第31話:あなたと一緒にどこまでも(お題:遠くまで)

 フェアン国とオルベリク帝国の一触即発が回避されて、アーゼル山に帰ったわたしと雨竜を、山の獣たちは総出でむかえてくれた。

『ノア! 心配したんだぜ!』

 文鳥が熊の頭の上でばたばた羽を振り。

『まったく、あたしのせいであんたまでいなくなったら、夢見が悪くて眠れなくなるところだったよ』

 狐はここのつの尾を揺らしながら、深々とため息をついた。


 それから数週間が過ぎて。


 ハーヴィ王は、帝国のシャリア皇帝に向けて、親書の返事を書き、来年には国境で、ふたりの会談が行われることになったという。

 えらいひとたちがどういう話をするのか。テレビで首脳会談のニュースをぼんやり見ていただけだったわたしには、くわしいことはわからない。まあとにかく、両国の実になることが話し合われるのかな。キリムさんとクストスという側近を見た限り、腹のさぐりあいになるような予感も、しなくはないけれど。


 季節は移り、秋が来て、暑さはまた次の夏に会おうとばかりに去った。雨竜のもたらす雨も、そのまま打たれると少し肌寒い。くしゅ、とくしゃみをしたら。

『服をほとんど処分してしまったから、寒さよけがないだろう。王都の遣いに、冬着を頼むとよい』

 雨竜は気づかわしげに身を寄せながら、提案をしてくれた。

「そういえば」

 わたしは、手元の酒瓶を手に取りながら、ぽつりとぼやく。

「色々ありすぎて、結局海には行けませんでしたね」

 せっかくおいしいお酒が手に入ったのに、砂浜でバーベキューとしゃれこむひまもなかった。ちょっとがっかりだ。

 わたしの落ち込みっぷりが、よっぽどあわれに見えたんだろうか。雨竜が笑いの吐息をもらして、水色の目を細めた。

『今年がだめなら、来年ゆけばよい。来年がだめなら、またその次の夏に』

 やさしいまなざしが、じっとわたしを見つめてくれる。

『夏を待つあいだに、われらはもっと語り合おう。お互いのことを知るために。われらは、夫婦なのだから』

 ぱちくりとまばたきをしてしまう。そうだ、わたしたちは、まだまだお互いのことを知らない。アズサ以外の稀他人のことを聞いていない。わたしも、家族のことや、「むこう」でどう生きてきたかを、このひとに話していない。

 それに、まだ知らない。雨竜の真名も。

 わたしたちは、もっと近づいて、理解し合おう。遠くまで行くのは、それからでもいい。

「じゃあ、もっとお互いのことがわかった後、海へ行くときは、またわたしを背に乗せて、飛んでくれますか?」

 微笑めば、水色の目も、慈しみの感情を込めて、細められる。

『無論だ。そなたとなら、ふたたびどこまでも飛んでゆける気がするぞ、ノア』


 竜とひとは、幸せになれるだろうか。

 ううん、疑問を抱いている場合じゃない。

 わたしたちが、縁をつないでゆくんだ。


 この、誰よりもやさしい雨竜さまのお嫁さんとして、ふたり一緒にどこまでも、行けるように。

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雨竜さまのお嫁さん たつみ暁 @tatsumi

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