獣人王国
もふもふ三王子
「うわぁ、綺麗……!」
馬車の窓から見えた真っ白で丸い屋根を持った宮殿を見て、私は思わず感嘆の声を上げてしまった。
「すごい、真っ白ね」
「はい! 丸い屋根の宮殿って、珍しいですよね」
「そうね、丸い屋根なんて、どうやって作るのかしら?」
たまねぎのような大きな屋根の建物を中心に、小さなたまねぎ屋根がいくつも建っている。
真っ白い建物が、雑多な街並みの向こうにドン! と独立して立っていて、周辺はだだっ広い草原。中心の建物に続く道だけが、これも白い石が敷き詰められ整備されている。
亡くなった愛する妻のためにとどこかの国の王様が建てた
「もしかして、獣人王国で白って神聖な色なのかな?」
そんな私の呟きに、向かいに座っていたユリシーズが重たい口を開いた。
「獣人にとって、白く生まれることは希少。白い毛皮を持つ生き物は神聖視されている」
「! だから王族は白い虎だし、騎士団長は白い狼なのね?」
「そうだ」
三日ぶりに、会話をした!
私は嬉しさのあまり、鼻の奥がツンとしてしまう。相変わらずユリシーズの目は閉じたままだけど。
隣の席で、マージェリーお姉様が優しく微笑んでそっと腰のあたりをさすってくれた。
きっと背中を押してくれているんだ。目が合うと、軽く頷いてくれたので、意を決してまた前を向いた。
「リス……?」
「……なんだ」
「ごめん、ね……?」
「っ」
目を開けたユリシーズと、目が合う。
私の大好きな、翠がそこにあった。マージェリーお姉様と同じ色だけど、私にとってはまるで違う。
「……いい。俺も悪かった」
「ううん、わたしが」
「あー、おほんおほん。ちゃんとした仲直りは、ふたりきりの時にどうぞ?」
「お姉様! ありがとうございます」
「いいのよ~。ほんとこんな、自分でごめんなさいもできない、情けない兄でごめんね~~~!」
横からぎゅうっと抱きしめられた。
「おいこら」
「これでも、陰で『どうしよう~嫌われちゃった~! えーん!』てしてたのよ~~~」
「え!?」
目を見開くと、ユリシーズが真っ赤になっている!
「そんなこと言うわけがないだろう」
「あらあ? 違ったかしら~?」
「いい加減にしろ」
「リス……」
「あのな、こいつの言うことは」
「わたし、絶対嫌わないよ」
「っ」
「でも、何も話してくれないのは、悲しいよ」
いつも執事のリニを必死で呼び止めて、教えてとねだる自分は情けなくて仕方がないのだ。
家に帰れなくても、なんで帰れないのかぐらいは妻として知りたい。ユリシーズに寄り添いたい。
「……そう、だな」
ところが、ユリシーズはまた眉根を寄せてしまった。
私が頼りないから、なんだろうな。――なら、もっともっと頑張らないと!
◇ ◇ ◇
「ようこそお越しくださいました、ユリシーズ様」
宮殿入り口には、たくさんの獣人たちが列を作って待ってくれていた。その中をしずしずと歩いてきたドレス姿の白い虎獣人の女性がいる。
「光栄です、王妃殿下」
ユリシーズには珍しく、丁寧なボウ・アンド・スクレープだ。ドレスシャツの上に黒く長い丈のローブを羽織っている彼は、そっと私をエスコートして紹介してくれる。
「妻のセレーナです。その隣は、我が妹のマージェリー」
「まあ。可愛らしいおふたり。ようこそ」
「この度のお招き、ありがたく存じます、殿下」
私のタイミングに合わせて、マージェリーお姉様も綺麗なカーテシーをする。
「はっは! 堅苦しいのはそこまでにしましょうよ、母上!」
豪快で陽気な声が玄関ホールに鳴り響いたかと思うと、大きな白い虎――ディーデの三回りは大きい――がのしのしと歩いてきた。白いレースアップシャツに茶色のブリーチズ(ふともものあたりはゆったりとしていて、ひざ下がぴったりして紐で腰を縛っている)というラフな姿だ。背後には先ほどまで護衛をしてくれていたレイヨさんがいる。きっと呼びにいったのだろう。
「これ、シェルト。お行儀が悪いですよ」
「母上こそ。これじゃあいきなり身構えてしまいますよ」
シェルト、ということは白虎王子三兄弟のうちの、一番上で王太子だ。
大きな口を開けて満面で笑う、いかにも陽キャ。
「ふふ」
母虎と子虎がじゃれているような可愛さに、私は思わず笑ってしまった。
「ご無礼をお許しくださいませ。とても仲睦まじいご様子に、思わず」
「良いんだよ! 君がセレーナ嬢だね?」
「はい、シェルト殿下。ディー……ディーデ殿下には日ごろからお世話になっております」
「いつも通り呼んでくれていいし、礼儀も気にしないで。自分の家みたいにくつろいで欲しい」
「兄上。それは無茶というものですよ」
今度はシェルトより若干スマートな白虎が歩いてきた。
ぴりり、と玄関で並んで出迎えてくれていた獣人たちの間に緊張が走る。
「ヨヘム殿下。拝謁の機会を賜りありがたく存じます」
私が再びカーテシーをすると、二番目の白虎王子は目を細めた。
「ふん。人間の分際で我が弟を
「え?」
「おーい、ヨヘムー?」
「大魔法使いが夫では不満か?
――あー! この人、わたしのNGワード言ったぁ~~~~~~~!!
ぷちん。
「っセラ」
ゴオッ!
一瞬だけ小さな竜巻が巻き起こり、消え去った。
なにごとかとパニックになる中、私は低い声で告げる。
「取り乱してしまいました。大変なご無礼をお許しください、殿下」
王妃殿下に最大限のカーテシーをすると、「息子が悪いわ。怒って良いのよ」と眉尻を下げられた。
そうしてこの場での免罪符を手に入れられた私は、ゆっくりとヨヘムに近づいていく。
「わたくしの何も知らないのに、そのように断言なさるとは。大変に遺憾なことにございます」
ぴたり、と彼の前で足を止め、じっとそのサファイア色の目を見つめる。
「知る必要などない」
「知りもしないのに、そのような」
「下賎な者に気遣う必要はないだろう」
私の心の奥底から、ふつふつとまた怒りが湧いてくる。せっかく我慢したのに――
気づくと、再び私の周囲に風が渦を巻きはじめていて、
パチン!
ユリシーズが大きく指を鳴らすと、強制的にそれが止み、耳が痛くなるぐらいの静寂が訪れた。
「……獣人であろうと人間であろうと、身分に関わらず個の尊厳を傷つけることは、許されないとわたくしは思うのです」
「っ」
微動だにしない第二王子の肩を、王太子がぽんと叩く。
「はっは! ヨヘムの負けだ」
「勝ち負けではないですよ、シェルト殿下。相手を認めるかそうでないかです。もし認めてくださらないのなら、わたくしは帰ります」
「……」
しばらくの沈黙が訪れた後で、「もう、いいでしょ?」と聞き慣れた声がした。
ふたりに比べたら少し小さな白虎が、脇から現れた。
「やあ、セラ! ぼくの兄たちは、すごく過保護なんだ。ごめんね」
「ディー!」
「会いたかった~!」
にこにこ近づいてきたディーデが、私とヨヘムの間に立ちふさがるようにして言った。
「ぼくが好きになった子を試したんでしょ。大人げないよ?」
「ディーデ、しかしお前はまだ」
「ヨー兄、ぼく、もうすぐ大人になるんだよ!」
「はっは、まだまだ子どもに見えるのさ」
「シェル兄も、いい加減にしてよ」
三人の白虎がそろうと、もっふもふだ!! とさっきまでの怒りがいつの間にか引っ込んでいた。
兄弟愛であるなら、仕方がないか……でもあのNGワードだけは許せない~!
「セレーナ嬢」
ヨヘムがディーデの脇にずれると、ふわふわの手で私の手を取り、甲にキスのフリをした。
「大変申し訳なかった。我らには
しゅん、と垂れる耳が可愛すぎて、とにかくずるい。
「うぐ……もふもふで肉球……これは許さざるをえませんね!」
ニコ! と笑う私の背後で、ユリシーズが額に手を当てたのが分かった。
「もふ……?」
「殿下の手、温かくてふわふわですね! きっと殿下は良い人なんですね!」
「!」
煌めくサファイアブルーが、私を見ている。
「なんと。これはディーの気持ちも、分かってしまうな」
「俺も分かっちゃったぞ」
ははは、と笑う顔はみんなそっくりで。
「あらあら。下手したら三兄弟で決闘ね?」
王妃殿下のセリフに、ユリシーズとマージェリーお姉様がぎょっとした顔をしていた。
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