6. 終焉

 その会話を聞いたのは偶然だった。


 本来その日、ウィリアムは弟夫婦に生まれた跡継ぎの顔を見るために公爵家に滞在する予定だった。


 しかし、甥がタイミング悪く発熱してしまったらしく、顔見せはまた後日ということになった。




 降って湧いた暇だが、何かしていないとエルシーのことを思い出して気が狂いそうだ。


 リリーに何か手伝えることはないか聞こう。




 ウィリアムはそうしてリリーの部屋へと向かい、扉の向こうから漏れ聞こえてくるリリーとその母親の会話を聞いてしまったのだった。






「……でも、大丈夫なの? もし犯人があなただって知られたら、どうなることか……」


「心配ないわ、お母さま。あの時周りにいた人間はもうみんな消してしまったもの。どこからも漏れないわ。だからもっと喜んで?」


「……そうね。あの女の娘を消してくれたんだものね。忌々しい、生まれが良いだけで王妃の座に収まったあの女。……娘もあの女そっくりで嫌いだったわ。もう顔を見ずに済むと思うと、清々した」






 ウィリアムは頭に血が上るのを感じた。視界が赤く染まる。


 リリーが殺したのか。エルシーを。ウィリアムの生きる意味を。




 リリーがウィリアムに抱く好意に、気付いていなかったといえば嘘になる。


 多少好意を持っておいてもらった方が利用しやすいだろうと思っていたのだ。


 それに、リリーはエルシーによく懐いていた。


 まさかこんな形で裏切られるなんて思ってもいなかった。




 ウィリアムは必死に呼吸を整えると、気配を消してその場から離れた。


 絶対に許さない。リリーに、あの女に復讐してやる。エルシーの代わりに。






 ウィリアムはそうしてリリーへの復讐を始めた。


 エルシーを殺めた罪を償わせたかった。


 しかし、リリーは女王だ。もう目撃者もいない以上、裁くのは難しいだろう。




 ではどうすれば良いのか。






(……簡単だ。私が王となり、リリーをその座から引き摺り下ろして裁けば良い)






 ウィリアムは公爵家の出身のため王家の血は流れており、王位継承権も持っていた。


 それに、幸い味方になってくれそうな派閥はある。エルシーの母方の関係者たちだ。




 実際、ウィリアムが王となり彼らに甘い蜜を吸わせてやることを匂わせれば、簡単にウィリアムの側に付いた。




 その気になれば、後ろ盾のないリリーを追い詰めることはそう難しくなかった。


 穏便に退位を迫ることもできただろう。


 しかし、ウィリアムはそうはしなかった。武力による反乱を選んだのだ。


 国は荒れるだろうが、信頼していたウィリアムに裏切られる絶望感と、兵に囲まれる恐怖を味わわせたかった。


 


 


 「リリーとその母親が国庫を使い込み国を傾けている」という噂を流し、それを大義名分として反乱を起こした。


 碌な証拠もない完全な捏造だったが、リリーよりウィリアムを王位に据えたい貴族の方が多い。


 事実がどうであるかは関係なく、より大勢に都合の良い方が真実として扱われる。


 


 そして、そう苦労することなく反乱は成功した。リリーは捕らえられ、その母親はどさくさに紛れて斬り捨てた。


 


 ウィリアムは王となった。








 ◆◆◆








「なんで……? なんで私を裏切ったの? ずっと一緒にいてくれるって言ったじゃない……。何か誤解があるのよ……」




 王城の地下牢、鉄格子越しにウィリアムとリリーは向かい合っていた。


 愛らしく天使の様だと称された姿は見る影もなくやつれ、薄汚れている。


 大きな緑の目に涙を一杯に溜めてウィリアムを見上げていた。




(……あの時と、同じ表情だ)




 エルシーの死を抜け抜けと告げた時と同じ、慰められることを疑わない表情。


 本当に「何か誤解がある」と思っているのだろう。ウィリアムが自分にこんなことする筈がないと信じ込んでいる。


 誤解が解けさえすれば、ウィリアムは自分をここから出してくれるだろうとも。




(……吐き気がする)




 本来、罪を犯したとはいえ貴人をこのような冷たく寒々しい地下牢に閉じ込めるのは正しくない。


 リリーを地下牢に収容したのは完全にウィリアムの独断だった。侯爵家を始めとする貴族たちも異を唱えることはなかったが。




 ウィリアムは静かに答えた。




「……エルシーを殺した犯人を知ってしまったからです」




 それを聞いた瞬間、リリーから表情が消えた。感情が抜け落ちたかのような無表情。


 今まで見たことのないリリーの顔に、ウィリアムは怖気がした。


 


 そして、リリーは表情と同じく感情を何も乗せない声で話す。




「……知っちゃったの? 内緒にしてたのに。でも、お姉さまに居なくなってもらったくらいで、ここまでしなくてもいいじゃない」




 何を言っているんだ、この女は。


 ウィリアムは努めて平静に答えた。




「私はエルシーを愛していました」


「私だってお姉さまのこと、好きだったわ」


「じゃあ何故!」




 予想だにしない返答に、ウィリアムは思わず声を荒げた。




「だって、居なくなった方がみんな幸せになるんだもの。お姉さまは良い方だったわ。こっそり監視をつけていたけど、他人に言えないような後ろ暗いことは何もしなかった。いつも真面目で頑張り屋のお姉さま。でも、それだけよ。女王としても、ウィルの相手として相応しくないわ」


「私の相手に誰が相応しいかなんて、お前が決めることではない! 私は誰が何と言おうとエルシーが良かった! それを、お前は――」


「それはおかしいわ」




 リリーは小首を傾げながらウィリアムを見上げた。


 今までは可愛らしく思えていたが、無表情で行うそれは壊れた人形じみていて不気味に思える。




「あんなにお姉さまを除け者にしていたじゃない。あんなに私と過ごしていたじゃない。私だけじゃなく、誰もがウィルはお姉さまに興味がないんだって思っていたわ。きっと、お姉さま自身もね」


「伝わらなくても、私は確かにエルシーを愛していた!」


「そう。でも、伝わらない愛なんか、無いのと同じよ。ウィルは愛していたのかもしれないけど、お姉さまは愛されていなかったわ」




 ウィリアムはそれ以上、何も言うことが出来なかった。






 確かにリリーの言う通り、エルシーと一緒に過ごす時間は取れていなかった。


 最後に言葉で愛を伝えたのはいつだっただろうか。


 いや、そもそも、愛していると言葉で伝えたことはあっただろうか。


 


 ウィリアムは全身を掻きむしりたい気持ちに駆られた。


 もう遅いのだ。全て。


 エルシーは居ない。居なくなってしまった。








 ◆◆◆








 国庫の使い込みだけだと生涯幽閉で終わっていただろう。


 しかし、ウィリアムが捏造した証拠や目撃者の証言を元に、エルシーを殺害した罪でリリーは処刑された。


 過程は嘘だが結果は真実だ。エルシーも浮かばれるだろう。




 こうしてウィリアムは王になったが、復讐を終えたことで今度こそ完全に生きる意味を見失ってしまった。


 ウィリアムは流されるままに生きていた。


 気づけば実権は侯爵派の貴族たちが握っており、ウィリアムは傀儡王として揶揄されるようになっていた。




 灰色の毎日でウィリアムは思う。




 どこから間違っていたのだろうか。あの日、リリーにずっと一緒にいるなどと言わなければ、エルシーが殺されることもなかったのだろうか。


 もし、エルシーが女王に即位する前に戻れたなら――エルシーを失わずに済むのに。




 ウィリアムは、大事にすべきものを大事にできなかった己の罪を後悔し続ける。

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死に戻り傀儡女王は逃走する 玉菜きゃべつ @kyabetu0930

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