短編ホラー

@yhhiz

式典

僕が通う小学校への通学路には、教会がある。と言っても、それが教会という建物であることを知ったのは最近のことだ。四年生になってから、私たちの町、という授業が新しく始まり、その中で先生が教会について説明してくれて、その時に、教会という建物について学んだ。

 「皆さんは、この町の好きなところ、いいところ、どんなことでもいいので、皆さんの住んでいる町について教えてください。例えば、春になるときれいな桜が咲くところ、とかですね。」

 先生がそう言ったので、僕は好きなところとは違うかな、と思ったけど、入り口に十字架のある建物がこの町にあります、あれはどんな建物なんですか?と質問してみた。

 先生は僕の質問を聞くと少しうなづき、黒板に十字架の絵を描いた。

 「十字架を知らない人もいるかもしれませんね。これが十字架です。そして、教会はお祈りをする場所です。先生も行ったことがあるわけではないので、これ以上の説明は省きますが、興味がわいた方は、親御さんに教会について聞いてみるのもいいかもしれませんね」

 お祈りとは、具体的に何をお祈りしているんですか?と聞いてみたかったけど、教会の話はそこで終わってしまったので、質問することはできなかった。


 歩道沿いに植え込みがあり、その植え込みをつなぐ門がある。門の大きさは大人がギリギリかがまないで入れるぐらいだと思う。門と言っても常に開かれていて、奥には小さな白い教会が見える。門からはあまり離れていないように感じる。教会の三角屋根の上の方に十字架がつけられている。決してボロボロになっているわけではないが、そのたたずまいから随分と昔に建てられた建物なんだろうなと思った。小さな入り口と、小さな教会、そして十字架。少し異質なその空間は、好奇心旺盛な僕の興味を惹くには十分すぎた。

 

 ある晩、なんとなくお母さんに町にある教会について聞いてみた。授業で出てきたんだけど、あの建物って教会というんだね、と。

 お母さんは、あの教会の中に入ってはだめよ、と言った。

 「お母さんも詳しくは知らないんだけどね、あの中にいる人たちは少しおかしいらしいのよ。教会はお祈りをする場所だって、聞いた?まあ、お祈りをするだけじゃなくて、歌を歌ったり、読書をしたりと教会によってもいろいろあるらしいんだけど。あの中では、そういう教会っぽいことは一切行われていないらしいの。直接行った人に話を聞いたわけじゃなくて、うわさで聞いただけだから、これ以上のことは分からないんだけどね。とにかくあの教会は普通の教会とは違うから、あそこの中に入ってはだめよ。」

 僕は、別に入りたいわけじゃないよ、と言った。お母さんはまあそうよね、と言って、話はそこで終わった。


 お母さんの説明ははっきりとしなかった。僕はもう少し教会についてちゃんとしたことが知りたいと思った。とはいえ、あんなことを言われた後で直接入ってどんなことをしているか確かめるわけにもいかないし、第一僕にそんな度胸は無かった。ただ、通学路にあるので、否が応でもその存在は強く僕の頭の中に残り続けていた。


 思えば教会に出入りする人を見かけたことは一度もなかった。特にそれを気に留めたこともなかった。だから、教会の前に人が並んでいるのを見つけた時に、新鮮な驚きがあった。この教会を、利用している人たちがいるのか、と思い、少しうれしく感じた。どうやら必要以上に刺激された僕の好奇心は、お母さんの忠告とは裏腹に、教会にある種好意のようなものを抱かせてしまっているのかもな、と思った。

 

 立ち止まったのは二、三秒ほどだったと思う。にもかかわらず、僕は後ろから来た男にこう声をかけられた。

 「君、参加者かい?」

 男は大人の中でも長身な方で、黒いコートに身を包み、すらっとした黒いズボンを履いていた。コートが少し開けた胸元からはハイネックのワインカラーのインナーが見え、お洒落など何もわからない僕でも、かっこいいなと感じた。突然のことに戸惑い、僕が何も言えずにいると、男は少しだけ微笑み、

 「申し訳ない。怖がらせる気はなかったんだけどな。何、少しでも興味があるなら実際に参加してみるといい。式典にはだれでも参加できるからね。」

 もちろん帰るのも自由だ、と言い、男は少しかがんで門をくぐった。僕は少し悩んだ。興味があるのは事実である。先ほどの男には、お母さんが言っていたようなおかしさは感じられず、むしろ礼儀正しいいい人、といった印象を受けた。男は今日は誰でも参加できる式典と言った。もしかしたら、今日は珍しいイベントがあって、これを逃したらもう教会は開かないのかもしれない。それに、さっきの男の人がいるなら、安心感がある。教会の中に入るには、絶好の機会かもしれない。僕はもう、今日入った方がいい理由を探していた。僕は、それ以上は深く考えずに、門をくぐり敷地内に足を踏み入れた。


 教会はまだ開いていないようで、何人かが教会の扉の前に並んでいた。僕も同じように並んでいると、若いお姉さんに声をかけられた。とても綺麗なお姉さんだったが、服の配色が少し不自然だなと感じた。それは黄色い服に黄色いスカートというような明言できる不自然さではなく、髪色、服のボタンの色、靴の色、などといった一つ一つのパーツの調和がとれていないような、気持ち悪い違和感だった。

 「君、ずいぶん若いね。何歳?」

 僕が小学四年生ですと答えると、そうなの、楽しみね、と言った。僕がよくわからない、といった顔をしていると、それに気づいたお姉さんは優しく微笑んだ。

 「もしかして、初めて?大丈夫、式典はとってもいいことよ。」

 いったい何の式典なんですか?と、僕はさっきから気になっていた疑問を投げかけてみた。お姉さんは不思議そうな顔をして、

 「式典は、式典よ。」

 と言った。

 「教会に入ったら、きっとわかるわ。すぐよ。」

 

 ほどなくして、扉が開いた。そうすると、当然内部が見えるわけだが、ここではお姉さんの服装から感じたそれに似た、だがそれよりも強烈な違和感があった。黒すぎるのだ。外観が白いので何となく内部も白いのだろうと思っていた僕は、驚いた。全体が真っ黒であれば、作りこまれていないお化け屋敷のようなチープさがあるだろうが、例えばカーペットは青いし、壁やいすも全てが真っ黒というわけではなく、黒にも濃淡があった。はっきりとした違和感を持って、黒い。かなり異常だった。帰ろうか、逃げようかとも思った。しかし、僕の並んでいた列はどんどん進んでいった。僕もその流れに従い、教会に足を踏み入れざるを得なかった。





 足を踏み入れて、気付いた。



 違和感の正体。



 そして、式典の意味。



 何をしているかは問題ではなく、問題であったのは何が起こっているかだった。



 この人たちは、おそらくずっとこの世界にいる。僕は強く後悔した。















 教会に足を踏み入れた瞬間、世界にあるすべての色が反転した。



 「もう戻れないよ。」

 先ほどのお洒落なおじさんは、白で塗りつぶしたようなコートを羽織っていた。肌は真っ青で白目が黒く、黒目が白くなっていた。とても直視できなかった。しかし、笑っていたと思う。

 「これはね、特注品なんだ。よくできていただろう?」

 教会を飛び出した。黄緑色の植え込みは濃い青に変わり、土の色は水色と薄い緑の中間のような色に変わっていた。空は赤く、雲は黒かった。吐き気がした。振り返ると、教会の内部だけが不自然に自然な白だった。


 「僕たちは君を歓迎するよ。何、大丈夫、こちらが正しい世界だ。」

 

 教会を出ていく人たちは、みな両手で目を覆い隠していた。涙が手からあふれていた。その光景も異常だったが、色が変わった人間たちの姿がよっぽど不気味だった。帰るのが悲しいのか、教会内部のまともな色を見れたのが嬉しかったのか、僕にはわからなかった。


 僕も泣いていた。歪んだ世界を、涙のせいにしてしまいたかった。

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