第119話 天才は負けない


 叔母上の操縦のもと、猛スピードでブランドン達を追っていた。

 だが、これだけのスピードを出しているというのにブランドン達の船は一向に見えない。


「叔母上ー、方向は合ってます?」


 俺は甲板の先で進行方向を見ている叔母上に声をかける。


「合ってる。うーん、追い風だな。どうやら向こうもかなり進んでいる」

「追いつきますか?」

「ん? 私のアシュリー号を疑うのか?」


 あ、やばい。


「いえ、そんなことはないです」

「よし! では、本気を見せてやろう! ちょっと浮くが我慢しろ」


 なんで船が浮くんだよ!

 飛空艇じゃねーか!


「叔母上、浮くのはやめていただきたい」

「アシュリー様、本当にやめてください」


 俺とマリアが断固、拒否する。


「ちょっとだから大丈夫だろ」


 大丈夫じゃない!


「少しでも浮くな」

「死んじゃいます」


 絶対にやめろ。


「めんどくさい奴らだなー…………わかったから黙って待ってろ! 風を感じているんだから」


 魔導障壁を張っているから風なんか感じないだろ。


 俺は呆れながらも待つことにした。

 しばらく待っていると、陸地が見え始める。


「叔母上、着いちゃいますよー」

「わかってるわ! クソッ! さてはウチの一番の軍船を勝手に使ったな」


 この人、どんだけ船を持っているんだろ?


「もう町に着いているんじゃないですか?」

「それはない…………おっ! ドンパチやってるぞ」


 叔母上がそう言うので俺達も甲板の先に立ち、前方を見てみる。


 視線の先には叔母上の領地の町がうっすら見える。

 そして、この船と町の間には3隻の大型の軍船がおり、砲弾が飛び交っていた。


「叔母上ー、船が3隻ありますけど…………」

「2隻は王家からの援軍だ。町を守ってくれるんだとさ…………って、私の船じゃないか! 何を勝手に使ってんだ!!」


 叔母上が怒鳴る。


「叔母上、船を何隻持っているんです?」

「50」


 バカだ!

 こいつ、絶対にバカだ!

 どう考えてもそんなにいらねーだろ。


「叔母上の船でやりあっているわけですね」

「そうなるな…………このままだと私の船が沈んでしまう……よし、突撃するぞ! 総員、白兵戦の用意!」

「いや、叔母上、突撃したら向こうが大破ですよ」


 魔導障壁を張っているんでしょ。


「それもそうだな…………ん?」


 叔母上が何かに気付いたため、俺も前方を見てみると、1隻の船が離れていくのが見えた。

 多分、ブランドン達の船だろう。


「逃げる気ですかね?」

「逃がすか!」


 叔母上は進行方向を変え、逃げるブランドン達の船を追い始めた。

 向こうの船とこちらの船ではスピード差が歴然であり、ものすごいスピードで追いついていく。


「叔母上、追うのは良いんですが、どうするんです?」

「ぶつけると私の船が沈んでしまうな…………よし」


 叔母上は船同士が100メートル程度にまでなると、手を相手の船に向けた。


「海で私に敵うと思うな! メイルストローム!」


 叔母上が魔法を使うと、アシュリー号の前方に渦巻きが現れ、その渦巻きが竜巻に変わる。

 そして、竜巻はまっすぐ敵の船に向かっていった。


 いや、待て。

 アホか。


「また威力をミスったー!」


 また? いつもだろ。


 叔母上が頭を抱えていると、竜巻が敵の船に当たる。

 そして、マストをなぎ倒し、船をボロボロに砕いていった。


「あー! 私の船がー!」


 こいつ、ダメだ…………

 魔力も高いし、強力な魔法を使えるが、基礎がないからまるで魔力のコントロールができていない。

 何も考えずに自分の高魔力をぶっ放しているだけだ。


「クリフとヘレナにはちゃんと基礎を教えておいて良かったわ」


 叔母上のもとで魔法を学んだらこうなる。


「船長! マストは折れましたが、沈んではないです! まだ修復可能です!」


 アンソニーが叔母上の失態をかばう。


 アンソニーが言うようにマストが折れたため、停止はしているが、船は沈んでいない。


「よし!」


 何がよしだ。


「どうするんです?」


 俺は甲板の先頭で敵の船を眺めている叔母上に聞く。


「とりあえずは援軍を待つか…………」


 叔母上がこちらに向かってきている後方の2隻を見た。


「――アシュリー様!」


 リーシャが叫ぶと同時にこちらを向いていた叔母上の後ろから骸骨の仮面を被った何者かが突如現れた。


 そして、叔母上を後ろから剣で突き刺した。


「アシュリー様!」

「船長!」


 仮面の男が叔母上から剣を引き抜くと、叔母上は口から血を吐き、その場に膝をつき、倒れる。

 叔母上の周りは真っ赤に染まっていった。


「スカル…………いや、ブランドンか」


 俺は骸骨の仮面の男を睨む。


「よくもまあ、やってくれたな…………」


 男は仮面を取り、海に投げ捨てた。

 もちろん、仮面の中身はブランドンである。

 直後、俺の横にいたリーシャがブランドンに向かって踏み込み、剣を振る。

 しかし、ブランドンはバックステップでこれを躱し、俺達から距離を取った。


「相変わらず、恐ろしい振りだな」


 リーシャの剣を躱したブランドンが感心したように言う。


「その動き…………一昨日、私達を襲ったのはあなたね」


 リーシャは動きでわかるらしい。


「その節はすまなかった。1人になるのを待っていようと思ったんだが、君達の情事にはさすがにイラッときてね」

「夫婦のそれを覗き見るのは無礼を通り越しているぞ」


 死刑だ、死刑。


「だから介入したんじゃないか」


 もっと悪いわ。


「しかし、よくそんなに泳げるな」


 ここから停止している船まではかなりの距離がある。

 こいつはあそこから泳いでここまで来たんだ。

 しかも、かなり速い。


「そのくらいのことができないと怪盗は名乗れんよ」


 曲芸師かな?


「お前、なんでこんなことをする?」


 一応、動機を聞いてみることにする。


「決まっているだろ。パーカー家が我々を裏切ったからだ」


 お前らが国を裏切ったんだけどな。


「パーカー家ねー…………その言い方でわかったわ。トラヴィス殿の兄と父親が海に沈んだと聞いているが、お前らがやったな?」

「そうだ。20年もの間の密約を破ろうしたからな」


 いや、20年って…………


「本当にバカだな。そういう密約は時が経つほど心変わりするものだ。普通は20年どころか1年も持たん」


 しかも、リスクとリターンが見合っていない。

 それでも20年も持ったのは親戚だったからだ。


「黙れ! それでも上手くやっていた。先代と跡継ぎが死に、残ったのはボンクラのトラヴィスだった。だが、この女の登場ですべてが変わったわ!」


 ブランドンが倒れて動かない叔母上を見る。


「ボンクラが親になって一人前になろうとしただけだろ」

「あのボンクラだけなら問題なかった。だが、この女が連れてきたエーデルタルトの連中があのボンクラを教育しやがったんだ。おかげで正義に目覚めた厄介な男になった」


 あー……ないがしろにされている叔母上を見て、叔母上の部下がトラヴィス殿にキレたんだな。

 それで徹底教育したんだ。


「残念だったな。さっさと降伏しろ。どうせ逃げられないんだから」

「私を甘く見るなよ。お前らぐらいは殺せるし、逃げ切ってみせる」


 ブランドンが剣を構えた。


「ふん、かかってこい。海に沈めてやるわ」


 俺が杖を構えると、リーシャも剣を構える。


「…………どいつもこいつも人の夫をボンクラ、ボンクラと……」


 叔母上が恨み言を言いながらゆっくりと立ち上がる。


「なっ! 何故、生きている!?」


 ブランドンが真っ赤に染まった叔母上を見て、驚愕した。


「トラヴィス様は立派だった。かっこよかったし、優しかった。私の最高の旦那様だった…………許さん、絶対に許さん……! 殺すっ!」


 叔母上がふらふらになりながらもブランドンの方を向く。


「死にぞこないが! 貴様程度が私に勝てると思っているのか!?」

「貴様程度? 私に言ったのか? この世界最高の魔術師である私にか!? 賊風情がっ!!」


 叔母上がキレると、叔母上の足元から血液が浮きだした。


「く、黒魔術か! くそっ! 死ね!」


 ブランドンは叔母上に向かって剣を振り下ろす。

 しかし、ブランドンが振り降ろした剣は叔母上を切ることはできずに肩で止まった。


「なっ!」

「お前は剣も魔法も優れているが、どっちも中途半端だ。魔法を極めた私の相手ではない」

「ほざけ!」


 ブランドンは剣を引き、もう一度斬るために剣を振りかぶった。


「お前が死ね!」


 叔母上は浮いている血液を右手に集め、赤い剣を作ると、振りかぶる。

 叔母上が赤い剣を振りかぶるが、ブランドンが振り始めた剣の方が速く、叔母上の首に当たった。

 しかし、ブランドンの剣では叔母上の首を切ることはできなかった。


「だから中途半端なお前の剣では無理だ。魔法でやらないとな……こういう風に!」


 叔母上が赤い剣を振る。

 すると、ブランドンの胴体が腕ごと切れた。


「お、おのれ、バケモノめ……!」


ブランドンは口から血をこぼしながらそう恨み言をつぶやくと、崩れ落ち、上半身と下半身が分かれた状態で甲板に沈んだ。


「今度は成功だ。さすがは私」


 いや、何が成功で何が失敗なのかわかんねーよ。

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