学校の怖い話『開かずの教室』

寝る犬

開かずの教室

 うちの小学校は開校百何年っていう古い学校なんだけど、俺たちの代まで「開かずの教室」っていう怖い話があった。


 戦前に建てられた木造の旧校舎があってさ、大きな桜の木といっしょに、鉄筋の新校舎のとなりにあったんだ。

 怖い話ってのは、空襲でも焼け残ったその校舎のとある教室に、幽霊が出るっていうよくある話だ。


 授業中に二階の廊下を歩いていると、普段は見つからない焼け焦げた扉の教室が見つかる。

 近づくと「開けて」「助けて」という子供の声が聞こえるのだとか。

 これは終戦直前のころ、授業中に空襲が始まり、防空壕へ逃げようとした生徒たちの声。

 最初の爆発で建物がゆがみ、開かなくなった教室の中、廊下に回った炎でじわじわと蒸し焼きにされ死んでいった、十三人の生徒たちの声だという。


 俺たちが6年生になったある日、急になんかの職員会議が始まり、自習になったことがあった。

 全クラス先生がいない無法地帯。

 当然俺たちも大いに盛り上がった。

 そこで普段なら確かめることのできない「開かずの教室」を探しに行こうという話になり、俺のクラスの生徒男女合わせて十人くらいが連れだって旧校舎へ向かった。

 老朽化の激しい旧校舎は、翌年に取り壊されることが決まっていて静まり返っている。

 渡り廊下を超えて木の廊下を踏むと「ギシィ……」とすごい音がしてみんなでビビった。

 それでも怖がることが目的の俺たちは逆にめちゃくちゃ盛り上がる。

 そのまま立ち入り禁止のロープをくぐって階段を上り、例の扉があるはずの二階へ向かった。

 今の今まで盛り上がっていたはずの仲間が少しずつ無口になっていき、階段を上りきるころには、みんな口を閉じている。

 きしむ階段の音だけが旧校舎に響き、誰かの唾をのむ音が嫌に大きく聞こえた。


「……なんか聞こえね?」


 誰かがそんな一言を言ったのがスイッチだった。

 何人かが「向こう側の端に黒っぽいドアが見える」と言い始め、ほかにも「助けて」「開けて」っていう声が聞こえると言うものや、廊下に黒焦げの子供が立ってると言うものまで現れた。

 何人かの女子は泣きはじめ、みんなじりじりと階段を降り始める。

 だけど俺は、廊下の奥に知らない女の先生を見つけ、その人が優しい笑顔で手招きしているのと目が合った。


 今考えてみれば、立ち入り禁止の旧校舎に先生がいるわけがない。


 いるわけはないんだけど、その時の俺は、まったく怖い感じもせず、ただ手招きに応じて二階の廊下に踏み出した。

 フラフラと歩き始めた俺に気づいて、仲間たちが「バカ! どこ行くんだよ!」「ヤバいって! 帰ろう!」などと止めるのも聞かず、俺は廊下の一番奥まで進む。

 その女の先生は、腰をかがめ俺の肩に優しく手を置くと、笑顔を俺の目線に合わせた。

 ゆっくりと視線を外し、もう一方の手で黒くすすけたドアを指さす。

 俺は「あぁ、開けてほしいんだな」と理解し、何の躊躇もなく、ドアに手をかけて引き戸を開けた。


 開いたドアの向こうに、赤く染まった古い教室が見える。

 夕焼けかと思ったが、テープの張られた窓の外が一面の焼け野原であることに気づいた。

 教室から熱風と同時に防空頭巾をかぶったたくさんの子供たちが走り出す。

 周りで何度も繰り返される「ありがとう」という声を聞きながら、俺は気を失った。


 気が付くと保健室のベッドで、周りは大騒ぎだった。

 教室を抜け出したのがバレ、パニックになった女子や俺の親も呼び出された。

 親父にこっぴどく叱られたのを覚えている。


 実際に俺たちが経験した怖い話ってのはこんな程度だ。

 ……ただ、この話には続きがあってさ。


 俺の子供も同じ小学校に入学したんだが、そこには新しい怖い話が出来上がってた。

 旧校舎は取り壊されて今はもうない。

 だけど、授業中に校舎の外を覗くと、桜の木の下に防空頭巾をかぶった十三人の生徒が並んでて、優しそうな女の先生が授業をしている姿が見えるんだってさ。


――了

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