第118話 世界最高の船


 俺達がアシュリー号に乗り込むと、甲板の上にじいさんが待っていた。


「奥様、無事で何よりでございます」


 じいさんが叔母上の前に跪く。


「問題ない。そっちは?」

「すべて終えてございます」

「よろしい! では、積み荷を運び次第、ブランドンを追う!」

「かしこまりました」


 じいさんはそう言うと、立ち上がり、今度は俺の前で跪いた。


「…………殿下、お久しぶりでございます。もう会うことはないと思っていましたが、こんなところで再会できるとは思っていませんでした」


 ……………………誰?


「うむ。久しぶりだな」


 本当に誰?


「リーシャ様もお元気そうで何よりです」


 じいさんはリーシャも知っているらしい。


「そうね。あなたも元気そうで良かったわ」


 リーシャはすまし顔で答えるが、絶対に覚えてないな。


「トニー、そいつら、覚えてないぞ」


 叔母上が空気を読まずにチクった。


「…………まあ、何年も前ですし、御二方は幼かったですからね。殿下、リーシャ様、私は王宮で執事をしていたトニーです」


 …………すまん。

 それを聞いても思い出せない。


「そうか、元気そうで何よりだ」

「そうね」

「お前ら、ひどいな…………」


 いや、そう言われても仕方がないじゃん。

 王宮に執事やメイドが何人いると思ってんだ。

 自分に付いている奴らしか知らんわ。


「別にいいでしょ。そんなことより叔母上、ブランドンを追うと言っていましたが、どこに向かうんです?」


 俺は思い出すのは無理だと判断し、話を逸らした。


「あー、そうだな。ウチの領地に戻ろうとしているはずだからそれを追う」

「あいつらの船、変わってますよね?」


 叔母上は死んだことにするんだろうが、どう言い訳するんだ?


「それな。はっきり言うが、あいつらの作戦は全部、漏れている」

「裏切者の裏切者がいました?」

「そういうことだ。スパイだな」


 まあ、王家が関わっているのならそのくらいのことはするだろうな。

 無駄に1年もかけたわけだし。


 俺なら叔母上の領地ごと一掃する。

 王家も叔母上の領地が裏切りに関わっていたことを把握しているだろうし、本当はそうしたいんだろう。

 それができないのはトラヴィス殿に功績があったことと叔母上が他国の王族だからだ。


「どういう風に言い訳するんです?」

「調査は無事に終えたが、帰る途中で船が難破。そこを偶然通りかかった演習中の船が救助。でも、残念ながら私は死んで海の底」

「アホか……」


 誰が信じるんだよ。


「まあ、私が死ねば、あとはクリフとヘレナだからなー」


 子供なら誤魔化せると思ったか?


「王家が信じません。トラヴィス殿に引き続いて叔母上も事故で死ぬなんて都合がよすぎる」


 しかも、遺体はなし。


「所詮はその程度なんだよ。ブランドンは貴族じゃないからな」

「あいつの正体は?」

「一、優秀な魔術師、二、優秀な剣士、三、優秀な怪盗…………どーれだ?」

「あいつがスカルかよ…………」


 そりゃ隠れ家に詳しいわけだ。


「ブランドンって若く見えるが、40歳を超えているんだよ」

「30歳前後に見えましたよ」


 少なくとも、40歳オーバーには見えなかった。


「若作りか、魔法かは知らんが、よりにもよって、ウチの領地に怪盗がいたわけだ」

「お隣さんもお隣さんでしたたかだったんじゃないです? もしもの時は罪を擦り付けるとか?」

「さあな。もうウチの先代も隣の領地の貴族もいないからその辺りはわからん。わかっていることはあいつが私の旦那の仇ということだ」


 それで十分か。


「確認ですが、叔母上が罪に問われることはないんですか? 裏切者が叔母上の領地にいたわけですし、領主代理ということは一応、責任を負う立場ですけど」


 死罪はないだろうが、何らかの罪は負う可能性はある。


「それはない。王家もトラヴィス様が王都でどういう人物だったかは把握しているし、裏切りに関わっていないことはわかっている。ウチの領地の罪はトラヴィス様の功績でチャラということになった。あと、私は論外だな。そもそもよそ者でギリスもラスコも知らんし」


 叔母上はのんきなことを言っているが、そうではないな。

 トラヴィス殿を始め、裏切りに関わっている可能性のある人間が全員死んでいるからだ。

 王家としては、あとは裏切りとはまったく関係ないクリフが大人になって領主になってくれれば丸く収まると判断したんだろう。


「船長、準備が完了しました!」


 俺と叔母上が話していると、アンソニーが報告をする。


「よろしい! では、出航だ! 総員、配置につけ!」

「はっ!」


 アンソニーが敬礼をすると、乗組員が慌ただしく動き始めた。


「さて、ロイド、お前に世界最高の船の力を見せてやる」

「はあ?」

「この船はな、私にしか動かせない船だ」

「それは知っています」


 この船に操舵室はない。

 叔母上の魔力だけに反応し、叔母上がどこにいようと叔母上の意のままに操られる特性の魔導船と聞いている。

 もちろん、めちゃくちゃ金がかかっている。


「さらにだ、この船は恐ろしく頑丈に作られている。何しろ、軍の飛空艇で使われている特別な魔導障壁を積んでいるからな。嵐が来ようと砲弾が来ようがビクともしない」

「すごいですね」


 アホだ。


「そして、このアシュリー号の最大の特徴はリミッターがないということだ」


 ん?


「リミッターって?」

「普通、魔導船はリミッターが組み込まれている。そうしないと、魔力を大量に流せば、とんでもないスピードが出て、魔導船が大破してしまうからな」


 つまり…………?


「え? 叔母上、それって……」

「さあ、行こう! いくら早朝に出ようと私の船の方が圧倒的に速い! 世界最高で最速のアシュリー号の力を見せてやろうではないか!」


 叔母上がかっこよく啖呵を切ると、アシュリー号が少しずつ動き出す。

 そして、どんどんと速くなっていくが、その加速が落ちることはない。

 とてもではないが、船が出すスピードとは思えない。


「で、殿下、速くないですか?」

「この前乗った飛空艇より速くない?」

「あいつ、アホだわ」


 まさしく、無駄金。

 ここまでするなら飛空艇に乗れよ。


「あははー! これこそが私の船だ! クジラだろうが岩礁だろうが、砕いて進めー!!」


 クジラが可哀想だろ。

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