第6話 神下しの儀経編 アンサンブル
アンサンブル
一台のワンボックスカーが、高速道を走っていた。
「千々松先生、今回の神、層級は?」
ハンドルを握っている千々松 巨摩は、緊張した面持ちでバックミラーを確認することもできず、前を向きながら後部座席にむけて「肆坐」と告げた。
「肆……高いな」
そう呟きつつ、これはもう千々松ちゃんに声をかけられないな……と、箭内 九十郎も思った。千々松はこの中で唯一、免許をもつ大人だが、もっとも小柄で、見た目も幼女のようだ。帰りも彼女の運転かと思うとうんざりするが、今は余計な声をかけないに限る。
「肆坐を相手にするのは久しぶりだな、加呂」
先輩らしく、車内の雰囲気を明るくするよう、箭内は隣にいるぼさぼさ頭の少年に声をかける。
「え~……、そうでしたっけ?」
加呂 響――。何ごとにも興味なく、ドライな印象をうける。整えればイケメンなのに……と、箭内などは思うが……。
助手席に「そうだよな?」と声をかける。
梅 萌音――。彼女はイヤホンをして、ドアをこつこつと叩くなど、自分の世界に没入する。
運転に必死な千々松先生、興味なさげに窓の外を眺める加呂、マイペースで自分の世界をつくる梅――。
久しぶりの遠出、ドライブなのに、台無しだ……。
「誰がこんな三人を組ませたんだ!」
嘆く箭内に、前をまっすぐ見すえたまま、千々松が応えた。
「鬮学園のほこる三重奏(アンサンブル)――。最強だと思いますよ」
「そいつはどうも……。でも、毎回マイペースなこいつらをまとめる、オレの身にもなってくれ」
箭内はそうボヤくが、鬮学園高等部で、チームを組ませるならこの三人、と誰もが納得する面子だ。
「オレたちを呼んだんだ。今回の神下し、肆坐を相手にするから……だけじゃないんだろ?」
箭内は先ほど、話しかけるのを止めようと思った千々松に、ふたたび話しかけてしまっていた。
千々松もハンドルをギュッと握りしめつつ「ハガレ、になりつつある、と……」と応じる。
神下し――。学園に、神懸りとなった生徒を導くこと。ハガレ――。神がとり憑く相手から分離して、野良になること。
神がとり憑いていた人から離れると、制御不能となる。神憑きを説得したり、倒したり、そうやって神を制約することができなくなることを意味する。
箭内も眉をひそめ「おいおい。肆坐どころか、特坐だろ、それ? オレたちだけで大丈夫か……?」
「すいません。あくまで肆坐としての対応で……」
肆坐であれば、彼らアンサンブルでも対応可能だろう。これまで何ともそうしてきた。でもハガレになると……。箭内も今回はハガレになっていないことを祈るばかりだった……。
神には〝死〟という概念がない。人は死んでこの世界から離れるが、神は世界そのもの――。
ちなみに、人の医学的な〝死〟の定義は、心肺機能の停止、瞳孔における光反応の消失……がある。
神は心臓を動かして生きているわけでも、呼吸するのでもない。光こそ神であり、瞳孔がそれを捉え、モノをみているわけではない。
呪いや穢れ、という存在なら、祓いをすることで消滅できる。しかし、神は存在を消すこともできない。ただ隠れてもらう……神道でも、貴人の死をそう定義するけれど、お隠れになってもらうことが、唯一の諫める手段だ。
だからこそ、神憑きとなった生徒にそれを制御する術を学ばせる。それが鬮学園であり、彼ら神憑きを生かしておく理由も、そこにある。野放図に神を放置せず、利用する――。
太古より連綿とつづく、神を人海と隔絶するしきたり。そして今は、研究対象としてのモルモットでもあった。
箭内も車窓をながめつつ、そんな自分の境遇を改めてみつめる。鬮学園という存在を百%支持するでも、肯定するのでもない。でも、こうして神下ろしに使役され、命を懸ける。
檻に入れられたモルモットは、都合よく利用される。
生き死にすら、誰かの手ににぎられ、喘ぐばかりの儚き存在――。
しかしモルモットとて、檻のすき間をさがし、逃げるタイミングをうかがう。オレたちだって、モルモット以上の抵抗をみせてもいいはずだ。素直なよい子じゃいられない。
これまで十分に成果を挙げてきた。この面子で……。気心の知れた相手、鬮学園のアンサンブル――。他の二人はオレを信じ、ついてきてくれる。まだ話をしていないが、きっと同意してくれるはずだ。
モルモットの矜持――。この神下しを終えたとき、それをみせよう。
箭内は静かに、そう決意を固めていた。
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