中庭は宝の山
「ちょちょ、ミンケ!」
「はい」
「これっ、この草! 何か知ってる!?」
「さあ? 勝手に生えてます」
「ハーブと、薬草!!」
「……へえ」
私は、力いっぱい脱力した(力を抜くことに全力を傾けたのよ。驚きを共有できないのって、辛いのよ)。
ガゼボからは草ボーボーだなあとぼんやり眺めていた中庭に、いざ降り立ち歩いてみたら、薬草やハーブだらけで驚いた。
ラベンダーやローズマリー、タイムやカモミールを始めとした有名どころはもちろん、ウコンにハトムギ、ドクダミにアロエ。
すりおろして傷口に塗る、
――そう、私の前世の趣味、家庭菜園とアロマ、そしてアクセサリー作りでした。
モラハラ夫に浮気された専業主婦、というのが私のしょうもない前世だ。新婚だったのに。失意でふらふらしていたら事故死したっていう悲劇で――笑えないけど、三十歳になっちゃうしな~なんて軽い気持ちで結婚した、男を見る目のない自分のせい。自業自得です。
それが、気づいたら侯爵令嬢に生まれ変わっているんだから、びっくり。人生、本当に何が起こるか分からない。
ドレスもアクセサリーも好きだから嬉しかったけれど、まさか魔法までできるとは思いもよらず。
「奥様。大丈夫ですか?」
脱力して固まっていたので、さすがにミンケに心配されてしまった。ちょっとトリップしすぎた。
「ごめんごめん。どうしようかなって思って。作業自体は魔法を使えばいいんだけど……っ!?」
「まだ何か?」
「ななななにかいる!?」
視界の先、背の高い草むらの中に何か居る。
ガサゴソ、ガサゴソ。
「あー……ご心配なく」
ミンケが言うのだからそうかもしれないけれど、明らかに生き物がいる。
「気になりますか?」
「そりゃそうでしょうよ!」
「はあ。ノエルッ」
びょん! とその生き物は飛び跳ねた。すごいジャンプ力。ウサギかな?
「ああああしゅびばせんですだーーーー!」
違った。草をかき分けてこちらに来てくれたのは、人間だった。
「ご紹介が遅れましたね。従僕兼調理人の、ノエルです」
「ノノノノノエルでですだー」
ぺこぺこと何度もお辞儀をする小柄な男の子は、私とそれほど身長も体格も変わらない。
白いコックコートで頬に泥を付けている、赤いくせっ毛に碧眼、ソバカスの浮いた幼い顔立ち。
「まあ! あなたがいつも美味しいご飯を作ってくれていたのね! ありがとう!」
彼は両手に人参を握ったまま、ぽっと赤くなった。
「こここ光栄ですだ……」
うさぎかな? ――いやいや、人間、人間。
「ノエルは田舎の孤児院出身です」
「なるほど、だから訛りがあるのね。可愛い!」
「びゃ!?」
――あ、親近感。
「ふふふ。よろしくね、ノエル。ところでそこで何をしていたの?」
ノエルいわく、せっかくハーブや野菜(野菜まで生えていた!)が育っているのだからと、忙しい仕事の合間をぬって収穫しては料理に使っているのだとか。
「ううむ。これは本格的にテコ入れして整えたいわね……本当はバジルとかタイムは繁殖力が強くて、土の寄せ植えに向かないし、すぐ鉢植えに移さないと」
「そうなんですね」
「ほええ~奥様物知りですだ~」
「おやー? 今日も庭にいる」
するといつもの方向から、のしのしとホワイトタイガーのディーデがやってきた。無頓着に森の中を歩いてきているのだろう、白い毛皮や服に、たくさん葉っぱをくっつけている。
「ディー! 貴方が犯人だったのね!」
私が詰め寄ると、ディーデは大きな両手を体の前に出して戸惑う。ピンク色の大きな肉球が見えた。触りたい。
「ええっ!? ぼく、なにか悪いことした!?」
「ここの、草! 貴方が体にくっつけて、種を持ってきてたのね!」
「なんだ~。何かやらかしちゃったのかと思ったよ」
途端にホッとするディーデが、肩を
「ねえディー」
「うん?」
「やらかしついでに、力仕事がたくさんあるの。手伝って?」
「ええっ!? えーっと、良いよ」
ニカ、と笑って頷く虎。耳がぴるるんと動いて可愛い。触ったら怒られるかな。――いつか絶対触る! 触ってやる!
「よし。そうと決まればやるわよ」
「奥様!?」
戸惑う三人を振り返って、私は宣言する。
「選定と、
「はあ。本気ですか」
「ミンケ。善は急げっていう言葉があるのよ」
「手伝うよー」
「オラも、夜の仕込みまでは手伝いますだ!」
「ふふ。はい! じゃあまずどこに何が生えているか調査! あ、ノエルは無理しないでね」
「はいですだ!」
「おー!」
「はあ……」
「ミンケ? 嫌ならいいのよ?」
私が意地悪な笑顔で振り返ると
「む。あたしは、穴掘り得意ですよ」
案の定、強気なセリフが返って来た。しめしめ。
元の花壇を生かしてレイアウトを頭の中で組み立てて、あとはひたすら作業の一日になった。
「……もしかしなくても、わざと
――夜、穴掘りに疲れ切ったミンケに文句を言われたので、キャットニップと呼ばれる西洋またたびを少しだけ入れた、お風呂に入れるハーブ袋を作ってご機嫌を取ったら、翌朝
「あれは、獣人王国に売ったら、もんのすごいことになると思います」
と褒められ? た。実際使ったミンケがどうなっちゃったのかは「教えません!」とキシャーッってされてしまった。残念です。
ちなみに、猫に与えたらダメな精油(アロマ)やハーブは「苦手なものはありますが、平気です。獣人なので」だそうで、一安心。
◇ ◇ ◇
ダイニングで朝食を取っていると、珍しく蛇侯爵がズカズカやってきた。顔を見たのは挨拶をして以来、二日ぶりだ。無精髭が顎に生えている。なるほど普段はワイルドなんですね。
「おい」
「びゃひゃい」
「……なんだその声。まあいい。ちょっといいか」
「はひっ」
どかり、とユリシーズが腰掛けたのはテーブルの角を挟んで私の左隣の席だ。いわゆる当主が座る席で、私はなぜすぐ近くに座っていたかというと(遠く離れた真向かいに座るのが割と一般的)――単純に落ち着かなかったから。ユリシーズと一緒に食事をするのは初めてだし、かなり近い場所なので、無駄に肩に力が入ってしまうのはどうしようもない。
執事のリニがすかさず主人のために朝食のセッティングをし始めるのを、ぼうっと眺める。鮮やかで無駄のない動きだ。
もしかして、昨日好き勝手にやっちゃった中庭の状態に文句言われるのかな? とビクビクしていたら
「お前、湖で歌ったそうだな?」
と聞かれて、一瞬意味が分からずキョトンとしてしまった。
「え? あっはい」
そういえば一昨日、記憶にある限りのセレーナ・ヒットメドレーを、声が枯れるまで歌いましたね。ええ。歌いました。歌ってやりましたとも。
「うーん……メシ食ったら行くぞ」
「はえ?」
「だからどっから声出してんだよ。食い終わったら、湖行くぞ」
「はあ」
――途端にかじっていたパンがもさもさしてくるのは、なんでだろう。
なるほど、緊張で唾液が出にくくなってしまったんだな、などと考えていたら、
「もそもそ食ってるとリスみたいだぞ」
とからかわれたので
「リスはユリシーズ様でしょう?」
脊髄反射で言い返したら、なぜか赤くなった。おやあ?
「んふふ。怖いとか蛇とか言われてますけど、案外可愛いですよね」
私の悪いところは、こうやってすぐ調子に乗るところで、父にもしょっちゅう怒られた。
「……おま……調子乗んなよ」
ほらね、途端にぎりっと睨まれてしまう。
――やっちまったなー!
「すびばせんでした」
はいわたくし、蛇に睨まれたカエルです。認めます。ゲコゲコ。
そのやり取りを見ていたリニとミンケが、ずっとぷるぷる震えていたけれど、なんでだろう。
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