第086話 俺は悪くねぇっ!


 俺は叔母上についていき、海賊船に乗った。

 海賊船といっても普通の船とは変わらず、船乗り達がガラの悪そうな男達なくらいだ。


「……で、殿下ぁ」


 ガラの悪そうな海賊達に囲まれているマリアが不安そうに俺の背中を掴む。


「大丈夫だから」


 俺はマリアの肩を抱くと、そばに寄せた。

 マリアは男が苦手になっているのだ。

 ましてや、こういう輩はダメだろう。


「アンソニー、このアホ共にちゃんと言っとけ。貴族令嬢は身の危険を感じたら平気で殺しに来るか、自害するぞ」


 叔母上がアンソニーに忠告する。


「それは船長で知ってます。船長の親戚と言っておきますよ」

「そうしろ。あと飯な…………ロイド、こっちだ」


 叔母上はアンソニーに指示をすると、船室に入っていく。

 俺達も続いて船室に入ると、そこは船長室のようで大きな机には海図やペンなどが置いてあった。


「邪魔だな」


 叔母上が机の上の物を手で払うと、床に物が散らばっていく。


「叔母上、汚いですよ」

「船でそんなことを言ってられるか。波が強くなれば自然とこうなる」


 豪快な人だなー。

 昔から大人しい人ではなかったが、ここまでではなかったのに。


 俺が叔母の乱暴な所業に呆れていると、ノックの音が船室に響いた。


「船長ー! 3人分の食事を持ってきましたよー!」

「入れ」

「うっす!」


 返事が聞こえると、さっきアンソニーが指示をしていた男が器用にプレートを3つ持って、部屋に入ってくる。


「えらい早いな…………指示したのはさっきだぞ」


 叔母が呆れる。


「いや、船長が指示する前に甥っ子さんが偉そうに命令してました」


 偉そうなんじゃなくて、偉いんだよ。


「ふーん……8年経っても傲慢なところは変わらんな。まあいい。そこに置け」

「へい!」


 男は叔母上がきれいにした机にプレートを並べていく。


「ん。お前らは待機してろ。見張りを忘れるな」

「うっす!」


 男は大声で返事をすると、船室を出ていった。


「話をしたいが、その前に食え。腹減ってんだろ」


 俺は叔母上にそう言われて、机の上に置かれたプレートを見る。

 プレートにはパン、肉、野菜に加えて、鉄か銀かはわからないが、金属製のコップみたいなものに入ったスープが置かれていた。


「叔母上、ありがとうございます」

「アシュリー様。ありがとうございます」

「このご恩は一生忘れません」


 俺達は机に置かれた椅子に座ると、食事を食べだす。


「うん…………まあまあだな」

「そうね…………そこそこ」

「この空腹で温かい食事を食べて、その言葉をひねり出すことができる御二人を本当に尊敬しますよ……」


 いや、美味いよ?

 めっちゃ美味い。


「叔母上、船の上なのにこんなのが食べられるんですか? というか、この器は何?」


 俺はスープが入った金属製の器を手に取り、叔母に聞く。


「そりゃ、缶詰だ。その食事は全部、そういう容器に密閉させて入れられた保存食だよ」

「これが保存食? 温かいし、普通の食事と変わらないですけど?」

「保存食を調理してある。私はグルメだから料理人を雇って船に乗せているんだ」


 海賊のくせに?


「へー。しかし、こんなんがあるんですね。俺達も携帯用の保存食を食べてましたけど、塩漬けとかでした」


 あれはあれでまあまあ美味い。


「ギリスはこういうのが発展した国なんだよ。エーデルタルトは遠すぎだから輸出していないが、近隣にはこの缶詰を輸出しているくらいだ」


 へー……


「確かにこれは保存食としては良いですね」

「まあな。高いし、重いという難点があるが、便利だ」


 確かに金属は重いだろうな。


「叔母上はギリスにいるんです?」

「そうだな…………まあ、その辺は教えてやる。だが、その前にお前らのことだ。何故、こんなところにいる?」


 食事を食べ、腹が膨れてくると、叔母上が聞いてくる。


「話すと長いんですけど…………」

「かいつまんで話せ」


 叔母上はそう言って、椅子に腰かけた。


「えっと、話は俺が廃嫡になったことから始まる」

「は? 廃嫡? お前が? 何かしたか?」


 叔母上があっけにとられたような顔をする。


「何もしてない。理由は…………俺が魔術師だからかな? ほら、陛下って魔術師嫌いじゃん」

「あー……あいつ、まだそんなんなのか……………私も散々言われたな」


 叔母上も魔術師だから兄である陛下は気に入らなかったみたいだ。


「魔法って便利なんですけどね」

「兄上は魔法が嫌いなわけではないぞ。むしろ好きなくらいだ。問題は兄上に魔法の才能がまったくなかったこと」


 はい?

 初めて聞いたぞ。


「え? 僻み?」


 ふざけんな!


「いやー、僻みとは違うな。魔法が使えないから武術に打ち込んだ。そうやって価値観が変わったんだと思う」


 僻みじゃん……


「それで廃嫡? 暗君じゃん」

「うーん、さすがにそれだけで廃嫡にはならん気がするけどなー…………すまんが、わからん。私が知ってるのは8年前だし」 


 そりゃそうだ。


「まあいいや。えーっと、廃嫡になった俺は…………リーシャと駆け落ちをした」

「嘘ですー。腹いせに放火して逃げたんですー」


 マリアがチクる。


「お前、旦那を裏切るなや」

「アシュリー様に嘘は付けません。というか、バレバレな嘘をつかないでくださいよ。そんなのに騙される人はいません」


 …………こいつ、記憶力がないんか?

 お前、おもっきし、騙されてたじゃん。


「めんどくさいからケンカすんな。それでテールに逃げたのか? よりにもよって、なんでテールなんかに?」

「飛空艇で逃げたんですけど、空賊に襲われてテールに墜落……不時着した。その後も色々あったけど、割愛する。とにかく、アムールで軍船を奪い、エイミルに行こうとしたんですよ」

「ふーん…………目的地はウォルターか?」


 まあ、想像はつくか。


「そうですね。伯父を頼ろうと思ったんです」

「なるほどな。それで素人が海に出て、遭難か…………バカじゃね?」


 お前も遭難したんじゃないのか?


「色々あって、疲れてたんだよ!」


 それでちょーっと錨を下ろすの忘れただけだ。


「はいはい…………まあ、事情はわかったわ。それでスミュールの小娘を連れてきたのは?」

「こいつも放火したから」

「は?」


 叔母上が再び、あっけにとられたような顔をする。


「わたくしはそんなことをしておりません。ただ、心に決めた夫についていっただけです」


 さすがは下水。

 王族に平気で嘘をつく。


「夫? 結婚したのか?」

「殿下は約束してくださいました」

「ふーん…………お前、手が早いな」


 叔母上は何かを察したらしい。


「ほっとけ。まだ祝言はあげてないが、近い将来にはあげるんだからいいだろ」

「…………13歳の時だからすでに5年も経ってまーす」


 マリアが小声で言う。


「黙れ、マリア」


 本当のことを言うんじゃない。

 俺が悪いみたいじゃないか。

 

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