第231話 潜入開始


 マリアとシルヴィが町中を歩いていると、正面に大きな建物が見えてきた。

 建物は白を基調としており、清楚な感じはするが、シンプル過ぎで豪華さはない。


「シルヴィさん、あれですか?」


 マリアが正面の建物を見ながらシルヴィに聞く。


「はい。あれが世界中の教会の総本山である大聖堂です」

『ショボくないか?』

『ウチの王都にあるやつの方が大きいし、豪華よ?』


 俺とリーシャが念話で感想を言う。


『お金がないですからねー。これでも多くの国からの寄付でなんとか建ったんですよ』

『世界中の信者共は?』

『寄付をしてもその国の教会が独り占めでしょうね』


 教国の一番の問題はそこだろ……


 シルヴィとマリアが大聖堂とやらに向かって歩いていると、徐々に神父や修道女などの教会関係者らしき人が増えてきた。

 2人はそんな人達を尻目にどんどんと歩いていくと、大聖堂の中に入る。


 大聖堂の中はやはり豪華さはなく、シンプルな構造となっていた。


「大聖堂という割には普通の建物ですね?」


 マリアがキョロキョロと見渡しながら聞く。


「清貧がモットーですから。マリア、こっちです」


 シルヴィが右の通路の方に歩いていったため、マリアも続く。

 そのまましばらく歩いていくと、とある部屋の前でシルヴィが立ち止まり、マリアの方を見て、頷いた。

 どうやらここがパスカルとかいう司教の部屋らしい。


 シルヴィはマリアが頷き返したのを確認すると、扉をノックする。


『誰だ?』


 部屋の中から偉そうな口ぶりの男の声がした。


「シルヴィアでございます」

『入れ』


 入室の許可を得たのでシルヴィとマリアが部屋に入る。

 部屋では眼鏡をかけた性格の悪そうな男がデスクに着いて、書き物をしていた。


「パスカル様、エーデルタルトのマリア嬢をお連れしました」

「うむ、ご苦労。マリア殿、わざわざ遠い地からよく来てくれた。私が司教のパスカルだ」


 パスカルがデスクについたままだが、丁寧に頭を下げた。


「お初にお目にかかります。エーデルタルトのマリア・フランドルでございます。予定より遅れてしまい、申し訳ございません」

「それは仕方がないことだ。伯爵家とご結婚が決まったそうで…………おめでとうございます」


 この辺は昨日、シルヴィと打ち合わせをしてある。

 要は急遽、結婚が決まったから遅れたということにしたのだ。

 あと、すまんな、ケビン。

 お前のところにしたわ。


「ありがとうございます」

「しかし、そんな状況で教国に来て、よろしいのですかな?」

「はい。向こうの家も待ってくれるとおっしゃってくれましたし、神のもとで修行をし、神の子の責務を全うしたいと考えております」

「すばらしい……やはり高潔を謳うエーデルタルトは違いますな」


 どうせ、エーデルタルトのクソ貴族って思ってるくせに。


「ありがとうございます。婚約者であるケビン様からはくれぐれも粗相のないようにしてほしいと言われております」

「マリア殿ほどの高潔な人は大丈夫でしょう」


 これは相当、賄賂が効いてるな……


『シルヴィ、そろそろ話を切れ。最初は挨拶のみでいいし、長居をするな。以降はこちらからは近づかず、向こうからの接触を待て』

『かしこまりました』


 シルヴィが念話で承知すると、一歩前に出た。


「パスカル様、本日は仕事の説明や建物や町の案内をしようと思ってますのでそろそろ……」

「そうだな……マリア殿、あなたの教育係にはこのシルヴィアに任せる。シルヴィアの言うことをよく聞き、職務に励んでほしい」


 パスカルはうんうんと頷きながらマリアを見る。

 その目は欲が含んでいる。


「お金を見る目ね」


 リーシャがつぶやくが、影の中では俺にしか聞こえない。


「わかりやすい男だな」


 俺もリーシャに完全に同意だ。

 良い商品を見つけた商人の目だわ。


「かしこまりました。シルヴィアさん、よろしくお願いいたします」


 マリアは頷くと、シルヴィに向かって、軽く頭を下げた。


「はい。では、パスカル様、お仕事中に失礼しました」

「うむ」


 パスカルは頷くと同時に手を口元に持っていき、触った。


「何かの合図か?」

「それにしか見えないわね」

『私への合図ですよー。後で来いってやつです。旦那様も奥様も目ざとすぎです』


 シルヴィが念話で教えてくれる。


「あまり上手な男ではないわね。強硬派とやらもたかが知れてるわ」

「そうだなー。表情も丸わかりだし」


 少しは隠せよ。

 マリアでもわかるぞ。


 俺とリーシャが話をしていると、マリアとシルヴィが部屋を出る。


『殿下、リーシャ様、こんな感じで大丈夫ですかね?』


 部屋を出ると、マリアが念話をしてきた。


『ああ、いい感じだった。お前は大人しいし、礼儀正しいから向こうは完全にカモに見てた』

『あなたは相変わらず、そういうのが上手いわねー』


 リーシャが言うと、なんか怖いな……


「マリア、これから修道服に着替えてもらいます。その後は建物の案内をしながら仕事の説明をします。最後に町の説明をして、今日は終了です」

「わかりました。お願いします」

「では、まずは更衣室に向かいましょう」


 シルヴィとマリアが歩き出すと、リーシャがゴソゴソと狭い空間で動き出す。


「おい……何してんだ、お前。狭いだろ」


 俺が文句を言ってもリーシャはゴソゴソと動き続け、ついには俺の後ろに回った。


「いや、何がしたいんだ?」

「目隠し」


 リーシャはそう言うと、両手で俺の目を塞いできた。


「こらー、何も見えないぞー」

「マリアの着替えを見る気?」


 別に見ても良くないか?

 宿屋で泊まる時とかはしょっちゅう見てるぞ。


『マリア様、旦那様とリーシャ様がイチャついております』


 シルヴィが念話で告げ口をする。


『えー、またー?』


 マリアが不満げにつぶやいた。


『イチャついてねーよ。リーシャに着替えを覗くなって言われて目を塞がれているだけだ。何も見えん』

『あー、なるほど。確かに少し恥ずかしいですね』

『でしょ。あなたが着替えるまではこうしておくからさっさと着替えなさい』

『せめて、更衣室とやらに着いてからにしろよ……』


 何も見えんぞ……


『とか言いつつ、あたおか女に密着され、まんざらでもない旦那様であった……あ、これは私と旦那様だけの念話です』

『こいつ、いい匂いがするんだよ』

『あっそ、という感想しか浮かびません。本当にそこでおっぱじめるのはやめてくださいね』


 誰がするか!

 いいから早く更衣室に行け!

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