第222話 大司教マルコ


 俺達は名前も知らないおっさんの家でシルヴィが淹れてくれたお茶を飲んでいる。


「シルヴィ、こいつは誰だ?」


 俺がシルヴィに聞くと、おっさんは眉をひそめた。


「人をおっさん呼ばわりか……礼を知らん奴だ」

「それはお前だ。で? 誰?」


 ニコニコ顔のシルヴィを急かす。


「こちらはマルコさんです。教国の大司教ですね」


 大司教…………ってなんだ?


「マリア、知ってる?」


 俺と同じくわかっていないリーシャがマリアに聞く。


「教会は主に司祭と司教に分かれます。そこからさらに細かく分かれるんですが、まあ、大司教はほぼトップですね。一番トップは教皇ですからその次です」


 ほうほう。

 じゃあ、偉いわけだ。

 でもなー……


「あんまり偉そうに見えないな……」

「確かにそうね……」

「冴えないっていうか、普通です……」


 その辺の酒場にいそうだもんな。


「それはよく言われる」


 マルコは苦笑しながら頷いた。


「親しみやすいってことですよー」


 シルヴィがフォローを入れる。


「ふーん、しかし、大司教ってナンバー2なわけだろ? 地味な家に住んでんな」


 もっといい屋敷に住めよ。


「清貧を謳っているトップが贅沢をしてどうする?」


 えー……


「そんなの建前というか、信者共を都合よくまとめるための方便だろ。普通は搾取して、贅沢をするに決まってんじゃん」

「そうね。私服を肥やすのが宗教家でしょ」


 俺とリーシャが頷き合った。


「ものすごい侮辱を受けているんだが……」


 マルコが心外そうな目をしながらシルヴィを見る。


「この方達はエーデルタルトの御方です。エーデルタルトの王都にある大聖堂はエーデルタルトのお布施でそれはそれは絢爛豪華なものが建てられております。もちろん、そこの司祭はホックホク」


 シルヴィが言うように王都の大聖堂は豪華に作られている。

 まあ、エーデルタルトの力と権威を見せた感じだ。


「はぁー……どいつもこいつも神の教えを何だと思っているんだ…………ん? エーデルタルト?」


 俯いて、ため息をついていたマルコが何かに気付き、顔を上げて、シルヴィを見る。


「こちらはエーデルタルトの第一王子であるロイド殿下です。それと奥様のリーシャ様とマリア様です」

「…………なんで連れてきた?」


 マルコがシルヴィを睨んだ。


「殿下は命を狙われたことと伯父に当たるウォルター王を呪ったことに対し、大変憤慨され、首謀者を殺すとおっしゃられています。ですので、忠実なるしもべである私がご案内した次第でございます」

「お前は誰の味方なんだ?」


 マルコが呆れる。


「当然、ロイド殿下でございます。実は私、教国に潜入するスパイです」

「二重スパイどころか三重スパイなわけか…………となると…………いや、今はいい。それで私のところにエーデルタルトのバカ王子を連れてきて何がしたいんだ?」


 誰がバカだ、誰が!

 自慢じゃないが、頭は良いんだぞ!


「ふふっ、あなたにとっても都合がいいでしょう?」

「貴様はいまいち信用ができんな」

「信用など一切、していないくせに」


 シルヴィが怪しく笑う。


「話についていけんのだが……説明しろ」


 2人でわかり合うな。


「マルコ、我が主に説明をしなさい」

「ころころ人が変わってついていけんわ…………コホン! ロイド王子。まずはこのようなところに御足労いただき、感謝いたす。また、ロクな歓迎ができないことを謝罪する」


 マルコがいきなり礼をつくしてきた。


「期待していないからいい」

「申し訳ない。まず、事情を説明してもよろしいだろうか?」

「さっさと説明しろ」


 さっきからそう言ってんじゃん。


「まずなんだが、この教国には教皇と呼ばれる世界中の全教会のトップがいる」

「そいつが俺の命を狙っているのか?」

「結論を急がないでいただきたい。とはいえ、聞かないだろうから結論から言うと、今回のことに教皇様は一切の関与をしていない」

「それを信じろと?」


 無理無理。

 一番上が一番怪しい。


「実は教皇様はかなりのご高齢でな…………数年前から体調を崩され、ここ1、2ヶ月は寝たきり状態だったのだ。そして、現在はいつ天に召されてもおかしくない状態なのだよ。はっきり言えば、すでに意識がない」


 生きているだけの状態ってことか……

 それなら無理だわな。


「じゃあ、ナンバー2のお前だな。シルヴィ、殺せ」

「はっ!」


 シルヴィがナイフを取り出す。


「待て待てー! 最後まで聞け! というか、お前は事情を知っているだろうが!」


 マルコがシルヴィを怒鳴った。


「私は命じられたことを忠実にこなしますので……」

「うるさい! とにかく、最後まで聞いてほしい」

「聞いてやるから言え」


 さっさとしろよ。


「うむ…………大司教は2人いるんだ」

「ああ、そういうことね」


 もう1人が黒幕か。


「教皇様が亡くなれば、次は私かそいつが教皇だ。ロイド殿下は教国では2つの派閥があることをご存じかな?」

「シルヴィに聞いたな。穏健派と強硬派だっけ?」

「さよう。私が穏健派でもう1人が強硬派になる」


 なんとなくわかる。

 このおっさんが強硬派とは思えないし。


「なるほど。次期教皇を巡って、派閥で争っているな?」

「そういうことだ。私は教皇の地位に興味がないし、相応しいとも思っておらん。だが、強硬派の考えにはどうしても賛同できない。だから争っている」

「…………確かにお前が教皇って言われても信じられないな」


 威厳がまったくない。


「自分でもそう思っている。人には人の器というものがある。どう考えても私には教皇の器はない」


 うん!

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