第221話 器用なシルヴィ


 ウォルターの関所を抜けた俺達はその後も進み続けた。

 そして、しばらくすると、遠くに町が見えてくる。


「旦那様、あれが教国です。通称ファベールの町です」


 ファベール?


「そんな名前なのか?」

「ええ。あの町の人間しか呼びませんけどね。それと旦那様、申し訳ございませんが、さすがに着替えます」


 まあ、メイド服はないか……


「一回、止まるか?」

「いえいえ。旦那様、ちょっと馬車の中をご覧下さい」


 シルヴィにそう言われて、馬車に引っ込むと、馬車の中を見渡す。

 馬車の中はリーシャとマリアが馬車の後ろで腰かけているだけだ。


「もう大丈夫ですよー」


 シルヴィがそう言ったので何だったんだと思いながら馬車から顔を出す。

 すると、シルヴィの姿がメイドから修道服を着た修道女に変わっていた。


「神はいつもあなたを見守っています」


 シルヴィが手綱を握りながら祈る。

 どう見ても教会の修道女だ。


「早着替えかー」


 そういえば、エイミルでも見たな。

 黒づくめの男がメイド服のカトリナに変わっていた。


「正確には幻術でそう見せているだけです。本当はメイド服のままですよ。こんな外で着替えるなんてはしたないことをするわけないじゃないですか」

「それもそうか。でも、カトリナの顔のままでいいのか?」


 服装は変わっているが、顔は変わっていない。


「どうでもいいですよ。これから会う人も私の本当の顔は知りませんしね。だったら…………旦那様がお好きなこの顔にします」


 シルヴィが最後だけ小声で言う。


「お前がそれでいいならいいわ。それよりも町に入るのに検問は?」

「クスッ……絶対に否定しない…………検問は大丈夫ですよ。その辺の兵士より私の方が位は上ですので」

「位?」

「当然ですが、教国内にも序列があります。その辺は後で説明いたしましょう。とにかく、この馬車が検問で止められることもないですし、馬車の中を確認されることもありません。そういうわけで旦那様は馬車の中にお戻りください。到着したら声をおかけしますので」


 シルヴィにそう言われたので馬車の中に引っ込み、3人でじっと待つ。

 そのまましばらく馬車に揺られていると、人の声が左右から聞こえてきたため、町に入ったことがわかった。

 さらにそのまま馬車が進み、待っていると、馬車が止まる。


「旦那様、到着いたしましたので馬車から降りてください」


 荷台にいるシルヴィがそう言ってきたので立ち上がり、リーシャとマリアと共に馬車を降りた。

 馬車から降りると、そこはどこかの屋敷の敷地内だった。

 だが、庭は俺達が乗ってきた馬車が停まる程度の広さしかないし、屋敷も平屋でそこまで広くない。


「ここか?」


 俺は荷台から降りて、俺達のもとにやってきたシルヴィに聞く。


「はい。どうぞ、こちらへ」


 シルヴィが歩いていったのでついていく。

 すると、シルヴィが屋敷の玄関で立ち止まった。


「マルコさーん、シルヴィアでーす」


 シルヴィが玄関の扉をノックしながら声をかける。

 すると、扉が少し開き、髭を生やした男が顔を半分覗かせた。


「シルヴィア、か……?」


 男は半信半疑らしく、扉を少しだけ開けたまま、確認をする。


「そうですよー」

「…………そのしゃべり方はなんだ?」

「仕様でーす…………それともこっちが良かったか?」


 シルヴィが途中で男の声に変えた。

 というか、この声はエイミルの時の男の声だ。


「本物、か。貴様は本当にわからん…………その者達は?」


 男がシルヴィの後ろにいる俺達を見る。


「私の主ですね。まあ、お客様です」

「…………入れ」


 男は疑った目をしながらも扉を開けた。

 すると、扉を開けたことで男の全容が明らかになる。

 男は中肉中背であり、不健康そうな顔をしている以外では特にこれといった特徴のないその辺にいそうなおっさんであった。


「さあさあ、旦那様。狭いところですが、どうぞ、どうぞ」


 扉が完全に開くと、シルヴィが笑顔で俺達を招き入れる。


「ほっとけ……」


 おっさんがシルヴィの物言いにボソッと文句を言った。


「いいから入りましょう。こんなところで話をするわけにもいかないでしょ」


 シルヴィが男を押して屋敷に入っていったので俺達もお邪魔することにする。

 屋敷に入り、そのまま通路を歩いていくと、おっさんがとある部屋に入ったので俺達も部屋に入った。


 部屋の中はテーブルと数脚の椅子がある程度で非常に質素な部屋だった。


「どうぞ、旦那様」


 シルヴィが椅子を引いてくれたので席につく。


「奥様方もどうぞ」


 シルヴィはリーシャとマリアの分の椅子も引き、座らせた。


「お茶を用意しようか……」


 おっさんが俺達を見渡しながらつぶやく。


「それは私の仕事です。あなたもさっさと座ってください」

「う、うむ」


 おっさんはシルヴィの押しに負け、席についた。

 すると、シルヴィがどこからともなく、ティーセットを取り出し、テーブルに置く。


「それ、見覚えがあるが、どうしたやつだ?」


 非常に見覚えのあるティーセットだ。


「旦那様の部屋から持ってきました」


 盗ったわけね。


「ふーん……」

「ところで、皆様、あれはなんですかね?」


 シルヴィが左端の方を指差したので皆がそちらに視線を向けた。

 だが、壁しかない。


「何もないぞ」

「すみません、見間違いでした」


 何だったんだと思いながらシルヴィを見ると、さっきまで修道服を着ていたのにいつのまにか短いスカートのメイド服に戻っていた。


「お前、めんどくさいな」

「と言いつつ、しっかり足を見る旦那様であった」


 そりゃ、目につくだろ。





――――――――――――


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