不機嫌でも、いざゆかん
「さて、いよいよ出発ね」
「はい、お姉様。宜しくお願いいたします」
「ぐふふ」
マージさんからは、是非『お姉様』呼びをして欲しいと言われたので、素直に従った。何より言葉で『姉』と呼ぶことで、多少甘えられるようになったのだから、きっとマージェリー作戦なのだろう。つくづく、なんて素敵な人なのだろうと思うし、素敵な兄妹だなぁと実感していた。
そんな私とユリシーズは、残念ながらまだ仲直りできていない。
というのも、私のもたらした豪雨が見事に街道整備を遅らせてしまったようで(執事のリニから無理やり聞き出した)、危うくディーデの誕生パーティに間に合わなくなるところだったからだ。
結局ユリシーズが力技でもって、怒涛の魔法に次ぐ魔法でやっつけ仕事したそうだから、さすがの大魔法使い様だ。リニいわくは、「仕事を奪ってしまうからと
獣人王国へ馬車で行けるようになったので、侯爵家が所有しているなかでも最も大きな馬車が用意された。黒塗りで、外側には蛇の紋章。内装は赤いベルベット素材で、柔らかく分厚いソファやたくさんのクッションがありがたい。
荷物をたくさん乗せたもうひとつの馬車には、執事のリニとメイドのミンケが乗っている。ノエルはお留守番だ。
ユリシーズの向かいに、マージェリーお姉様と並んで座る私は――未だにユリシーズと目線を合わせられない。
「楽しみね、獣人王国。どういうところなのかしら」
「はい。ワクワクします」
「……」
「あの、お姉様は、獣人が怖いと思いませんか?」
「んー、話してから判断したいけど、リニやミンケを見る限りまったく問題ないわね!」
それには、心底ホッとした。
ラーゲル王国では『獣人である』というだけで差別する人々もまだ根強く存在しているからだ。
「セラちゃんはどう?」
「獣人、好きです。ふわふわで可愛いです!」
「ふふ。そうね」
「……」
しかめっ面で腕を組んだまま、ユリシーズは目を閉じている。
同じ馬車に乗っているのが窮屈に感じるくらい、存在感の圧がすごい。
今回はディーデの誕生パーティに出席することが主な目的なので、正式な来訪ではなく、あくまで友人のスタンスだ。
とはいえ、獣人王国ナートゥラの宮殿に招かれた人間は初めてらしい。首都に至るまで片道三日かかるという道のりを、こんな空気でやり過ごすなんて私には無理かも、と思っていたけれど――なんと迎えに来てくれた人がいた。
「レイヨさん!」
白狼の騎士団長が、騎士服で白い馬を駆って小隊を率い、馬車の護衛を買って出てくれたのだ。
「お久しぶりです」
用意された一日目の宿の前。
馬車から降りた私たちに対して、ざっと下馬をした後で丁寧な騎士礼をされた私のテンションは、爆上がりだった。
「はあ~! 相変わらず、かっこいいです」
「恐縮です」
顔はすごく凛々しいのに、尻尾がぶんぶんしているのもまた素敵で、触りたいのを我慢するのが大変だった。
「ごきげんよう。わたくし、ユリシーズの妹でマージェリーと申しますの」
「お初にお目にかかります、レディ」
おまけにプラチナブロンド美女と、白い狼獣人の組み合わせは、控えめに言っても最高だった。
「うわー。うわー。眼福すぎます」
「セラちゃんたら」
「はは。お可愛らしい」
そんな挨拶の間もユリシーズはずっと仏頂面のままで、レイヨさんが「体調でも?」と気遣ってくれたのが申し訳ない。
「いや。少し緊張感を持っているだけだ」
「……大魔法使い様にはご不要かと存じますが、首都までの安全を我が隊にて保障いたします」
「心遣いに感謝する。いてくれるだけで、抑止になろう」
――抑止?
首を傾げた私に、レイヨさんが微笑む。
「獣人の中には、人間に対して戸惑いを持つ者もおりますから」
「あ……そっか、それはそうですよね。考えが至らなくてすみません」
「とんでもございません。ディーデ殿下はもちろんのこと、陛下もご兄弟様も、皆楽しみにしております」
「ディーのお兄様たち、怖くないですか?」
レイヨさんは目をぱちくりさせた後で、声を出して笑った。
「はっはっは。これは失敬。大きな白い虎ですからね。見た目は怖いかもしれません」
「ひえええ」
「ですがお心優しく、温かいお人柄ですよ」
「確かディーのお兄様は、シェルト様とヨヘム様。でしたわね」
「お名前をご存じで。それは喜ばれることでしょう」
それからは、宿屋での食事の間も、翌朝の出立の時にもレイヨさんが側についてくれていて、ありがたかった。
しかも――
「人間の女性は、か弱いのです。そんなに強く手を握っては折れますわ。わたくしは大丈夫ですけれど」
「ううむ。力加減がなかなか難しいものですね」
マージェリーお姉様が、空き時間に女性のエスコートの仕方をコーチし始めたのだから、微笑ましく見てしまう。
休憩をする道の脇や食事処のちょっとしたスペースで、自然と始まるふたりのやり取りを見守るのが私の日課になった。
「歩くのも早いですわ。人間の女性はこのように、
スカートの裾を少しまくって見せるマージェリーお姉様は、なかなかに
「あらやだ。わたくしったら。オホホ」
いたずらっぽく笑うマージェリーお姉様に翻弄されるレイヨさんはだが、楽しそうだ。
仲の良さそうなふたりを見ているうちに、ユリシーズにくっつきたくなったくらい。
「……いないし」
ところが、自室にこもっているのか、姿が見えない。
食事も別で取っているようで、馬車の中でしか会わなくなった。しかもしかめっ面で腕を組んでいるだけだから、取り付く島もない。
もう少し私に心の余裕があったなら、ユリシーズの態度が少し変なことに気づけたのかもしれない。
けれど私は「そんなに怒らせちゃうようなこと、したんだもんね」と落ち込むばかりだった。
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