もっと甘い呪縛
ただいま
パーティの翌日、慌ただしくなってしまったものの、帰国することになった。
首都に『事情聴取』という名目でゼンデン公爵家を足止めしているうちにとの、警備上の判断からだ。
獣人王国ナートゥラは、水源を握っているゼンデン公爵家の絶対権力を削っていく方針でヨヘム殿下が頑張っていくらしい。これについては、獣人王国での『井戸』作りを進めていく。汲み上げの魔道具(魔石)はもちろんエーデルブラートが供給契約を結ぶ予定だ。
一方のラーゲル王国は、未だに
とはいえ『国境』『権力』の壁はとてつもなく分厚く、長期的に対応が必要ということだそうだ。
「モント伯爵は策略家だな。攻め込もうとするとゼンデン側の利権、ゼンデンを攻めると今度はモント、とうまく分散している。まさしく長期戦だ」
ユリシーズの眉間の皺が深い。
でも、悪いことばかりじゃない。
ラーゲル王国エーデルブラート領に出発する直前、再び白虎三王子と会った私たちは、ディーデのお陰でより一層の友情を深められたことをお互いに感謝した。
「俺も遊びに行くからな!」
「シェル兄さん。王太子の業務を放り投げないでください。私が行きます」
「おいおいヨヘム。それこそ行政大臣の職務放棄だろ」
「んもー、兄さんたち! ぼくが行くからいいんだってば」
ムキになって叫ぶディーデの首には、私が作ったループタイが光っている。
お誕生日プレゼントは色々悩んで悩んで、やはり得意なアクセサリー作りにしたのだけれど、虎とアクセサリーがどうしても結びつかなかった。
ループタイなら、フォーマルもカジュアルも使えると思いついて、黒い飾り紐を編み、ディーデの目の色と同じサファイアを使って留め具をデザインした。さすがに金具を扱えないので、鍛冶職人さんにこういう感じでスライドさせると留まるように、と相談していたらまるで商品開発みたいになって盛り上がったのは秘密。
これなら、苦しくない! とシェルト殿下やヨヘム殿下にも好評で、おふたりのお誕生日にも贈ることを約束した。
「また会おう」
「またね、ディーデ!」
「うん、ユリシーズ、セラ。ふたりの結婚式には、絶対行くからね!」
宮殿のエントランスでは、獣人王国騎士団が両側に並んで、びしっと騎士礼をして待っている。様々な獣人騎士たち、それぞれかっこよすぎて興奮してしまうのは許していただきたい。
「では、帰りも並走させていただきます」
ゼンデン公爵家対応で不眠不休と聞いていたけれど、騎士団長のレイヨさんが帰りも護衛すると申し出てくれた。
「疲れてるんじゃないのか。副団長がいるだろう?」
馬車に乗りながらユリシーズがからかうように言うと、レイヨさんは珍しく
マージェリーお姉様はきっと嬉しいだろうと振り向くと、こちらも複雑な表情だった。
「お姉様?」
「……ん?」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫よ。さすがに疲れているだけ!」
あ、
いつも太陽みたいに笑うのに、今は薄曇りみたいだから。――こっそりと、今度背中を押すのは私の番だ! と気合を入れたのに。
結局レイヨさんとマージェリーお姉様は、形式ばった挨拶をするだけでお別れしてしまった。
◇ ◇ ◇
「はあー! 帰ってきた……」
移動に往復六日。滞在四日。合計十日間の外出であったにも関わらず、とても懐かしく感じるエーデルブラート侯爵邸。
「おかえりなさいですだ!」
元気よく迎えてくれたノエルに、リニもミンケも「ただいま」と応える。
「変わったことはなかったか?」
「はいですだ。旦那様の結界を破ろうと何人か来たみたいですだが」
なにそれ、物騒!
「焦げ臭かっただけですだ」
「そうか」
「物騒すぎっ!!」
あ、言っちゃった。
アルソッ○より強力なセキュリティシステムがあるから、留守番はノエルひとりで大丈夫って言ったのね。納得。
「セラは封印魔法の影響でしばらく体が
「え、大丈夫だよ?」
「油断するな。マージェリー、ミンケ。すまないが面倒見てやってくれ」
「わかったわ」
「はい」
そう言われてしまえば、頷くしかない。
二階への階段を上がりながら、マージェリーお姉様に話しかけてみる。
「もうしばらく居てくださるの?」
「ええ。一応身の安全が保障されてから戻った方が良いって、言われちゃった」
「よくはないけど、嬉しいです」
「ふふ。そうね」
また少し、寂しそうに微笑む。
忙しくしていたら気は紛れるけれど、心の穴は埋まらない。私はそれを嫌でも知っているから、せめて側にいようと思った。
でも、その前にまず、自分のことだ。
客室に向かうマージェリーお姉様と廊下で別れて、私室がある方向へと歩きながら、右側を歩くユリシーズを見上げる。
「リス」
「なんだ」
「ちゃんと話、したい」
「……」
「部屋に戻って机の上の書類を見たら、また働き始めちゃうんでしょ?」
ユリシーズは、歩みを止めて私を見つめた。
「……そう思われても仕方がないな。だが、俺もちゃんと話そうと思っていた」
「ほんと?」
「ああ。今はセラの情けで許してもらっているだけだからな」
「そんなことないよ。私も悪かったし、それにふたりの問題でしょう?」
「セラは、すごいな」
ユリシーズが目を細める。
「最悪は、離婚されるかと思っていた」
「そんなわけないじゃん!」
弱気な蛇侯爵は、らしくない。
「はは。体調が大丈夫なら、夕食後ゆっくり話をしよう」
「ありがとう。リス……おかえりなさい」
「! ああ。セラも、おかえり」
「ふふ。ただいま!」
ユリシーズの温かい手が、私の頬を撫でてからするりと首の後ろを撫でていく。それだけで、大切にされていることが分かる。
――やっぱり、大好きだなあと思った。
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