新婚生活
ネコ好きとトラウマ
「うわぁ、すごい!」
相変わらず、エーデルブラート侯爵が誇る結界は、魔獣を一切寄せ付けなかった。
私はそれを、中庭のガゼボでお茶をしながら、幾度となく眺める。普通の令嬢なら耐えられないかもしれないが、私からすると臨場感に溢れるゲームの世界のようで、むしろ楽しんでいたりする(遠目だし)。
「旦那様の、英知の結晶ですから」
心なしかエッヘンなメイドのミンケも、可愛い。
警戒心の強い彼女がこれだけ慕っているのだから、ユリシーズが悪い人ではないと分かって、なんだか嬉しくもある。
「でもこれ、獣人王国は大丈夫なの? これだけ弾かれてたら、そっちにいっちゃうでしょう?」
「変なところに気が付きましたね」
「そうかしら」
「獣人は、強いので」
「なるほど」
だからうちの国王は、過剰なまでにユリシーズの処遇に気を遣っている、と分かった。
「結界がなくなったら、大変ね」
「はい。普通の人間が魔獣に襲われたら、ひとたまりもないでしょう」
この世界で動物と同じように自然発生する魔獣は、動物と比較にならないぐらいに大きく、牙や爪も鋭い。
獣人王国ではそれを『素材』として狩って、
そのため人間は、武力ではだいぶ分が悪いのだが、なんとか均衡を保っていられるのは、魔法とこの結界のお陰だ。
「ユリシーズ様は、獣人たちと交流をお持ちなのね」
「はい。どうか人間を脅威と思わないで欲しい、と何年もかけて密かに結界を通れる道をお作りになったのです」
「そっかあ。だからお父様は、信頼に足る人物と仰ったのね」
私の父であるカールソン侯爵も『獣人王国と交流すべき派』だ。
王宮では冷遇されているらしいが、おかげでユリシーズとは仲が良いらしい。
「……奥様は、獣人を見下さないのですか」
私は思わずキョトンとしてしまった。
改めて問われても、誰かを見下したり偉ぶるなど、考えたこともない。貴族らしくないと言えばそうかもしれない。そういえば、貴族としての
「同じイキモノだもの。でも、何の獣人なのかは気になっちゃうの。気を付けることとか、知っておきたいから」
「そう、ですか」
「それより、ユリシーズ様に聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「ここって、魔法使ってもいいのかな?」
「あー、どうでしょうか。使いたいのですか?」
「うん。暇だし中庭整えたいなって。だって見てこれ、こんなに広いのに草ボーボー。もったいない」
ふふ、と背後から笑い声がした。
執事が、お代わりのティーポットを持ってきてくれたようだ。
「お庭を整えられたいとのこと、お伝えしておきましょう」
「嬉しい! あと、湖への道もね!」
「……かしこまりました」
目を細めるリニは、明るいところで見ると、ものすごく貫禄がある。
執事服越しだが、全身が筋肉で覆われているのが見て取れ――そしてふと思い付く。
「あ! ユリシーズ様ってひょっとして、ネコが好きなのかな?」
私の言葉を聞いて、無言で目を見開くミンケ。
「だってほら、サーバルキャットとジャガーに、ホワイトタイガー。みんなネコの仲間じゃない?」
それを聞いたリニが、グルルと喉を鳴らす(半獣人でも喉って鳴るんだね)。
「言われてみればそうですね。気づきませんでした」
「リニも!?」
「はい。旦那様は、行く当てのない者を拾っただけだと仰いますが。捨てネコを放っておけなかったのかもしれないですね」
――えぇ~ちょっと待って。今胸がギュンとしたよ! あんな怖い顔で口悪いのに、優しすぎない!?
「おや、好感度上がりましたか」
リニがまた目を細めるので、正直に
「めちゃくちゃ上がった!」
と答えてみた。
「ふふ、ふふふ。奥様は、旦那様と気が合うかもしれません」
「ほんと? 嬉しいな」
結婚したからには仲良いに越したことはないし、と言うと
「たまには奥様とお茶を、と進言させて頂きます」
リニが微笑んで、下がっていった。
「ミンケ。行く当て、なかったの?」
「ちっ……お気になさらず。昔のことです」
まだ心を開いてくれないか、と私はふうと息を吐く。
リニが持ってきてくれた紅茶は、とても良い香りがして美味しかった。
◇ ◇ ◇
「思いっきりやって良い、てそう言ったの?」
「左様でございます」
翌日。
リニが朝食を持って私の部屋にやってきて、開口一番「魔法も庭いじりも、好きにしろとのことです」とのたまった。
「まーじー」
「まじとは、何でしょうか」
「わたくし、そんなこと言ったかしら!?」
「先日から良く仰っていますよ」
「うええ、まずい、気が抜けてる……」
「ふむ? 次からご指摘致しましょうか」
「お願い。ここ、居心地よすぎるんだもん」
これには、お茶の用意をしていたミンケが驚いた顔をした。
「奥様。本気で仰っていますか?」
「うん、ま……本気」
「
「何それ? 誰がそんなこと言ったの?」
――ぴりっ
リニが、殺気を発したのが分かった。
ミンケが青ざめ、直角にお辞儀をする。
「申し訳ございません」
「いいのよ。リニ、許してあげて。ユリシーズ様、もうすぐ三十歳だもんね。過去に色々あったよね」
これはリニが、真剣な顔で否定した。
「奥様。何もございません。勝手に押しかけて来て、勝手に去っていっただけでございます」
「うげー!」
――もしかして、それが原因で出入り制限するようになったのかな? 勝手に入って来といて、ヒステリックにそんなこと言われたら、誰でも嫌になるよ……
「そっかあ。お茶は、無理しないでってお伝えして」
だってこれは、あくまで『白い結婚』だもの。
それに私は、このお屋敷でユリシーズの気配がするだけで、なんだか安心している。
転生者で魔法持ちにとって、大魔法使いの侯爵(しかもひとりで王国防衛できちゃうぐらいの結界師)の家以上に安全な場所を、私は知らない。
自分の家ですら怖くて、今まではできる限り息を潜めて暮らしていた。
ここなら、許可がない限り誰も出入りできない。ようやく自分らしく生きられる気がして、ありがたいことこの上ない。拝もう。拝んどこう。
「朝食のあと、早速お庭に降りるわね」
「かしこまりました」
そうして作業服を着て、首にタオルを巻いて張り切って庭へとやってきた私は、思わず絶叫した。
「な、ななななんこれーーーーーー!!」
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