3時間目 女子高生がいる生活

あったかくない

「ただいまー」

「おかえり、先生」


 ただいまと言ったら、おかえりと返ってくる。


 まあ、それだけなら異常ではない。私だって大学卒業するまで実家に住んでいたわけだし、当然毎日このやり取りをしていた。むしろしない家庭のほうが少々問題があるように感じる。


 ただ、成人女性が帰宅したときに女子高生が『おかえり』と返してくれるのはすこしおかしい。


 そんな少しおかしい日常にも、数か月もすれば慣れる。


「先生、ごはん?お風呂?どっちも準備できてる」

「うわ~い。ほんとにありがたい…今日は眠いので先にお風呂行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 多少部屋が狭くなったけど、家事をやってくれる女子高生の存在は本当に助かる。あったかいお風呂とご飯が待っているなんて、贅沢だ…


 荷物を放り投げて、お風呂場へ直行する。

 服を脱ぎ捨てて、まずシャワーを浴びる。


「冷たっ!」


 心臓が止まるかと思った。少し寒くなってきたとはいえまだ夏と秋の間くらいの季節。こんなに冷たいのはおかしい。しょうがないので、手を伸ばして水滴が当たらないように工夫して、シャワーの水を浪費することにした。


「そろそろかなぁ…」


 おそるおそる手を伸ばしてシャワーから流れ出る水に触れる。


「冷た」


 だめだった。うーん、絶対おかしいな。シャワーはあきらめて、湯船のお湯を使って体を洗うことにした。


 湯船に手を入れると、ぬるい。いやほとんど冷たい。深雪さん、もしかしてこのお風呂入ったの?普通に水風呂じゃんこれ…


 シャワーもダメ、お風呂もダメ…一旦深雪さんを呼んでみようと思う。彼女を呼べばなんとなく大体解決する気がする。


 タオルを巻いて、お風呂場を出る。

「深雪さーん、お風呂冷たくない?」


 エプロンを着けて、キッチンに立って味噌汁の味見をしていた深雪さんが目をまんまるくして私を見る。そして、みるみるうちに深雪さんの顔が赤くなっていく。


「どうしたの先生、誘ってるの?」

「え…?」


 彼女のおかしな…いつもおかしいけどいつも以上に脈絡のない返答に違和感を覚えて自分の姿を見る。


 やけに体が軽いと思ったら、体に巻いてきたはずのバスタオルが床に落ちていた。



「ひゃわっ!」

 びっくりして腰を抜かし、その場に尻もちをついてしまった。そのまま床に落ちたタオルを引っ張って体を隠す。


 恥ずかしすぎる…


「先生、大丈夫?」

「だいじょばないかもです…」


 深雪さんに手伝ってもらって立ち上がる。


「で、どうしたの?先生」

「あの、えっと、お風呂がめっちゃ冷たい…」

「え?本当?おかしいな、自動切ってないよね」

「うん。ついてたけど冷たかった。シャワーも」


 深雪さんは眉間に皺を寄せて首を傾げる。心当たりはないみたいだ。


「うーん、でもどうしようもないしな…」


 仕方ない。お風呂に入らないわけにはいかないので、水風呂で我慢するしかないか。


 いやいや、それは辛い…あ、温泉がある!


「深雪さん、温泉行こう!」

 超険しい顔をしていた深雪さんの顔がほぐれていく。


「近くにあるの?」

「うん!歩いて十分くらい」



 脱ぎ捨てた服をもう一度着て、着替えとタオルをバックに入れて家を出る。


温泉なんて久しぶりだ。ここに引っ越してきたときに行ったきりだから、半年ぶりくらいだ。


平日の夜だけど、結構ガラガラ。脱衣所には誰もいない。私と深雪さんだけ。



服を脱ぐと、なぜか視線を感じる。人の視線って結構わかるものなんだな。


いまは私と深雪さんしかこの部屋にいない。ということは、深雪さんが私をガン見している。


「ちょっと!なんでめっちゃ見てくるの!?」


横を向くと、すぐそばに深雪さんがいた。びくっとして目を逸らされる。


「いや、みてないよ」


絶対見てたけど、まあいっか。別に減る物でもないし。女同士なんだから、そんなに悪いことをしているわけでもないし。脱いだ服を全部ロッカーに押し込んで、ガラスの扉を開ける。


「わぁ~、誰もいない!」

「貸し切りだね」


いますぐ大きなお風呂にダイブしたかったけど、まずは身体を洗う。

シャワーは全部空いているのに、なぜか深雪さんは隣に来る。


ま、いいか。


……。


体を洗ってお風呂に入る。


ふぅ〜。広いお風呂、最高だ。


深雪さんは何故か近いけど。


ま、いいか。


………。


いや、よくない!

明らかに近すぎる!

先生と生徒という関係性に許された距離感じゃない。


「ちょ、近すぎ……」


注意しようとしたら、彼女はもっと近づいてきた。普通に肌と肌があたり、言葉を奪われる。


そして、めっちゃ胸に視線を感じる。


「先生、背低いのに胸大きい……」

「な、な、な、なに見てるんですか!!」


身の危険を感じて、深雪さんから一気に離れる。


「いや、私胸小さいし、ちょっと羨ましい」

「い、ひぃ、そ、そんなに見ないでよ……」

「いいじゃん。減るもんじゃないし。見せてください。先生」

「いやです!変態!セクハラ!抗議します!」


 深雪さんはおかしい。ある意味で月代さんより危ない。


「先生のケチ」


深雪さんがなんか言ってる。ケチでもなんでも、教え子に体をじろじろ見られるには嫌すぎる!


「……ロリ巨乳」

「なんだと!」


 ボソッと言ったのを聞き漏らさなかった。好きでそうなっているわけじゃないのだ。本人にとってはコンプレックスかもしれないんだぞ!


「もう怒った!わたしはサウナに行きます!お子ちゃまはお風呂でゆっくりしててください!」


ここのサウナは100℃近いらしい。慣れている私なら余裕ですけどね!弱っちい深雪さんには無理でしょうね!


「私もいく」

「どうせすぐギブですよ」

「じゃ、勝負しよ」

「別にいいですけど?ヘロヘロにならないでくださいね?」


二人でサウナに入る。空いてるのにやっぱり近い。でもこの際どうでもいい。


「負けた方が勝った方の言うこと聞くってルールね」


 なぜか勝手にルールを決められる。この状況で深雪さんの好きにされてしまったら色々とヤバい気がする。絶対負けられない。でも大丈夫。私はサウナーだ。大学生の頃は毎週サウナに通っていた。


「ふふん、いいですよ。受けてたちましょう。キツくなったら早めに諦めることです」


「先生口調おかしい。フリーザ様みたいになってる」

「うるさい!サウナでは静かに!でも本当に体調悪くなったらすぐ出てね!無理しないで!」

「先生優しい」

「ぐぬ」



無駄に体温を上げて不利にする作戦か。生徒にそう言うこと言われると普通に嬉しい。


でもこの勝負、絶対勝つ。

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