番外編 第二王子の苦悩(3)

 叔父様に指摘されてドキリとした。ここしばらくソフィアのことで頭がいっぱいだったから。


「マリアは僕が何かしなくても上手くやっていますし、むしろ僕が出しゃばると邪魔になる気がして……」


 僕がそう言うと、叔父様が怪訝そうな顔をした。


「本当にそう思うのか? いくら完璧に見えたとしても、王族の仲間入りをする時に不安がないと思うか? 心細いこともあるだろう。そんな時支えるべきなのは、婚約者であるお前の役割のはずだ」


「……」


 正直、叔父様の言っていることは受け入れ難かった。


(マリアに支えが必要……? そんなまさか。彼女は一人で何でも出来るじゃないか)


 だが叔父様は僕の心を見透かしていた。


「アラン、マリアの気持ちを決めつけてないか? 彼女に対して『こうに違いない』という先入観を持って接していないか?」


「それはっ……そうかもしれません。彼女があまりに完璧だから。それに、彼女を見ていると苦しいのです。自分の駄目な部分が浮かび上がってくる」


「それでも一度は婚約者として受け入れたのだろう? それなのに一度も向き合わないというのは不誠実だよ」


 いくら両親が決めた相手とはいえ、承諾したのは確かに僕だ。


「はい……」


「人というのは誰しも醜い感情を持つものだよ。大切なのは、その感情とどう付き合うかだ」


「どう付き合うか、ですか」


「そうだ。一度その感情を含めた自分を認めることだ。その上で、マリアと向き合いなさい。結婚相手に自分の気持ちを話せないようじゃあ相手からも信頼されないぞ」

 

「向き合う……」


 思えばマリアと会話する時は、いつも表面的な会話しかしていなかった。マリアの完璧さを目の当たりにしたくなかったし、自分自身のダメさ加減からも目を逸らしたかったから。


(ソフィアのことを聞かれた時ですら、僕はまともに話せていなかったな)


「そうだ、妻とは将来一蓮托生なのだからな。じっくり向き合う時間はある。ゆっくり二人の関係を築いていきなさい」


 叔父様はマリアが妻になると思っているが、実際はどうだろうか。マリアは何も言ってこないが、婚約を破棄されたっておかしくはない。

 マリアなら王族でなくとも賢く幸せに生きていくはずだ。


(……なんて、僕はまた決めつけてしまっているな)


 叔父様の言う通り、一度話すべきなのかもしれない。僕もマリアもきっとお互いを誤解している部分が多くある。

 ちゃんと向き合わなければ、彼女がどうしたいか知る由もないのだ。婚約を継続するにしても破棄されるとしても、彼女の顔を見て、気持ちを聞いて、それからだ。


「はい。上手くいくか分かりませんが、話してみようと思います」


 これ以上誰かを傷つけたくない。僕は変わらなくてはならないんだ。




 マリアと会えたのは、叔父様と話してから数日後だった。彼女に連絡するのは、人生で一番勇気が必要だった。


「や、やあ。急に呼び出してすまない」


「いいえ、アラン様が元気になって良かったですわ」


 彼女は以前と変わらず綺麗な笑みを浮かべていた。


(僕は彼女のこの笑顔が怖かった。……でも、今日は違う。彼女のことを勝手に想像で決めつけないぞ)


「話したいことがあって、いや、謝りたいことがあるんだ」


「はい」


 彼女の目を見た。こんなに彼女をまっすぐ見たのは初めてだった。


「僕が間違っていた。君に嫉妬していたんだ。何でも出来て、お父様からの信頼も厚い君に……申し訳ない。君から逃げるために僕がソフィアを利用したんだ。本当に申し訳ない」


 深々と頭を下げる。少しの間沈黙が続いたが、やがてマリアが口を開いた。


「そうでしたか……頭を上げてください。もう良いんです。私もあの時は感情的になっていましたから」


「ソフィアとの件だけじゃない。僕は君に失礼な態度を取り続けていたんだ。だから、ちゃんと君と話がしたいんだ。色んな話を。上辺だけの話じゃなくて……君のこと、ちゃんと知りたいんだ。何が好きなのか、何が嫌いなのか、とか」


 話しているうちに、何が言いたかったのかがまとまらなくなってしまった。それでもマリアは僕の言葉に耳を傾けてくれていた。

 そして話しているうちに、マリアの表情がどんどん柔らかくなっていくのが分かった。


「そうてすね。私もお話したいと思っていました。……あの、絵を描かれているそうですね。私にも今度見せてくださいますか?」


「え?」


 正直マリアから絵の話をされるとは思わなかった。これまでずっと『マリアは僕に興味がない、結婚相手だからそれなりに親しくしているんだ』と思い込んでいた。

 でも違ったんだ。僕のことを知ろうとしてくれていたんだ。


「あぁ、もちろん。あ、あの、君のことも描いてみたいんだ。良いかな?」


 そう言うと、マリアはハッと驚いた顔をした後、目を潤ませた。


「本当ですか? 嬉しいわ」


 そう言って笑う彼女の顔は、見たことがないくらい美しかった。

 まだぎこちない関係だけれど、マリアのことをもっと知りたい。この笑顔を大切にしたい。そう思った。




【完】

お読みいただきありがとうございました。

番外編含め、完結となります。

星、ハート、フォローありがとうございました!

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親友の婚約者(王子)を奪ったら国外追放されました。私はそこまで悪女かしら? 香木あかり @moso_ko

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