第230話 近いなー……まあいいけど


 方針が決まった俺達はこの日は早めに休んだ。


 そして、翌日。

 俺とマリアはいつものように駄々をこねるリーシャを起こすと、朝食を食べる。

 朝食を食べ終え、準備を終えると、タイミングよく、ノックの音が聞こえてきた。


「シルヴィか?」


 俺がそう聞くと、ガチャッと扉が開き、修道服を着たシルヴィが部屋に入ってくる。


「おはようございます。準備は整いましたか?」


 うーん、やっぱり修道服は好きになれんな……

 まだメイドの方が似合っている。


「お前って、それでいいのか? 男に化けなくてもいいのか?」

「私はここでは2つの顔があります。1つは修道女に化け、修道女から情報を集めます。もう1つが裏で暗躍する謎の幻術使いですね」


 今のこいつが修道女でエイミルで会った黒づくめの男が謎の幻術使いか……


「シルヴィさん、私の格好はこれでいいです? 私の修道服は墜落した際にダメになったんですけど……」


 マリアはテールで買った白いローブだ。

 でも、墜落じゃなくて、不時着な。


「構いませんよ。後でマリア様の分の修道服を渡します」

「わかりました」

「それと申し訳ないのですが、さすがに言葉遣いや呼び方は変えます。マリア様呼びはマズいので……」


 まあ、知り合いって思われるしな。


「それは構いません。私は男爵家の出ですし、公爵家のシルヴィさんの方が家柄は上です」

「公爵家? マリア様は何を言っているんでしょうか? 勘違いです。私は名も家もないただのメイドです。貴族じゃないです。庶民です」


 必死だな、こいつ。


「庶民って呼ぶのは貴族だけらしいぞ」


 前にラウラが言ってた。


「さてさてー! 準備が整ったようなので行きましょうか!」


 旗色が悪くなると、すぐに話を逸らすな……

 まあ、いいか。


「シルヴィ、俺とリーシャをマリアの影に下ろせ」

「はーい。それー!」


 シルヴィがわざとらしい掛け声と共に足を上げながら俺とリーシャに手を向ける。

 すると、俺達の身体が徐々に沈みだしていった。


「それ、カトリナじゃないだろ」

「もちろんです。エイミルの酒場の看板娘のルビーちゃんですね…………超美味しいエールでーす!」


 シルヴィがウインクをしながら甘い声を出す。


「楽しそうな酒場だな……」

「大盛り上がりですね。カトリナさんのような計算ではなく、素でバカな子なので大人気」


 バカな女がモテる国だったっけ?

 それ、男もバカだろ……


 俺がアホらしいなーと思いながら呆れていると、どんどんとマリアの影に沈んでいき、ついには完全に沈んだ。

 もちろん、目と鼻の先にはリーシャがいる。


「では、行きましょうか。マリア様、ついてきてください」

「はい。お願いします」


 マリアが頷くと、2人は部屋を出て、階段を降りていった。

 階段を降りていっても俺とリーシャはただマリアの下にいるだけで揺れもなければ、変な感じもしない。

 マリアとシルヴィはそのまま宿屋を出ると、町中を歩いていく。


「では、ここからは失礼をさせていただきます…………マリア、あなたはまず、教国の本部がある建物に行き、昨日話した司教のパスカル様に会っていただきます」


 外に出ると、シルヴィが外向きのしゃべり方をし始めた。


「はい。挨拶ですか?」

「そんなところです。その後は少しずつ修行や仕事をしてもらいますが、御しやすい感じに振舞ってください。まあ、マリアはそのままでいいでしょう。基本的には素直ですし、優しいので評判を聞いたパスカル様や大司教のレノー様がすぐに接触を図ると思います」


 接触?


『こら、シルヴィ。マリアに指一本触れさせるなよ。すぐに火の海にしてやるからな』

『そうね。血の海にしてあげるわ』


 俺とリーシャがマリアの影から念話で忠告する。


『嫌な海ばっかりですね……大丈夫ですよ。接触というのはそういう意味ではなく、マリア様の婚約者の実家へ繋ぎのための接触です』


 それはわかっているけど、ちゃんと念を押しておかないといけないのだ。


『なんか物騒な守護霊がいる気です……』

『質の悪いストーカーか妻の行動を逐一拘束するひどい夫では? いえ、失礼』


 マジで失礼だな……


「シルヴィさん、指輪は外した方が良いですか?」

「いえ、それは大丈夫です。あなたも外したくはないでしょう? 婚約の指輪ということにすればいいです。エーデルタルトにそういう風習はありませんが、婚約時に指輪を贈る風習の国もあります。まあ、遠方の国の風習なんかはどうせわかりませんからそのままで大丈夫です」

『そうね。マリア、指輪は絶対に外してはダメよ』


 リーシャも念話で忠告をする。


 エーデルタルト女子は指輪を外すことはないのだ。

 一方でエーデルタルト男子は誓った剣を常に持っておく。

 俺は誓った相手に盗られちゃったけどな。


「わかりました。では、このままでいきます」

「それと寝泊まりは特別な部屋を用意してもらいました。まあ、私と同室になりますが……」


 賄賂のおかげだな。


『俺らはどうするんだ? まさかこんなところで寝ろとは言わんよな?』


 狭い。


『もちろんです。ちゃんと用意いたします。御二人にそこで寝られると私の亜空間が男女臭くなりそうです』

『どういう意味だ? 俺は臭くないぞ』

『私も』


 ちゃんとお風呂に入っている。


『そんなにくっついると、盛り上がりそうなもんで……』


 そういう意味か……

 いや、お前が亜空間とやらを狭くしているんだろうが……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る