第146話 だからエーデルタルトは嫌われる
俺達は王都の北にあるという商業エリアにやってくると、宝石屋を探し始めた。
看板を見ながら探していると、複数の宝石が描かれた看板を見つけたので中に入る。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、背の高い髭を生やした紳士っぽい店員が出迎えてくれる。
「ここは宝石を取り扱う店でいいかしら?」
最初に決めていたようにリーシャが前に出た。
なお、リーシャは扇子で口元を隠している。
「さようでございます。ご覧になりますか?」
「そうね……少し見せてちょうだい」
「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」
店員の男は恭しく頭を下げると、俺達をカウンターまで案内してくれる。
「当店は世界各地から一級品を取り寄せておりますのでお客様のお目にかかるものもあると思います」
「わたくしの美しさに勝てる物があるかしら?」
リーシャがめちゃくちゃめんどくさいことを言い出した。
「はは。そんなものはございません。あくまでもお客様の美しさを引き立てる物に過ぎませんよ」
うーむ、プロだな。
「そう。ならいいわ。と言っても、わたくしはその辺の冒険者に過ぎないのでそんなにお金はないわね」
「さようですか。でしたらお求め安い物を用意しましょう」
嘘つけと店員の目は言っている。
まあ、どう見てもその辺の冒険者ではないわな。
「リーシャ、無駄金は使うな」
俺は不機嫌そうな顔を意識して、釘をさす。
「わかってます。少し見るだけです」
リーシャがそう言って、俺を睨むと、マリアが不安そうな顔で俺とリーシャを見比べた。
「こちらはいかかがでしょう? 南の国から仕入れた最高級の物です」
店員がカウンターの下から木箱を出し、蓋を開ける。
中には緑色に輝く宝石が入っていた。
うーん、金貨300枚!
「いくらかしら?」
「金貨800枚になります」
あれー?
「そう? 500枚がいいところだと思うけど?」
「それだけ質が良いものなのですよ」
「ふーん……」
リーシャは宝石に触れずにまじまじと見る。
「お気に召しましたか?」
「あなた、どう思いますか?」
リーシャは振り向くと、俺に聞いてくる。
「お前には似合わんな。マリアの方が似合いそうだ」
俺がそう言うと、マリアがビクッとした。
そして、リーシャが鬼の形相で俺を見た後にマリアを睨む。
ひえー、怖い。
クソ美人が怒るとマジで怖い。
「あ、あの、私は大丈夫ですので……」
マリアは震えながら小声でそう言うと、俺の後ろに隠れる。
それを見たリーシャがさらに眉毛を吊り上がらせた。
「あ、あの、お客様……?」
店員が明らかに困惑しながら声をかけてくる。
素人め。
こういう時に声をかけるのは間違いだ。
「…………なさい」
「はい?」
リーシャの小声が聞こえなかったようで店員が聞き返した。
「しまいなさいと言ったのです! さっさとそれをしまいなさい!!」
「は、はい!」
リーシャが怒鳴ると、店員は慌てて宝石をしまう。
「リーシャ、宝石はもういいだろう。国に戻ったらいくらでも買ってやる」
「結構です!」
いやー、怖い。
こんなん絶対に嫁にしたくないわ。
まあ、正妻の前でその宝石は妾っぽい女の方が似合うって言う旦那も最低だけど。
「いいからさっさと例の物を売れ。じゃないと今夜のカジノの金がないぞ」
「わかってます!」
リーシャは明らかに不機嫌な感じでカバンから例の宝石を取り出し、カウンターに置いた。
「これは?」
店員が宝石を見ながらリーシャに聞く。
「家にあったものです。買い取ってくださるかしら?」
「い、家にですか?」
その辺の冒険者の家に宝石があったらビビるわ。
「何か?」
「い、いえ。では、拝見させていただきます」
店員は白い手袋をはめると、宝石を手に持ち、眺め始める。
「ふーむ、これは素晴らしいですなー」
「我が家にあったのだから当然です」
こいつ、隠す気あるんか? ……って、思っているだろうなー。
「ふむふむ。なるほど……」
店員は鑑定が終わったらしく、カウンターに置いた。
「いくらかしら?」
「そうですなー…………金貨200枚ってところでしょうか?」
店員がそう言った瞬間、リーシャが持っていた扇子でカウンターを叩いた。
すると、店員とマリアがビクッとする。
「いくらと言いました?」
「き、金貨200枚かと……」
お! 頑張るな!
「この店がウチの領地のものでなくてよかったですね。首を刎ねるところです」
「――ッ!」
店員は目に見えて動揺しだす。
「リーシャ、やめよ。コンラートに迷惑がかかる」
俺はこの国の王子の名前を出す。
「…………まあいいでしょう。本当に金貨200枚ですか? 私の目利きでは500枚はします」
「も、申し訳ございません。何分、勉強不足でして……でしたら金貨350枚でどうでしょう」
150枚も上がりやがった。
「わたくしの言葉が聞こえなかったのかしら?」
「リーシャ、やめよと言っておろうが。この程度の店だぞ。定価で売れると思うな。それに古い宝石だし、そんなもんだろう」
「ですが、350枚では我が家の名前に傷がつきます」
つかねーよ。
なんで宝石を安く売ったら家の名前に傷がつくんだ。
「お、お客様、金貨370枚でどうでしょうか? せっかくご来店していただきましたし、色を付けさせてもらいます」
「370枚…………まあ、そんなところでしょうかね?」
ここが限度ってことね……
「もうそれでいい。こんなことにいつまでも時間をかけるな」
「わかってます。店主、金貨370枚で結構です」
リーシャがそう言うと、店員はあからさまにホッとした表情になった。
「かしこりました。では、少々、お待ちください」
店員は一礼をすると、奥に引っ込む。
そして、しばらくすると、きれいな袋を持って戻ってきた。
「こちらが金貨370枚になります」
「うむ。世話になったな」
俺はそう言って袋を受け取ると、カバンにしまう。
「またのご来店をお待ちしております」
俺達は店員に見送られながら店をあとにした。
そして、今度は王城に向かって歩き出す。
「あの店はどうだった?」
俺は女心がわからない身勝手な旦那の演技を止め、リーシャに聞く。
「最悪ね。あの宝石を金貨200枚ってありえない。完全にぼったくる気だったわね」
リーシャも傲慢な妻の演技を…………やめた?
…………やめた!
「本当はいくらぐらいだ?」
「金貨400枚ぐらいね。450枚でもいい。まあ、そのあたりは地域とかにもよるから370枚ならギリありかなって感じ。それにあの規模の店ならそのくらいでしょう」
「演技をしておいて良かったな。それにしても見事に完全なハズレ妻だったぞ」
「あなたも完璧なハズレ夫だったわ」
演技ね、演技。
「マリアも良かったぞ。正妻にいびられている感が上手だった」
すごい可哀想だった。
「私は本当に怖かったですよ。リーシャ様が人を殺しそうな目で見てきましたからね」
「演技よ、演技。扇子も折らなかったでしょ。はい、返すわ」
リーシャが扇子をマリアに返す。
「どうも。それにしても、やはり高い物の取引の時は不機嫌演技が一番ですね」
「そうね。商人は面倒だからまずは冷静さを奪わないと」
ホント、ホント。
「あいつ、絶対に大国の上流階級の人間って思ってたな」
まあ、合っているんだけど。
「でしょうねー。ロイドがこの国の王太子を呼び捨てにしたのが大きかったわ。あの店主、貴族相手の商売に慣れているみたいだったけど、この国は皆、大人しいのでしょうね」
多分、そうだろう。
そういう地域性って言ってたし。
「ウチでは絶対に商売できんな」
「お母様の無言の圧力に耐えられそうにないわね」
あの人、マジで不機嫌そうな表情を崩さないからな。
人形みたいと思ったことがあるわ。
そんな人に笑えーって頬をつねったことがある俺って、すごくない?
「まあ、これで軍資金もできましたし、カジノに行けますね」
「だなー。さすがに全部は使わんが、遊んでみるか」
「そうね。まあ、その前にお仕事よ」
俺達は町の中央までやってくると、王城を見上げた。
――――――――――――
書籍の第1巻を購入してくださった方、ありがとうございます。
これからも変わらず更新していきますので今後とも宜しくお願い致します。
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