第2話

「はぁ…………」


 執務室にため息が響く。


「どうして止めなかった?」

「止められるとお思いで?」


 お父様と二人、ソファに向かい合い座りながら頭を抱える。

 お母様は発狂し寝込んでしまった。

 そして元凶である妹はどうやら外泊らしい。事の重大さを理解していないのだろう二人を止めるなど難しい。理解していないのだから。

 そして王家は臣下から報告を聞き、全て知っているだろう。頭が痛い。


「私が居ると更に面倒な事になりそうですので国外へ出ます」


 どれだけの時間、無言で考えこんでいたのだろう。

 導き出した答えの1つをお父様に提示すると、お父様も顔を上げ頷いた。


「……あれ……か?」

「あれですね」


 お父様が心配そうな顔をするが、他に方法もないだろう。

 これからきっと王家を巻き込んで婚約破棄騒動が起こる。

 更に妹はすでに純潔でないし、殿下と関係も結んでいるときたら、その波紋は計り知れない。

 側近は止めなかったのかとも思うが、殿下は昔から女癖が悪かったし、そもそも側近の言う事を聞くような人ならば私への対応も少しは変わっていただろう。


「侯爵家も腹をくくる時がきたか……」


 お父様が呟いた言葉は、私の耳にかろうじて届くも、夜の闇に掻き消えた。

 私は婚約破棄をされた傷物令嬢。

 妹は公の場で純潔ではないと宣言した完全なる傷物令嬢。

 しかも王族との三角関係に見えるような姉妹であり、誰かを養子に取る事も難しくなるだろう。

 先を読めば読むほど、殿下と妹がヒステリックに叫んで暴れる予感しかないし、それを止める事は……出来ていたら、今こんな事にもなっていないだろう。


「では、明日にでも出発させていただきます」

「まて」


 出発の準備に早く取り掛かろうとソファから立ち上がったところにお父様から声がかかる。

 お父様は金庫から大きな袋を取り出すと、机の上に置いた。


「投資金だ。しっかりした護衛も雇い、いい商品を買い付けて来い」

「お父様、ありがとうございます」


 お金を受け取り、旅仕度を始める。

 実は私、貴族の決まりごとや責任が窮屈で、ずっと平民になりたいと思っていた。

 そして商人という仕事をしてみたくて、小さいながらも店を持っていたりしたのだ。

 一人で市井に出ても大丈夫なように。

 それも殿下の婚約者になった時点で諦めつつも、趣味の一貫として店を続けていたのだけれど、まさかこんな所で役に立つとは。

 前々から国外へ自分で買い付けに行きたかった私は、これ幸いと身を隠す為に市井へ下るという事を、お父様にはすぐ理解できたようだ。

 お店の事はお父様とお母様、筆頭執事しか知らない。

 仮にも侯爵令嬢がそんな事をしていては……という醜聞を隠す為でもあったのだが、今に至っては妹にすら隠していたのは良かったのかもしれない。


 そして私は翌日、国外へ向けて買い付けという旅に出発したのだった――。


 ◇


「なんだ……一体なんなんだ……」


 レティが学園へ来なくなって三日。それはどうでも良い。煩い奴の顔を見る事もないというだけで、別に普段と変わる事はないからだ。

 しかし、周囲が変わってしまっている事に戸惑いを隠せない。

 今までは周りに色んな女がすぐ近寄ってきていたのに、今は一人も居ない。

 いや、一人も居ないは語弊か。パティだけしか居ない。

 確かにパティと婚約するとは言ったが、皆レティと婚約している時でも近くに居たではないか。


「殿下~!」


 パティが駆け寄ってきて、俺に抱きついてくる。

 こういう所が可愛く、嬉しいと思えてしまう。


「殿下~……お友達が私を無視するようになってしまったの……嫉妬かしら?」

「なんだと?」


 嫉妬?

 レティには何もしてこなかった令嬢達がパティの事は無視するとは、どういう事だ?

 レティに婚約破棄を告げ、パティと婚約すると大勢の前で宣言した翌日、レティは屋敷から消えたとパティから聞いた。

 更には学園に行くと周囲に人が寄ってこなくなった。

 遠巻きに見られる事はあるが、こちらが声をかける前に気がつかなかったかのように去られるのだ。


「殿下……さみしいです……」


 潤んだ瞳で上目遣いに見てくるパティに、喉が鳴る。

 そのまま慰めるという意味で、王族専用のサロンに入り人払いをした。

 自身の側近すら今は一人も側におらず、護衛も三人から一人に減っている事にロラン殿下は気がついていないのだろう。

 女の数だけしか数えていない。

 そして、人払いをしたサロンの前から、残っていた最後の一人である護衛も、深いため息を付きながら去っていった……。

 国王陛下の元へ報告と共に仕事を辞する覚悟で。


 ◇


「久しいな、ロラン」

「陛下、ご機嫌麗しゅう」


 レティが去って一週間。

 陛下である父上に謁見する事がやっと可能となった。父上の隣には勿論母上も王妃として座っている。

 新たな婚約者であるパティを紹介するのだ。

 親子と言えど、立場の問題から気軽に顔を合わせる事すら出来ない。


「で?隣におる令嬢は?」

「はい!私の新たな婚約者のパトリシア=ラグローズです」

「初めまして、陛……」

「発言を認めておらんぞ」


 両陛下の冷たい視線に気が付く事なく、嬉しそうに答えたロランだが、その声色が怒っている時と似ている事に気が付くと、顔を真っ青にした。

 パティが発言を許されていないのに挨拶した事だと思い、慌てて頭を下げる。


「申し訳ございません、陛下!パトリシア嬢は……」

「お前は王族である事が気に入らんようだな」

「へ?」


 謝罪しようとした所へ、思わぬ父上の言葉がかけられる。

 王族である事が気に入らない?そんな訳がない。

 意味がわからないという気持ちが表情に出ていたのだろうか、陛下が更に言葉を紡いだ。


「お前は本当に阿呆なのだな」

「どういう事ですか?」

「お前は貴族の結婚を何と心得ている」

「同じラグローズ家なのですから、どちらでも同じでしょう」

「お前はっ!」


 拳を握りこむ国王陛下、その隣で頭を抱える王妃陛下。

 すでに国王陛下は怒鳴りつける事すら諦めたようで、淡々と言われた。

 年長者から結婚する事。王族に入ると言う事は教養がそれなりに必要な事。それがパティにはないこと。

 そして政略と言えど相手を尊重する事。

 女遊びをしていても、レティが窘めてくれて居たから出来ていただけで、下位貴族のご機嫌伺いしかなかった事。

 誰もアーサー殿下と二人っきりになった事がない事。

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