第3話
平安町。それは、平安時代を思わせる不思議な街。
道行く人は皆、着物を纏っている。人間が担いだ籠や馬車が交通手段。陽が沈めば頼るのは提灯。
それはまるで、その場所だけが平安時代からやってきたような有様だった。
不思議な雰囲気を纏った店があった。黒塗りの壁に、
目立つ店構えと、そこから溢れる気のためだろうか。その中には、一人のお客がいた。
「お願いがあるのです、
一段上がった畳の
「私の……私の主人は何処へ行ってしまったのでしょう?」
「……」
相手方から返事はない。元より、相手の姿は布に隔てられて見えないのだ。
「もう10日ほど不在なのです。連絡も付かず、行き先も告げずに……。一体、あの人は、何処へ……?」
女は涙を流し、顔を覆う。彼女は深い悲しみと、愛する人が消えてしまった喪失感に迫られていた。
「分かりました」
ようやく、菫色の帷の向こう側から声がした。凛とした、少しばかり幼さの残る声色だった。
「視てみましょう」
女はハッと顔を上げる。その瞬間、音もなく灯りが消えた。部屋は暗黒に包まれる。
女は首を振って、周囲を見渡した。が、当たり前のように全てが真っ黒で塗りつぶされている。
そこに、ふわっと一つの光が生まれた。それは几帳の向こう側、
ぼんやりと、几帳に影が浮かび上がる。それは、あしらわれた髪飾りの気高さを感じながらも、細身の儚さを纏った影だった。
影は右手に光を、左手に紙切れを持っている。
「さぁ、祈ってください」
「……」
女の祈る姿を少しばかり眺めてから、
「ええ……そうなのね……」
「……視えました」
すっと彼女が手のひらを握り、手元の灯りを消すと、また音もなく、今度は部屋の灯りがついた。
「貴方様のご主人は、山の中にいるそうです」
「山……っ!?何故あの人が、そんな場所に……?」
「おそらく、貴方様のためでしょう」
「貴方様は、病気を患っていらっしゃるのでは?」
「え、ええ、そうですが……」
「きっと、貴方様の病気に効く薬草を求めて出掛けらしたと、そんなところでしょう」
「まぁ、あの人が……!」
女は口元を覆った。今度は喜びの涙が乾いた頰をつたる。
「ああ、そうだったのね……そうならそうと、言ってくれれば……」
「おそらく、明日の明け方にはお戻りになられるでしょう」
「そうなのね。ありがとう、本当にありがとうございます」
女は命の恩人と言わんばかりの感謝を残し、自身の帰路へ向かった。
*
「お疲れ様」
客がいなくなった瞬間、ふっと、何もない空間から少女が現れた。まるで、今まで空気に溶け込んでいたように。
「ありがとう」
几帳が上がり、
「体の方は大丈夫、菫?」
「うん、最近は調子がいいから」
そして、菫の隣に腰掛け、背中をさする。
「疲れてない?体の何処か痛いとか?」
「もう、大丈夫だって言ってるよ。本当に心配性だね、
「だって、菫はいつも我慢するでしょ?」
「そんなことな……ゲホッゴホッ!」
「ほら、やっぱり」
激しくむせる菫を、
「ちょっと待ってて。今お茶と薬を持ってくるから」
「ゴホッ……あ、ありがと」
声を絞り出すのもやっとの様子で、菫は振り返る。その額に浮かぶ玉の汗に、
しかし、菫は病弱だった。生まれつき体が弱く、こうして几帳を下ろしているのも、彼女の姿を逆に見られないためである。
それはまるで、特別な才と引き換えに健康を失ったように見えた。なんとも皮肉なことだ、と
病に苦しむ彼女を世話するのは、
せめて、人並みの健康を与えてあげられれば良いのに。そう願うも、結局自身にできることはないのだ。
「はい、これ。いつもの薬と、桔梗の花を煎じたお茶。咳止めに効果があるから」
「ごめんね……毎度……」
「もう、謝らなくていいから。菫が悪いわけじゃないんだし」
「でも……」
「あーもう!ほら、飲んで」
「うん」
食い下がる菫に、
そんな性格の菫を世話するには、
「どう?」
「うん、だいぶ楽になった」
桔梗茶をすすり、薬を飲んだ菫は、朗らかに笑った。雪のように純白だった彼女の頰に紅みが差す。
「良かった。あとはもう眠っていいよ」
「うん、そうするね」
湯呑みを置いた菫は、髪飾りを外して寝転んだ。彼女が自身に布団をかけたところを見て、
すると、街灯、蝋燭の火が音もなく消え、辺りは闇に包まれる。
「それじゃ、おやすみ」
そう言って立ち去ろうとした
「うわっ!」
強い力に対抗できない彼女の体は、布団の上にバサリと倒れた。引き寄せられたその耳に、温かい吐息が掛かる。
「何処行くの?」
「何処って、少し片付けをしようと……」
「だーめ。
「いや、私は大丈夫だよ」
「
不貞腐れた子供のような台詞に、彼女は仕方ないな、と菫の布団に入る。
「ねぇ、絶対狭いでしょ」
「そんなことない。むしろ、
「……全く」
向かい合う2人は、何処かくすぐったそうに笑い合った。
菫が病弱な体にも関わらず占い師として生きていけるのは、時折見せる、こうした頑固な性格が柱となっているのだろう。
「おやすみ、
「うん、おやすみ」
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