第7話 神下しの儀経編 神下し

   神下し


 夜半過ぎ、車は止まった。

 高速道を下りて、ナビがあるのに散々に道に迷った結果ではあるが、好都合ともいえた。

 筒雲小学校――。公立の、ごく平凡な昭和に建てられたモルタル、四階建ての校舎が並ぶ。

「もうハガレになっているのか?」

 箭内がそう首を傾げたのもムリはない。神は基本、とり憑く相手の傍らにいて、人気のない学校にいるとしたら、それはもう人から離れた、と思われるからだ。

「学校の近くの家の子……だって。ここ最近、学校でおかしなことが起き、調べてみると……」

「だとしても、行動範囲が広い。制約がゆるい、中々に神下しも大変そうだ」

 箭内もため息をつく。


「千々松先生は、車で待っていてくれ」

 箭内が声をかけると、彼の背中にしがみついていた千々松が、震える声で

「い……いいんですか? すいません、先生なのに……。夜の学校って、ちょっと苦手で……」

 正直に「お化けが怖い」と言えば……。

「嫌、足手まといだからですよ。気にしないで下さい」

 千々松はそう腐され、泣きながら「箭内君のバカ~ッ!」と、走り去った。

「優しいですね、箭内先輩……」

 加呂に意外そうな声をかけられ、箭内も頭をかく。

「オレは年上好きだが、巨乳スレンダーの不二子ちゃん系専門だよ。千々松ちゃんはタイプじゃない」

 足手まといは本当。ただ、それ以上に帰りの〝足〟を気にしただけだった。


「もうヤバイのが湧いちゃっているじゃん」

 加呂がそう呟く。

 校舎の中に入ると、黒い人影のようなものが浮かび、目的もなくふらふらと歩く姿があった。

「形を保てず、もう自分という存在すら失いかけている……。神を感じ、救いを求めてでてきたようだ」

 箭内がそう呟くと、加呂が前へでた。

 口笛――。漆黒に染みこむような、澄んだ音色で奏でられる、それは初めてみる動物に呼びかけるような優しく、公園を歩くときのような軽やかなリズムで、黒い人影を包んだ。

 すると、黒い人影がゆっくりと、融けるようにして消える。

 加呂の口笛は、優しい……というより、その逆なんだけど……。箭内は苦笑するけれど、周りの人には黒い人影が癒しをうけ、昇天するようにしか見えないだろう。罪な男だ……。


「梅、寝るなよ」

 箭内からそう言われ、ちょっとムッとした顔をしたが、言葉は返さなかった。まだイヤホンを外さず、やる気はなさそうだが、注意をはらうぐらいには緊迫した空気を感じているようだ。

 彼女はこのぐらいでいい。加呂の口笛で、黒い人影は次々と消えていく。三人がすすんでいくと、四階へと辿りついた。

 箭内は無言のまま、親指を立てて上へと向ける。

 屋上――。そこに何かいる。三人は屋上へとでた。

 月明りに照らされ、巨大な白い身体が浮かび上がっていた。

 大豆のようなやや腰の曲がった身体に、極太の短い手足が生え、赤児のようなバランスで、背筋を伸ばすと三メートルを優に超えるだろう。

 目鼻はなく、毛もなく、身体の半分近くまで裂けた口は開け放たれ、そこから滴り落ちる涎はすぐに気化して消える。

「ハガレ? 異様な雰囲気だが……」

 ゆっくりとふり返った神は、その太い腕に、無造作に少年を握りしめていた。

 背中から無造作に鷲掴みされても、少年はぐったりして動かず。意識を失っているようだ。

 恐らく彼が、神憑き――。

 少年を抱えて、学校にいる理由は何? ハガレになりかかり……としても、釈然としない。

 しかも、黒い人影は彼の周りで屯し、群れお為している、みな救いを求めて神へとすがる。ただ神にその意思はなく、まとわりつくそれを煩そうに手で払い、引きずって歩くばかりだ。


「繋がりが切れていないなら、何とかなる。実体化した本体を叩く。加呂、梅、行くぞ!」

 箭内はそう叱咤すると、すぐに指をパチンッ! と鳴らす、すると周りにいた黒い人影がパッと消えた。

 加呂の口笛と、箭内の指パッチン。ともに波動系と呼ばれる奉術で、威力は強いが攻撃範囲はせまい。

 梅は二人の後ろに位置し、口を開けるけれど声はださず、両手を指揮者のように、流れるように大きく振っている。彼女の奉術は補助系、仲間をサポート、支援をする能力――。

 ホーリー・マザー、彼女の異名である。


 箭内と加呂の二人は、梅のサポートをうけ、神へと突っこんでいく。加呂が口笛を強く、高く吹く。すると黒い人影が消えて、一直線に道ができた。そこに箭内が飛びこんで、神の目の前でパチンッ! と指を鳴らす。

 動きが鈍い。波動の攻撃は、体表面を超えて内部へと達する。

 勝った……少なくとも、動きを止めることはできた。そう思った。でも次の瞬間、箭内は大きく吹き飛ばされていた。

 屋上を囲うフェンスに、無防備のまま衝突した。

 神が動いた気配はなかった。否、実際に動いてはいなかった。

 でも、彼が指を鳴らした刹那、神のぶよぶよとした体表面が波打って、その衝撃を吸収したように見えた。

 さらに、開きっ放しの口をこちらに向けた。

 こいつも……波動系⁈ 梅がサポートしてくれていなかったら、大怪我をしているところだ。恐らくオレにとり憑く神が、波動のぶつかり合いを警戒し、自ら吹き飛んでみせたのだ。それで助かったが、厄介な敵をぶつかった……という意識が、箭内にも芽生えていた。

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神ガカリ 真っ逆さま @Mass-aka-SAMA

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