第219話 教国
ヒラリーの執務室を出た俺達は自室に戻り、身体を休めた。
二日酔いは取れたが、前日までの疲れが残っていたので特に出かけることもなく、自室で思い思いに過ごすことにしたのだ。
翌日は3人で町に出て、旅の準備をする。
買うのは主に食料だったりの消耗品なため、すぐに買い終わった。
俺達は買い物を終えると、王都を回って観光をし、城に戻る。
そのまま何食わぬ顔で伯父上達と夕食を一緒に食べ、就寝した。
そして、まだ他の者が寝ているであろう早朝に起きると、駄々をこねるリーシャを起こし、準備をする。
準備を終え、朝食を食べ終えると、そのまま城を出た。
城の近くには見覚えのある馬車が止まっており、近づいてみると、いつものスカートが短いメイド服を着たシルヴィが荷台に腰かけて待っていた。
「お前、その格好で行くのか?」
旅するメイドなんて初めて見たわ。
「これがカトリナさんのアイデンティティです。あの子は買い物もこれで行くんですよ?」
ふーん、徹底してるな……
「いや、お前、カトリナじゃないだろ」
「ふふ。いいじゃないですか……」
こいつ、短いスカートで座っているから足がかなり見えているし、正面から見たら何かが見えそうだぞ。
「それで大丈夫か?」
「もう! そんなに見ないでくださいよー!」
シルヴィは頬を染め、ちょっと笑いながらスカートを手で引っ張って伸ばし、足を隠そうとする。
自分で短いスカートを穿いているくせに非常にあざとい表情と仕草だ。
「それもカトリナか?」
「ですね」
シルヴィがスカートを引っ張るのをやめ、真顔で頷いた。
「人気な宿屋なんだろうな……」
男が好きそうだわ。
「ギルドと契約している一流の宿屋ですよ。まあ、カトリナさんというか、私のことはどうでもいいので乗ってください。あたお……奥様が眠そうです」
リーシャは半分寝ていると思う。
だって、シルヴィを見ても何も言わないし。
「乗るか」
「ですね……」
マリアはもはやちょっと引いている。
俺達はシルヴィというか、カトリナに若干、引きながら馬車に乗り込んだ。
すると、すぐに馬車が動き出し、リーシャが横になる。
「寝た……リーシャ様には厳しい時間でしたかね?」
「かもな」
朝とはいえ、まだ若干、薄暗い。
町を歩く人の数も少なく、静かだ。
「旦那様ー、マリア様ー、一応、教国について説明したしますのであたおか女を放っておいて、こちらに来てください」
シルヴィが呼んできたので俺とマリアは馬車の前の方に行き、顔を出す。
すると、シルヴィはしっかり膝に毛布を掛けて足を隠していた。
「なんだ……隠すのか?」
「盗賊やガラの悪い冒険者に襲ってくれって言ってるようなものですよ」
いやー、逆に襲ってこないと思う。
スカートの短いメイド服を着た女子が御者をする馬車なんて怪しさがヤバい。
「あのー、盗賊が出るんですか?」
マリアが不安そうに俺の服を掴む。
「その辺も説明しましょう。まず、これは教国に行く予定だったマリア様もご存じでしょうが、教国というのは教国と呼ばれてはいますが、正確には国ではありません」
「それは俺も知っている」
教国は国家ではなく、宗教組織だ。
「なので教国の領土と呼べる土地は非常に小さいです。その辺の貴族の領地よりも小さいです」
それも知ってる。
町とその周辺の少しくらいだったはずだ。
「そうですね。テール、アダム、ウォルター、ミレーに囲まれた小さな領土です」
マリアが頷く。
「はい。その町には宗教関係者の他にも国民というか住人はいます。この人達はどこの所属かわかりますか?」
「えーっと、どこでもない?」
「その通りです。この辺は非常に曖昧となっています。背景にはマリア様が先程おっしゃられたように4つの国の国境沿いにあること、そして、誰もウチの領土ないし、国民だと宣言をしなかったことになります。まあ、わかると思いますが、要らないからですね」
宗教なんてめんどくさいだけだ。
しかも、あいつらは税を納めないどころかお布施を要求してくる。
どこも要らないだろう。
「伯父上やヒラリーも教国には触れないって方針だったはずだ」
もちろん、他の国も似たようなものだろう。
「そうでしょう。だからこそ、犯罪者が隠れ蓑にするのに適しています。私も詳しくはないのでおそらくですが、あのレナルド・アーネットも似たような感じでしょう」
「危ないのか?」
「実際はほとぼりが冷めるまで隠れているだけですよ。教国には教国の治安を守る兵がいますし、安全です。ただし、スラム以外ですがね」
スラムと聞いたマリアが俺を掴む力を強くする。
俺はそんなマリアを抱き寄せた。
「スラム? スラムなんてあるのか?」
「あります。教国の町は2つの区域に分かれています。1つは富裕層でもう1つが貧困層、つまりスラムです」
「富裕層? 清貧はどうした?」
教会は清貧を謳っているはずだ。
「いや、そう呼ばれているだけで実際のところは富裕層もその辺の庶民よりも貧乏ですよ。ただ、貧困層がそれくらいヤバいんです。普通にその辺に餓死者が転がっていますし、犯罪の巣窟です。私達のようなものが行ったら群がってきますね」
地獄かな?
「潰せよ、そんなところ」
「人々を救うのが教会の役目ですからねー。でも、それができていないのが現状です。お布施だけでは厳しいのでしょう」
国家として成り立っていないからか……
「なんでそんなことになったんだ?」
「スラムの人達はよそから来た人ですよ。旦那様はどういう人が宗教にすがるかわかりますか?」
「知らんし、興味ない」
考えたこともない。
「実に栄えあるエーデルタルトらしい素晴らしい答えですね…………宗教にすがる人は弱い人です。弱いといっても色々ありますが、その最たるものが貧困です。理由はたくさんあるでしょうが、戦争や飢饉、他にも借金などの理由で暮らしていけなくなった人が最後に神を頼って、教国にやってきたのです」
「神に頼らずに自分でどうにかしろよ」
それこそ冒険者にでもなれ。
薬草採取でもゴブリン狩りでもできるだろ。
「それは持っている人の考えですね。王族に生まれ、何不自由ない生活を送り、魔法という絶対的な才能を持つ旦那様にはわからないでしょう」
「だから同情せよと? アホか……要は犯罪者の群れだろう」
同情し、救いの手を伸ばしていいものは努力をした者だ。
他人の努力を奪う犯罪者に救う価値はない。
むしろ、断罪すべきである。
「その通りです。ですが、教国は宗教上の理由でそんな人でも救わないといけない。でも、どうしようもない。それでできたのがスラムです」
「潰すことも救うこともできずに放置か?」
ひどくなってんじゃん。
「そういうことです。歪ですよねー。まあ、旦那様には理解できないでしょう」
できるわけがない。
「お前はできるのか?」
「まさか。バカかなって思ってます。私も旦那様と同じですから」
「魔術師だもんな。それに貴族だし」
「ふふふ」
シルヴィがカトリナっぽくない薄気味悪い笑みを浮かべた。
「あのー、私達ってそんなところに行くんですか?」
マリアが不安そうに聞く。
「ご安心を。さすがにスラムには行きません。それにこのシルヴィがお守り致しましょう」
「リーシャもか?」
「あれは守りません。勝手にするでしょう。あ、いや、それはそれでマズいか…………めんどくさい奥様だなー。ちゃんと旦那様が手綱を握ってくださいね」
うーん……
「剣を取られたから無理」
「ハァ……スミュールはどういう教育をしたんだか……」
ホントだわ。
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