2章『脊髄』

2『脊髄』-1 魔壊都市観光ツアー

 ……なんだかすっごく変な夢を見てた気がする。

 よく思い出せないけど……変な夢としか形容できない、そんな夢だった気がする。


 夢は所詮夢でしかないから、どうだっていいことだけどさ。


「……おはよ」


「おはようもなにも、もう昼じゃぞ」


「いいの。アタシが起きた時間が基準だから。それにおはようってのは起き抜けの挨拶の定型文みたいなので本心から早いねって思って言ってるヤツなんてほぼほぼいないんだからいいの」


 石畳の上で眠っていたはずのアタシはどういう訳だか、なんだか高級そうな天蓋付きのベッドに寝かされてた。

 すっごく豪華なベッド。絵本とか童話のお姫様が寝てるような、可愛らしくって綺麗で豪勢なベッド。部屋もそれに合わせてすごく……こう、なんか、すっごい。


 多分……ていうか、ほぼ確実に目の前のコイツ、ガルザが運んでくれたってことよねこれ。

 野宿とかにも慣れてるし石畳の上で寝るくらいアタシ的には全然平気だったんだけど……でも、ふーん。

 案外優しいトコあるのね、悪魔神のくせに。それも『勇者』に対して。


 それともアレかしら。彼、殺されたがってるから殺してくれるアタシを気遣って、っていう実利的なだけの話だったりする?

 どっちでもいいけど、ホントにどっちでもいいんだけど、少しだけ理由なんてない方が嬉しいな、なんて思ったりした。


 ……ところで、なんだけど。


「ねぇガルザ。アナタのその姿、ツッコんだ方が良いのかしら? それってツッコみ待ちのボケよね? 寝起きに対してあんまりにも過激じゃないかしら?」


「ボケではないが、うむ。貴様の反応を楽しみにしていたことは事実じゃ」


 そういう彼の胸元にはなぜか、アタシの持っていた剣が突き刺さっていた。


 なんでよ。

 色々となんでよ。


 混乱どころか思考放棄したくなるアタシだったけどそこは我慢。相手は悪魔神、何が起きてもおかしくない相手。現状を確認してあるがまま受け入れるのが最善手よ。


「まず、なんで生きてるのよ」


「儂が悪魔神じゃからじゃ。儂は自殺出来んと前言ったじゃろ?」


 ……え、自殺?

 なんで自殺? え、コイツ自殺しようとしたの? なんで?


「いや、話は意外と単純での。どうも『右目』のヤツ、儂に取り込まれるのが相当嫌だったらしくてな。貴様が眠っている間に儂を殺そうとしてきたのじゃよ」


「……あぁ、それで」


 『右目』ことセキアさん。そんなことしたんだ。

 それに関しては納得も理解も出来る。取り込まれる、ってのがどういう感覚なのかは分からないけど、それってもしかしたら『脳』であるガルザと完全に一体化しちゃうってコトだもんね。自意識の消滅――実質的な死と変わらない、んだと思う。そりゃ嫌がるわ。


 それで殺そうとした、と。


「じゃが、儂も『右目』もインジェリィじゃろ。悪魔神は自殺が出来ん。つまり自傷では死ねないのじゃ」


 "傷は負う上に痛みもあるがの"


 そう言って、笑いながらガルザは胸からアタシの剣を引き抜いた。剣によって塞がっていた傷から盛大に血飛沫が上がる。


 ……今、部屋の外からすごい絶叫が聞こえたんだけど。


「――今の、セキアさんの声よね?」


「そうじゃな。『右目』に刺されるまで儂自身知らなかったことじゃが、どうも儂がその他の『部位』の儂に傷つけられると、痛みと傷がその『部位』にも共有されるらしいのじゃよ。面白いじゃろ?」


 痛々しい、を超えて致命傷にしか見えない胸の傷を撫でながらガルザはガハハと笑う。すっごく楽しそう。生粋のサディストね、コイツ……。


「アナタ自身は、その、痛くないの? その胸の傷……」


「ん? 無論痛いぞ? じゃが、儂は何度も歴代の勇者に殺されてきた身じゃからな。今はその記憶のほとんどを思い出せんが、この程度の痛みには慣れておるわ。逆に他の儂は生まれて精々10年も経たぬ若輩じゃし、それに悪魔は強靭じゃ。これほどの痛みを味わうのは『右目』にとっては初めてじゃろう」


 "自業自得じゃがな、ガハハ"


 ……こういう態度を取られると、やっぱり人間とは別の存在なんだなぁって改めて思い知る。価値観が違う、なんて程度じゃない存在の差を肌身で感じるわね。


「それじゃあ、早速行くとするか」


「行く? どこによ。もう次の部位を探しに行くの?」


 早くない?

 や、アタシ的にはいいんだけどさ。眠ったおかげかある程度体力は回復してるし、さっさとコイツに全盛期になってもらった方が都合いいし。

 なにせ人間のアタシの寿命は短い、その上老化ってのがあるからアタシ自身の全盛期はもっと短い。そういう意味でもホント都合いいんだけど……アナタ、『自分探し』のモチベーションそんな高くなかったわよね?


 そんなアタシの内心の疑問符を見抜いたのかどうかは知らないけど、ガルザは首を横に振った。


「儂を探すのは後回しじゃ。貴様は仮にも『勇者』じゃろう? 悪魔が支配していた都市、その親玉を倒したのじゃ。やることがあるじゃろうに」


 あ。

 そういえばそうだった。


 ここ、魔壊都市グロリアス・アイはセキアさんが支配してた地獄みたいな都市だったんだっけ。

 それで、アタシは彼女を降伏……屈服? させて都市を解放した形になる……のよね? なんで彼女が降伏したのかはよく分からないのだけれど……。


「都市を解放した英雄にはそれ相応の報酬が必要じゃろ? この都市は今から貴様のものじゃ、勇者ミサ」


「え、いらない……」


「なんと」


 や、普通にいらない……。

 都市とか、国とか、それより小規模の村とか集落ですらいらない。

 アタシに統治とか無理だし、象徴として掲げられるのもゴメンだし、自由とか全然なくなりそうだし、維持管理とか諸々めんどくさいし……。


「……じゃが、今の儂には貴様に渡せるものなど他に無いぞ。儂は悪魔であるが同時に神であるからな。功績には報酬を与えねば気が済まん質なのじゃが……」


「普通に都市の人を解放すればいいじゃない。この都市から悪魔が撤退すればそれでいい、みたいな?」


「……良いのか?」


「? なにがよ。良いに決まってるじゃない。ここって元々は人間の住んでた都市なんだから、悪魔がいなくなったらそれで解決でしょ」


 あ、コイツアタシに呆れたため息吐いた。なんかムカつく。どついてやろうかしら。


「……そうじゃな。この都市の実情を見るまで理解出来んじゃろう。儂が人間だけの都市を知らぬように、貴様も悪魔が支配する都市というのを知らぬのじゃ」


「どういうことよ、それ」


「とりあえず付いて来い、ミサ。この都市がどのようにして維持されているのか現実を見せてやろう」


 胸の傷痕をひと撫でで癒しつつ、ベッド脇に座っていた彼は立ち上がった。


「都合よく、この都市に最も詳しいヤツが知り合いにおるからの。案内役としては十分じゃろう。なにせ自称女王じゃったんじゃ」


 その表情は、悪魔神らしく邪悪に満ちていた。

 ……いやいや、自分自身の『右目』に対してその態度はどうなのよホントに。

 セキアさん、かわいそう。いずれ殺すけど、それまでは強く生きてね。


――――


 それで、多分彼女が使っていたであろう寝室から出たアタシ達は早速セキアさんにあうことにしたんだけど……。


「ガルルルルゥッ!」


「……ねぇアナタ。アタシが寝てる間に何があったのよ」


「ウウウウゥゥゥッ!」


「うむ? 何もなかったぞ? 強いて言えば先ほど言ったように儂がコイツに刺されたくらいじゃが」


「刺されたことを何もなかったで済ますのはもういいけど、これ明らかに何かあったでしょ。セキアさんの態度おかしくなってるじゃない」


 大広間。アタシが夢中になって暴れまわったせいで瓦礫の山が築かれているそこで、彼女は刺し殺そうとした相手であるはずのガルザの背に隠れ、アタシに向かってなんか威嚇みたいなことをしてきていた。


 ガルル、とか言ってるし。ワンコか。チワワみたいな超小型犬の威嚇か。なんか可愛いじゃない悪魔のくせに。


「ウチは! ウチは認めてないんだから! こんな『勇者』に負けただなんて、ウチは絶対認めてないんだから!」


「昨日失神直前になって認めておったじゃろう貴様」


「うるっさいわねこのバカ! ふん! いいわよ、その勇者がウチらの全力を相手取りたいってんならどうせウチを殺せないってコトだし! バラバラになったウチらが集まるよりも先に、この『勇者』の寿命が尽きるわよ!」


 うーん。それは困る。

 それに、『右目』のセキアさんはガルザやレイラさんと違って悪魔神の『部位』が分かるみたいだし、アタシ的には仲良くなりたいんだけど……最後には殺すんだから仲良くなるもなにもない気はするけどさ。


「ねぇセキアさん?」


「ひぅっ!? な、なななななによぉっ!?」


「……そこまで驚かなくったっていいじゃない。『勇者』なんて他人行儀じゃなくって、アタシのことは気軽にミサって呼んで?」


「嫌よ! 『勇者』なんかと慣れ合う気はないわ!」


 これは……なんといいますか、立てつく島もないというか、暖簾に腕押し糠に釘というか。彼女的にはアタシと仲良くしたくないみたい。


 そんな彼女に声をかけるガルザ。


「どうでも良いが、早く都市を案内するがいい『右目』」


「どうでも良くないわよ! どこの世界に『勇者』と慣れ合う悪魔神がいるっての!? アンタ頭おかしいんじゃない!?」


「儂が貴様の頭じゃぞ」


「そういう意味じゃないわよ自我の話よバカ! なんでアンタはそんなにバカなのよ!? それでも『脳』なの!?」


「いいから早く案内しろ。この都市には『脊髄』が在るんじゃろう?」


 その言葉で、アタシはセキアさんに詰め寄った。


「セキアさん」


「ぴゃぁうっ!?」


 彼女の胸倉を掴み問いかける。


「今、アタシには『脊髄』って聞こえたんだけど。この都市に他のアナタ達の『部位』があるってこと?」


 セキアさんは涙目になりながら、無言でコクコクと頷いた。


「早く案内しなさい。今すぐに。いいわね?」


「……ぴゃい」

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デーモン・アンド・ヴレイヴァー! チモ吉 @timokiti

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