勇者RTA
西順
勇者RTA
ヤマダは緊張していた。初めて来たラブホテルの雰囲気に、手慣れたようにシャワーを浴びに行った彼女に。これから行われるめくるめく体験への期待よりも、緊張の方が勝っていた。
パシンと己の頬を叩くと、ヤマダは気合を入れ直す。何せ友人たちの中で自分が最初に初体験を済ませるのだ。そう気合を入れて、学校の男子の間で、「誰でも相手をしてくれる」と噂に上る先輩女子に声を掛けたのだから。
先輩は己に声を掛けてきたヤマダを、上から下まで値踏みするように見遣ると、「良いわよ」と軽くその場で返事をし、その日の内にヤマダをラブホテルまで連れてきたのだ。
気合を入れ直せば、この後行われるであろう体験に思い巡らせ、ヤマダは自分の中心がいつもより熱く猛っているのを感じ、居ても立っても居られず、制服をいそいそと脱いで裸になると、クローゼットのハンガーにかければ良いものを、何故かベッド横のテーブルに正座しながら畳んでいた。「今日自分は勇者になるのだ」と思いながら。
「ヤマダよ」
そこで声を掛けられ、ぱあっと明るい気持ちで振り返るヤマダ。が、ヤマダの目に映ったのは、長い髭を蓄えた老人だった。
「私は異世界トリエルシアの善神アガストロべ・イージャ=バン・グ・ドッジャーマゴッグ・ヘルベル・ショーカッカ・ン・トリエルだ」
「知らねえよ」
白けてヤマダの中心もしおしお萎んでしまった。そんな事よりも、ヤマダは自分が裸のまま、どこだか分からないギリシアの古代神殿のような場所にいる事に今更気付いたが、服はあのラブホテルにある。ヤマダの裸を隠す物は無いので、仕方なく堂々としている事にした。
「今、このトリエルシアは邪神シアによって生みだされた魔王イーにより、滅亡の危機に瀕している」
「だから知らねえって。つーか邪神と魔王の名前簡単過ぎだろ」
ヤマダは自分の名前を棚に上げてツッコんでいたが、善神はヤマダの声に耳を傾けずに話を続ける。
「そこで勇者ヤマダよ。この聖槍ドッジャーマゴッグでもって魔王を討ち倒すのだ」
「は? 何で?」
「魔王さえ倒す事が出来れば、魔王の生み出した魔物たちも消滅する仕組みだ。さあ、ヤマダよ。この聖槍ドッジャーマゴッグを持って魔王討伐の旅に出るのだ」
「いや、だから何で?」
「…………勇者だから」
「そっちが勝手に召喚したんだよね?」
「それはそうなんですけど、こっちの都合もあったって言うか……」
「俺にも都合があるんだが? 第一、裸に槍一本持った男が、大手を振って外を歩けると思ってんの?」
「ぷぷ、何で裸なんだよ」
ヤマダが善神から聖槍を奪い取りそれを向けると、両手を上げて降参する善神。
「とにかく、俺を元の場所に戻せ」
「いやあ、それは……」
「まさか出来ないタイプの異世界召喚なのか!?」
ヤマダは聖槍を善神の喉元に突き付けて脅す。
「帰れます帰れます! 魔王を倒せばちゃんと帰れますから!」
「本当だろうな? 嘘だったらただじゃ置かないからな!」
ヤマダの脅しに高速で首を縦に何度も振る善神。言質を取ったヤマダは、まるで聖槍が己の体の一部であるかのように振り回した後、ある一方に向かって槍を構えた。
「ちっ、仕方ねえなあ。久々に本気出すか!」
言うや否や、槍投げの要領で聖槍を投げ飛ばすヤマダ。その聖槍は光の尾を引く程の高速で飛んでいき、聖槍が空の彼方に消え去って数刻後、神殿より遠き城でふんぞり返る魔王を、城ごと消滅せしめたのだった。
「これで良いんだな? さっさと元の場所に戻せよ!」
「え? え? どう言う事?」
いきなりの出来事に善神の情報処理が追い付いていなかった。善神は知らずに召喚していたのだ。ヤマダがかつて違う異世界を救った本物の勇者であった事を。
「何でも良いだろ! さっさと元の場所に戻せっての!」
善神はヤマダにまた脅され、恐れをなしてヤマダを元いた場所へと急いで戻した。ヤマダがぐるりと周囲を確認すれば、そこは確かに自分がいたラブホテルの一室だった。
「いよっしょあ! 戻れた! これで……」
が、そこでヤマダは気付いてしまった。シャワールームから水音がしない事に。それどころか部屋から先輩女子の気配が消えている事に。
慌ててヤマダは彼女の姿を探したが、やはりどこにもいない。そしてやっと気付いたスマホの着信。そこには先輩から一件のメッセージが届いていた。
『最っ低。じゃあね』
こうして勇者となるチャンスを逃したヤマダであり、後日この事を学校中の男子から陰で笑われるようになるのだった。
勇者RTA 西順 @nisijun624
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