第3話

「あ……」


 淡々と陛下に言われ、気がついた。

 確かに下位貴族の令嬢しか居なかったし、二人きりどころか手をつないだ事もないのでは?

 肩を抱こうとしても、上手にかわされていた気がする。

 更に純潔についても説かれた。


「そんな!相手は私です!私しかいません!」

「純潔を失った後に誰とも情を交わしていないとは言い切れない。王族に連なった後ならば、王城で厳重な警備があるから、他の男と交わる事は出来ないがな」

「純潔を失った令嬢の末路をご存知ですか!?」

「自業自得だろう。更に言うならば、公衆の面前でそれを公言したのは他でもないお前だ」


 隣に居るパティはどんどん青ざめていく。

 そうなるとパティは俺と婚約する事すらも無理だし、他の貴族も純潔を重んじているため、誰かと結婚する事もできない。

 修道院しか道はない。それを拒むのであれば軟禁だ。


「そんな……」


 パティのそんな呟きを、今度は陛下も咎めたりしなかった。

 呆然自失状態のパティに対して、興味がないようで、視線すら交わさない。


「そんな貴族社会の常識を学ばなかったのは貴方たちです」


 そして、俺は貴族社会の常識を学び終わるまで部屋から出る事を禁じられた。

 パティは修道院と言われていたが、どうやら暴れて周囲に怪我をさせてまで拒み続けているらしという事は聞いたものの、その後どうなったのかは知らない。

 ただ俺はひたすら本に向かい、間違うと問答無用に鞭で打たれていた。


 ◇


 三ヶ月後――


「クソ!レティはどこだ!」


 机に拳を叩きつける。

 焦りからの興奮が痛覚より勝る。鈍い痛みしか感じない。

 あれから色んな事を学び、周囲の令嬢を従える事もでき、教養もあるレティが一番自分の婚約者にふさわしいと理解した。

 それに、あの婚約破棄事件から、周囲の視線が痛いのは相変わらずだ。

 誰も彼もが自分を避ける。

 そして気がついたのだ、今の自分の立ち位置に。ただのお飾りどころか、すでに物置程度の存在でしかない事に。


「レティ……なんとしても会わなければ……」


 自分の名誉を回復するためにも、レティに会う事以外の解決方法を見つけられないアーサー殿下は、必死にレティを探し続けている――。


 ◇


「ただいま~!すごい大量ですわ!」

「言葉」

「あら、いけない」


 レティは数ヶ月ぶりに買い付けから戻ってきた。側に少し年上でしっかりした体躯の男性を連れて。


「お嬢様!これ素晴らしいですね!」

「もうお嬢様じゃないわよ~!」

「でも名前捨ててませんよね?」

「これ国2つ向こうで有名な布じゃないですか~!」


 店番を頼んでいる女性が色んな商品を手に取って机の上に並べていく。これから仕入金額を考慮して売価を付けていくのだろう。それにしても結構色んな物を知っているのか、手に取りながら興奮して叫んでいる。

 そして経理を任せている男性が帳簿片手に机の上に出された商品をより分けている。種類別かと思いきや、更にだいたいの値段別にもしているようだ。

 確かに私は侯爵家の名前を捨ててはいないけれど……。


「希少な宝石……の偽物?でも平民向けに良いですね!」

「そういえば、ラグローズ侯が戻ってきたら会いに来てほしいと週1回の頻度で手紙を送ってきてますよ」

「あ!これ有名な島国で取れる珊瑚と言われるものじゃないですか!?」


 経理の男性がそんな事を伝えてくる……。

 事務仕事までしてくれてるんだけど、お父様が余計な仕事を増やしているようで心苦しい……。

 そして買い付けた商品を小躍りしそうな程に喜んでいるのを見ると、こちらの気持ちもだいぶ嬉しく感じる。

 最悪で売れない商品なんて買い付けていたら旅費の無駄!仕入の無駄!

 とりあえず久しぶりにお父様の顔を見て、無事に戻ってきた旨の報告へ行こうと思った。

 あれから数ヶ月も立っているのだ。殿下やパティも大人しくなっているとは思いたい。


「分かった!今から突撃してみるね。テオ、ついてきて?」

「当たり前だろ」


 そう言ってテオと呼ばれた青年はレティの肩に手を回し引き寄せ、扉へ向かうのを見た従業員二人は、驚きに目を見開き口を開ける。

 二人は仕事の都合上、普段全く来られないレティをラグローズ侯爵令嬢だという事は知っていて、それでも平民同士の上司部下といった付き合いをしていたのだ。

 そう、例え婚約破棄騒動があり、めんどくさいからと国外に買い付けを理由に出ていたとしても、れっきとした侯爵令嬢なのである。

 二人が出て行った扉を見ながら、どちらからともなく呟いた。


「……テオって方……何者ですかね?」

「……婚約者が出来たとは……聞いていませんよね……」


 これからラグローズ侯爵家で顔を合わせると考え、二人は祈った。

 店がなくなりませんよう、路頭に迷いませんよう、穏便に済みますよう、と。





「レティ!よく無事に戻った!」

「只今戻りましたわ、お父様」

「あぁ!レティ!顔をよく見せて頂戴!」


 実家を訪ねたら、そのまますんなりとサロンへ通されて、現在両親と対面しております。

 お父様とお母様は、少しやつれた感じがしますが、それより私の体調を気遣い、傷等がないか問いながらお母様が私を抱きしめています。


「あれから大丈夫でしたか?」

「あぁ……もう爵位を返上しようかとな……雇ってくれないか?」

「あら?ご説明が先ですよ?」


 お父様を雇う事は別に良いのですが、これからどんどん伸ばして行きたい途中なので、まだそこまでお店も大きいわけではない。

 とりあえず説明を先に求めたところ、殿下と妹は自分達がしでかした事を理解したようだが、妹は修道院へ行くのを拒んで暴れまくっていた為に軟禁どころか監禁に近い状態で別棟の一室に閉じ込めているそうで、大人しくなったら即修道院へ送るそうです。

 どっちにしろこの公爵家を継ぐ人もおらず、養子の声かけも一応しているそうですが、案の定なかなか見つからないそうで。


「レティの婿も探してるんだけどね……」

「余計な事ですわ。私には恋人が居ますのに」

「はぁあ!?」

「紹介します。買い付け先の国で知り合ったテオですわ」

「初めまして」

「あら?なかなか格好良い青年じゃないの。殿下避けになるわ」


 そう言ってテオを両親に紹介する。

 お父様は驚きの表情をした後、真っ青な顔になり、お母様はテオの容姿が気に入ったようです。


「殿下避け?」


 思わず聞き返す不穏な言葉に思いっきり顔を歪めてしまう。

 この数ヶ月の平民生活で、どうやら表情筋は以前より豊かになったようです。

 実は……と続けたお父様の言葉では、殿下はかろうじて王族という立場に居るものの、廃嫡もやむなしという状態らしく。第二継承権を持つ者の教育を見てから……という側面もあり、その方が優秀ならばすぐ放り出されるでしょうと。

 そんな状態に危機を抱いた殿下は私と再度婚約を!と思っているようで探し回っているそうで……。


「テオ!また買い付けに行きましょう!」

「そうだな。この国はレティにとって不穏すぎる」

「ではお父様。多すぎる手紙は止めてくださいね」

「まてまてまて!」


 手紙の事もついでに伝え出ていこうとした私達に静止の声がかかる。


「こちらが一方的に手紙を出せるだけで手紙が無事届いているかも安否確認も出来ないのは不安だ!」

「確かに一理あります……?」

「海を渡った遠い大陸に遠く離れた相手とやり取りが出来るという商品があるらしいぞ」


 テオが思い出したかのように言う。

 それだ!金額次第ではそれを貴族向け販売に使えるかもしれない!

 ついでに自国が危険なので行商人のような事もしましょうか。


「ではお父様!数年かかるかもしれませんが大人しく待っていてくださいね!」

「レティ~~~~~……」


 背後でお父様の泣き声が聞こえるけれど、それすら無視してテオと腕を組んで邸を出て行く。

 旅、楽しいんですよ?

 せっかくしがらみからも開放され、一緒に居て楽しいと思える人にも出会えて、今、私は充実しているんです。

 早く戻ってきて、レティのご両親を隠居させてあげたいね、と優しく呟くテオの優しさに、幸せを感じます。

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【完結】浮気性王子は婚約破棄をし馬鹿な妹を選ぶ かずき りり @kuruhari

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