熱戦烈戦……?
入ってからどのくらい経ったかな。そろそろちょっと辛くなってきた。時計はあるけど、目が悪いからあんまりよく見えない。
「先生、暑い」
「ここ、九十度以上だからね。ほんとに我慢しないでね?」
「いやいや、絶対負けないから」
「そーいう問題じゃなくて……」
深雪さんは強情だ。ここまで意地を張るなんて……
そこまでして私に勝って、何をさせるつもりなのかなんて、想像したくもない。きっととんでもないことをされる。公務員なのにいまだに親から仕送りをもらっている箱入り娘で、平和に生きてきたから想像できないけど。
「ここ、ロウリュあるんだよ」
深雪さんの戦意をそぐために、ついでに知識マウントを取るために、サウナの前方にある石が積まれたエリアを指さす。ロウリュは、熱された石にアロマウォーターを注ぎ込んで水蒸気を発生させ、体感温度を急激に上昇させるもの。
「ロウリュ……」
「ざばーーって水が流れて、ぶわーってなって、めっちゃ熱くなるんだよ?怖いでしょ。ちなみにあと三分で始まるらしい。降参するなら今のうちだよ?」
頭でわかっていることを口に出すのは、難しい。でもきっと、いやむしろ私の直感的な言葉によって臨場感が伝わったかもしれない。
「先生、語彙力やばいよ」
「う、うるさい!」
喋るのも少ししんどくなってきたので、黙る。深雪さんも喋らない。
時計を見ると時間の進みが遅くなる気がして、目を閉じていた。
すると、水が蒸発する音がして、一気に暑くなる。ロウリュが始まったようだ。私はサウナーだから、もちろん余裕だ。深雪さん、いつまで耐えられるかな?
「おお、すごいね、ロウリュ」
「だろう……さて、逃げ出すならいまだぞ?」
「先生、あれ見て」
「なに?」
深雪さんが指さした先には、なんだろう……?
葉っぱのついた木の枝を束ねたもの?が飾られていた。
「ただの飾りじゃない?」
「あれはね、ヴィヒタって言うんだよ」
「なっ、し、知ってましたし!」
嘘です。ただの飾りだと思ってました。そもそも名前があるなんて知りませんでした。ロウリュマウントも失敗したし、深雪さんに知識で勝てない……
「ヴィヒタで何するかわかる?」
「……」
黙ると、深雪さんが察して勝手に解説を始めてくれた。
「あれでね、全身を叩くんだよ!」
「ひえっ!」
「怖がらないでよ。血行が良くなって、健康にいいんだよ」
「お、恐ろしい」
深雪さんの口調は迫力がある。こわい。
「だからね、私が勝ったら先生の健康のために、あれで叩いてあげるよ!!」
「ひぇええ!痛いのはやめてー!」
思わず叫んで深雪さんから離れた。でも、人いないし、セーフ。
深雪さんが凄く楽しそうに笑う。
「ウソウソ。まだ考えてないよ、何してもらうかは」
全然冗談っぽくない。月代さんとのバトル(?)を見ているから、深雪さんの恐ろしさは知っている。
叫んで動いたせいで、体力を消耗してしまった。やばい……絶対負けたくないのに。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「先生、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶです……」
「駄目そうだよ。無理しないで出ようよ。私の勝ちだけど」
「やだ!負けません!」
「もう、意地はらないで、負けを認めなよ」
「む、むり……」
無理だ。負けを認めるのも、このままサウナに、入り続けるのも……
頭がぐわんぐわんする……
水を、水をくれ……
◇
あれ、なんか冷たい……
「うわぁ!溺れるー!」
プカプカと水に浮いていることを認識した私は、手を動かしてばしゃばしゃした。泳げないから。
「落ち着いて!大丈夫。水風呂だから」
意地を張ってサウナに入り続けた私は、どうやら意識を失って水風呂に連行されたらしい。
「ど、どうすればいいかわかんなかったんだけど、意識戻ってよかった……水飲んで、先生」
引っ張られて、水飲み場に連れていかれる。
サウナに奪われた水分を補給すると、頭痛が収まってきた気がする。水に即効性はないはずだけどね。
危うく死にかけた。だけど、最悪なことに勝負には負けてしまった。
また意識が飛びそうだ。私は、彼女に何をされてしまうんだ。
最近の深雪さんの行動を振り返ると、胸をガン見してきたり、密着したり……問題行動だらけだ。生徒指導不可避だ。でも私は彼女に勝てない。先生兼家主で、あっちは生徒兼居候で、立場的には圧倒的に私のほうが強いのに、武力で制圧されてしまいそうで、歯向かえない。身長差はおそらく20センチ以上。おまけに深雪さんは運動神経がいい。私は50メートル走14秒。
負ける。いや負けた。負けて、きっと彼女にえっちなことを要求される。
私の貞操は女子高生によって奪われてしまうんだ。まだキスもしたことないのに……
「もう、好きにしたまえよ……」
「え?」
「えぇ?」
露天風呂の中で、深雪さんと顔を見合わせた。
「いや、勝負はなしじゃない?先生死にかけたし」
うーん、勝負なしはちょっとな。負けは負けだ。なんか、そこは譲れない。私は変なところで頑固だ。
「私の負けでしょ?」
「ううん、いいよ。今回はなし」
「だめ!ほら、命令しなよ、好きにしなさい!」
「いや、私、そんなつもり……」
深雪さんは困惑してなかなか命令してこない。
「私は納得できない。先生の無事が何よりも大事。勝負はどうでもいい。勝った時の命令は考えてあるから、また今度、もっと安全な勝負」
「考えてあるんならおしえて!私の負け!私だって納得しませんよ!」
「先生、変なところでめんどくさいよね」
「う、うるさい!命令しろー!」
「しない。でも、うるさいから新しいの考えた。マイルドなやつね」
深雪さんはどうしても今回の試合を公式戦にしたくないらしい。
だけど、まあ勝負自体をなしにはしないらしいから、よかった。
「早く言って!」
「もう、うるさいなあ。じゃあ、命令ね」
「はい、どうぞ」
深雪さんは、急にもじもじし始める。すっごく顔が赤くなる……いや、サウナに入ってたんだから当たり前か。でも、ありえないくらい照れている。まさか、そんな凄いことを要求されるのか?
私まで緊張して、唾を飲み込む。
「えっとね、私のことだけ、名前で呼んでほしい……」
「え?」
え?そんなことを言うのに照れてたの?
「これが、マイルドなやつ……」
この程度の、マイルド命令で照れたの?本戦で出てくる予定のハード命令が怖くなる。深雪さんですら言うのを憚るほどの恐ろしい命令がくるのだ。きっと。
「え、ええ……うん。いいけども」
「じゃあ、今呼んで」
「アンリ、ちゃん」
名前を呼ぶと、アンリちゃんは爆発した。
もちろん、比喩表現。だけど、爆発したと表現するほかはなかった。
新人教師ですが、訳ありな教え子を拾ってしまいました! 草壁 @Hitohitooooooooooooo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。新人教師ですが、訳ありな教え子を拾ってしまいました!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます