込みたくなるも、なずなはぐっと喉の奥を閉める。彼らに怒りをぶつける理由はない。むしろ、客としてやってくるならこっちにも得がある。


 迷いに迷った挙句、彼女は渋々首を縦に振った。


「……分かりました」

「ほんと!ありがとう!」


 登米とめは輝かせた瞳でなずなの手を握りしめる。純粋に喜ぶ彼女は、さほど裏や闇を抱えているわけではないのかもしれない。


「それでは、付いてきてください」


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る