振り回される俺(ユリシーズ視点)



 時は、首都観光に戻る――

 



 ◆ ◆ ◆


 

 

「セラ! セラ!」

「セラちゃん!」


 腕の中に確保した子猫の獣人をマージェリーに預け、俺は必死でセレーナを抱きしめながら叫んだ。


「なにがあった!」

「そ、その子が近づいたら、赤い光の輪が」

「いくつも、奥様の体を縛るみたいにっ」


 ぐったりとしているセレーナの呼吸は、浅くて速い。意識はなく、眼球がぴくぴくと動いていて、手のひらがどんどん冷たくなっていく。


「お兄様……」

「くっそ!」

「落ち着いて! 似ているわ!」

「似てる!?」

「お兄様がっ……かせを受けた時とっ」

「!!」


 ぎりぎりと、奥歯を噛み締めるようにして吐き出すマージェリーは、あの時のことを鮮明に思い出しているのだろう。


 ――王城のとある地下室へ集められた、エーデルブラート一家。真っ赤な魔法陣の上で、両手首に鉄の拘束具を付けられたまだ少年の俺が、『王国への忠誠を一生涯誓う』と約束させられ、五人の宮廷魔導師に囲まれていた。


かせがひとつでも破られたなら、御家族に責を負っていただきますからね」


 あの憎たらしい筆頭魔導師は、未だに健在だ――

 


「あんなものをセラが受けたとしたら、心が壊れてしまう」


 魔力を封じるだけではない。どうしようもない孤独が襲い、他人を信じられなくなる。精神すら、檻の中に入ったようになってしまう。


「解除の儀式をしなければならん……宮殿へ運ばねば」


 職人たちが、慌ただしく動き出した。

 

「騎士様を、呼んできます!」

「馬車も、用意頼んで来ます!」


 一方、子猫を抱えたままのマージェリーは、不安そうだ。

 

「お兄様……」

「大丈夫だ、マージ。何年も研究してきた。俺のを解いてくれたのはセラだが、セラのは俺が解く。絶対に」


 騎士団が迅速に馬車を用意してくれたため、全速力で宮殿へ戻るように頼んだ。それから、清潔で光の入らない石造りの部屋を用意してもらい、石の床に魔法陣を描いたところで、マージェリーが目の覚めた子猫の獣人から譲り受けたという魔道具を持って現れた。

 

 慰め、抱きしめ続けるマージェリーに向かって、「人間が優しいことを知った、ごめんなさい」とずっと泣いていたという。


「助かったぞ。この道具のお陰で魔法構成がよく分かった。セレーナをその中へ寝かせてくれ」


 ――そうして無事封印を解き終わり、セレーナを客室のベッドへ運んだ。

 



 ◇ ◇ ◇




「まさか、こんなことになるだなんて」


 セレーナの寝かされたベッド脇。

 椅子に座り頭を抱えるディーデに、俺は軽口を叩く。


「とんでもねえ誕生日だなぁ、ディーデ」


 手の中には、子猫の獣人から預かった魔道具。

 そして、マージェリーが聞き出したという証言を書きつけた、紙がある。中には『いなくなった両親』が言っていたという行き先も書かれてある。悲しいことに、現在のモント伯爵の領地のひとつだ。

 

「っごめん」

「はは。権力の元には、うじも群がるものさ」

「……」

「兄弟たちは、見せたくなかったんだろうな。責めてやるなよ」

「まったく。とことん敵わないよ」

「殊勝な態度は、くすぐったいからよせ。お前は、人をからかってあざとく振舞ってるぐらいがいい」

「うぐぐ」

「かわいこぶってるのも、処世術だろ。恥じることはねえ」


 豪快な王太子、怜悧冷徹な第二王子には歯が立たない。ならば第三王子にと近づくものが多く、辟易へきえきしたからこそ田舎町の別荘に引きこもっていたディーデ。

 逆にヘラヘラ無知のフリしとけ、と助言をしたのは、何を隠そうこの俺だ。


「そうだね……メイドちゃん――ミンケっていったっけ。君のこと、教えてくれる? 今回のことと、関係あるんでしょ」


 振り返らなくても、ミンケがカタカタと震えているのが分かる。今回、来るか来ないかはもちろん本人に決めさせたが、相応の覚悟があったとしても、実際に目の当たりにすることとは天と地の差があるものだ。


「ミンケ。自分で話しても良いし、俺からでも良い」

「……自分で、話します」


 キッと顔を上げたミンケが、すやすやと寝ているセレーナを見下ろすとふっと優しい目をした。

 

「奥様が起きるまで、ですが」

「うん、それで良いよ」

「……あたしは……」


 マージェリーが、そっとミンケの震える肩をさすった。相変わらず弱い者に寄り添いたがる妹だな、と眉尻が下がる。


「あたしは……元奴隷の暗殺者です。ゼンデンは、サーバルキャットをそのように育てているのです。失敗した役立たずは、人間に毛皮として出荷されます。あたしは、旦那様――ユリシーズ・エーデルブラート侯爵様を暗殺するよう命令されていました」

「そ、んな」


 驚愕のあまり顎を閉じられなくなったディーデに、俺は淡々と告げる。

 

「サーバルキャットは忠誠心が強く、耳が異常に良い。敏捷性に優れ牙や爪も鋭い。暗殺者に最適だ。セレーナに近づいた子猫も、恐らくサーバルキャット族だろう」


 それには、ミンケが深く頷いた。

 

「子猫も、よく使う手法なのです。特に貴族は油断します。爪や牙に毒を仕込む。魔道具を抱えさせて放り込む。あたしたちは、ご主人様の命令を絶対的なものだと思う性格ですから」

「きみは……今は、幸せ?」


 ディーデの質問に、ミンケは面食らった後で、微笑んだ。


「ユリシーズ様に拾われ、リニさんに鍛えられ、そしてセレーナ様は……あたしを、家族だと……っ」


 黒いつぶらな瞳から、ボタボタと涙が流れる。


「幸せ、です。この上なく」

「そっか……だから、来てくれたんだね。告発できるなら、しようと。なんて勇気だろう」


 ディーデが立ち上がったかと思うと、立ったままむせび泣くミンケの両手を持ち上げ、しっかりと握った。


「ありがとう。今まで見過ごしていたことを、申し訳なく思う。第三王子であるぼくが責任を持って、問題に取り組んでいくことを約束する」

「……はいっ! ありがとう、ございます……」


 すると、シーツの衣擦れの音がした。

 セレーナが、「ん……」と声を漏らす。


 覚醒しかけている様子に安心した俺は、ベッドに腰掛け小さな額を撫でてやる。


 陰謀に振り回され、王子に振り回され――



「リス、大好き。離れないで」

「ああ、俺もだ。ずっと側にいる」



 ――最後にはやはり、嫁に振り回されるのだ。

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