情けない俺(ユリシーズ視点)
妹のマージェリーを王都から呼びつけたのには、大きな理由があった。
「セラは獣人に好意的だ。ところが獣人の中には、人間に敵対心を抱いている者も多い」
「そうよね。いきなり仲良くしようだなんて、無理な人も当然いるでしょう」
「男の俺では、目の届かないところもある。すまないが、しばらくセラに付き添ってやって欲しい。嫁に来たものの、この屋敷には人が少ない。雇うにしても、信頼の置ける者がなかなか見つからなくてな……セラは貴族としての振る舞いには全く問題ないが、心細いだろうし、単純に旅の準備をする手が足りない」
「まったく、いきなり呼び出されたかと思えば。そういうことね。分かったわよ」
街道整備をする過程で様々な妨害にあった。その上さらに、作業をしている人間に危害を加えようとする獣人もいたのは事実だ。
その辺は王国騎士団長ウォルトの活躍で事なきを得たが(あんなデカい奴が大剣を背負ってのしのし歩く様は熊みたいだった)、セラにそんなことを話せば悲しがるだろうし、さすがに怖がるかもしれない。
おまけに、獣人がそのようなことをしていると知れたら、あの国王のことだ、せっかく交流が始まろうとしているところに水を差すに違いない。
わざわざそのような暗い話をセラにするつもりはなかった。こんな遠くまで嫁に来て、俺のような無愛想な男が相手だ。せめて心穏やかに過ごして欲しい。そう、思っているのに――
セラに前世の記憶があることは、もちろん把握していたし、セラの父であるカールソン侯爵からも聞いていた。だが、具体的な内容までは知らなかったため「結婚していた」と聞いた瞬間、カーッと頭に血が上ってしまった。
「そいつと俺が、同じだと言いたいのか?」
責めても仕方がないことだ。
記憶があるからといって、今のセラとは違う人間のことであるし、意図して生まれ変わったものでもないのだから。
頭では分かっていても、胸の内にふつふつと湧き出る強い感情に、ただただ振り回されてしまう。
「不愉快だ」
思わず口をついて出てきた言葉に、自分でも驚く。
こんなものは、子供じみた八つ当たりでしかない。むしろ、家にもろくに帰れず寂しい思いをさせたと……
「へ~。でも何日もまともに会話してないし。私の話も聞いてくれないし。一緒だよ」
分かっている。分かっているが、『見知らぬ男、しかも元夫』と比べられるどころか一緒くたにされてしまうと、怒りと情けなさばかりが募った。
「本気で言っているのか?」
ろくでもない、と言っていた。
そんな男と、俺が同じだと。そう、言うのか。
なんだこれは。じりじりと胸を焼く苦しみが襲ってくる。自制が効かない。
「そうやって、魔法で脅すの!? 怖いよ! 出てってよ!」
――挙句の果てに、怖がらせるなど。絶対にしてはいけないことだ……なんと情けないことか。
◆ ◆ ◆
豪雨で作業が中止になり、久しぶりに落ち着いて自室で事務仕事を片付ける俺の頭上で、マージェリーがカンカンに怒っている。
「お兄様」
「……」
「言われなくても、分かるわよね」
「……」
「脅してどうするのよ!」
実の妹だからこそ、俺が今まで散々魔法に振り回され、時には人を傷つけ、悩んできたことを知っている。
「すまない」
「謝る相手は、わたくしではないでしょう!?」
はあ、と思わず深いため息を吐いた。
「ただでさえ怖い顔なのよ」
「……」
「あんなに素直で一生懸命な子が来てくれただけでもありがたいのに、寂しい思いをさせてしかも八つ当たりだなんて。ほんとにまったくどうしようもないったら!」
耳が痛いとは、このことか。これほどまでに言葉が出ない経験は、今までになかった。
セラを泣かせた事実が、胸の奥にずしんと重く乗って、さらに喉奥につかえているかのようだ。
「ねえ。ちゃんとしないと、取られちゃうわよ? 獣人の王子様、セラちゃんのことまだ好きなんでしょう?」
賢い妹は、この俺に臆することなくズバズバと意見を言う。見目は悪くないのに縁談がまとまらないのは、俺のせいでも父の甲斐性のなさでもない。単純に気が強いからだ。
「……そうだな」
ディーデは、セラを諦めていないとハッキリ言った。
確かにラーゲル王国での婚姻は、国交のない獣人王国ナートゥラでなら不問にすることもできるだろう。ましてや相手は王族なのだ。
セラが幸せならそれで良いなどと、手を引くつもりは毛頭ない。だが、泣かせた妻とどう仲直りすれば良いのかが分からない。
なにせ、今まで人に嫌われたくてこういう風に生きて来たのだから。好かれる
「あのね。ちゃんとお兄様から歩み寄るのよ。これはきっと、一生の問題なんだから!」
「くっく。未婚のくせに知ったようなことを言う」
「あらー? あららららー? 決めましたわ。わたくし、今から全面的にセラちゃんの味方になります!」
「おいこら」
「ふん! 準備の手伝いをしてまいりますわ」
「……頼む」
バタン、と乱暴に閉じられた扉をしばらく見つめてから、ペンを取った。
領内は俺の結界が効いているから問題はないが、国境を超えてからの警戒が必要だ。そのためにナートゥラは、騎士団長直々に護衛に就くという破格の対応を提示してくれた。
ディーデの口添えだろうが、ありがたいことである。
その礼状をしたため、誕生日パーティを楽しみにしていると一筆添えておいた。
――手筈を万端に整えてから共に馬車に乗ったが、セラにひたすら萎縮されている様子を見ていられず、ただただ目を閉じるしかできない。
せめて無事に辿り着くよう、馬車の周辺を常時警戒しつつ、泊まる先々の町の有力者たちへは友好な態度で挨拶回りをし、同時にさりげなく魔法の凄さを見せる。
仕事をこなしている方が楽だとは、俺も情けない男なのだなと自覚した――
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