第087話 波乱万丈
「まあ、ロイドとリーシャのことはどうでもいい。いずれそうなることだ。ところで、こいつは誰だ?」
叔母上はマリアを指差しながら聞いてくる。
「貴族学校で同級生だったマリア」
「マリア・フランドルです。アシュリー様にお会いできて光栄です」
マリアは立ち上がると、跪かずに軽く頭を下げた。
跪かないのは自分がそういう立場であるという説明でもある。
要は親戚ですっていう自己紹介。
「フランドル……?」
叔母が首を傾げる。
「ほら、ワインが名産のとこ」
「あー、あそこか…………いや、あそこって男爵じゃなかったか? いいのか? 側室に迎えるつもりなんだろ?」
さすがに叔母上もそのあたりは聞いてくる。
「廃嫡されたわけだし、別にいいかなって。最悪はゴリ押しする」
「周りがうるさいぞー」
「リーシャがいいって言ってるし、どうにかなる」
「うーん…………まあ、好きにすればいいが…………しかし、男爵ねー」
叔母上がマリアをじろじろと見る。
「不満か?」
「妾じゃダメなのか?」
「嫌だってさ。イアンの申し出も断ったっぽい」
「ふーん…………兄弟で女を取り合うのは面白いな」
面白くないし、別に取り合ってない。
「そういう感じではないんだけどな」
「まあ、男女のことは何があるかわからんのが常だからな。私自身もそうだったし」
叔母上自身?
「叔母上は結婚されたんですか?」
「そうだな。子供もいる」
子供もいるのに海賊してんの?
「叔母上、そのあたりのことを教えてください。何があったんです?」
「話せば長くなるんだが……」
「かいつまんで話せ」
面倒だ。
「…………似てますね」
「…………まあ、どっちも傲慢だから」
うるさいなー……
「うるさい小娘共だ」
あっ……
やめて。
同じことを考えないで。
「叔母上、話してください。なんで生きているんです?」
「それだと非常に嫌な聞き方になるな…………えーっと、お前らの認識では海で行方不明か?」
「そうです。嵐に遭って行方不明です。皆、口には出しませんが、海に沈んだんだろうという認識です」
ただそういう残骸が見つかっているわけではない。
「まあ、それで合ってる。だが、沈んだわけではない。私の船は魔導船だし、私自身も優秀な魔術師だから嵐ぐらいでは沈まん」
叔母上のアシュリー号は大きいし、金をかけただけあって頑丈そうだもんなー。
「遭難です?」
「いや、ちょっと場所がわからなくなっただけだ」
それを遭難っていうんだよ。
「…………似てますね。殿下と似たようなことを言ってます」
「…………ロイドも頑なに不時着って言い張ってるしね」
俺は不時着したで合ってる。
撃墜されたわけではないもん。
「それでどうされたんです?」
「海賊に襲われた」
え?
「どういうこと?」
「そのまんま。ほれ、私の船って高そうだろ? そりゃ狙われる」
まあ、俺達が乗っていた船を襲う海賊はいないだろうが、アシュリー号はなー……
積み荷が乗ってそうだし、船だけでも売れそうだ。
「それで?」
「しゃーないから降伏……というか、よくわからんかった。助けを求めたらいつの間にか拘束されてた。この船みたいにご丁寧に海賊旗を掲げてなかったしな」
「よく生きてますね?」
自害せんのか?
「うーん……その辺は言いたくないなー」
「言えよ」
「うーん、まあ、その海賊船は私掠船だったわけだ」
私掠船?
「何それ?」
「敵国に限るが、海賊行為を国から認められた船だよ。その時の海賊船はギリスの海軍で船長は貴族だったわけだ」
「へー……そんなんがあるんですね。ということはギリスの貴族に保護されたんです?」
「まあ、そんな感じかなー……?」
叔母が言い淀む。
「違うん?」
「いやー、海賊だったな。捕まった私は保護されたんだが、その夜、その貴族にお酒を勧められて飲んだんだが、朝起きたらヤラれてた」
ん?
「はい?」
「そのまんま。甥っ子に言うことではないから濁して言うが、大人の関係だな」
濁す意味あるか?
「自害もんでは?」
何も知らない箱入りがナンパ野郎に潰されてヤラれちゃってんじゃん。
「当然、私もそうしようと思ったら止められてな。どうやらエーデルタルトの貴族だと知らなかったみたいだ」
「それで?」
「うーん、色々あったが、そいつが私の旦那だな」
責任を取らせたわけかい……
「子供がいるって言ってたけど、そいつの子供?」
「そうそう。6歳の男の子と4歳の女の子がいる。お前の従弟妹にあたる」
まあ、そうなるか。
「で? ギリスの貴族の正室になったわけ?」
「だな。いやー、大変だったわ。ギリスの王に報告したんだが、ギリスの王は私をエーデルタルトに送還するとか言い出してな」
そりゃそうだろ。
一国の王族なんだから。
「どうしたん?」
「その場でナイフを出して首を切った」
「王の?」
「アホか。自分の首に決まってるだろ。要は離縁しろって言われたんだ。死ぬしかない」
アホはお前……というか、頷いている女3人だと思うが、言えない。
「よく生きてたな……」
「それな。意外と自分の首を切るって難しいんだ。自害に失敗して、その場で王のかかりつけの医者に治された。今度からは心臓を刺そうと思う」
その現場はパニックだったんだろうなー……
急に目の前で自害するんだもん。
そんなもんを見せつけられたギリス王が可哀想だわ。
あと、なるほどーって顔をしている1号さんと2号さんが怖い。
「それで送還はなしか?」
「そうそう。私がエーデルタルトの人間だということは秘密にして、晴れて正室だ。まあ、皆、知ってるけどな。その場に結構な数の貴族共がいたし」
すぐに噂になったんだな。
王の前で自害するイカレ女って。
「うーん、大体わかったけど、なんで海賊してんの? 正室なら家で大人しくしてろよ」
「それなー……まあ、昨年、私の旦那が死んじゃったわけだ」
えー……
「病気?」
「いや、とある島の調査中に事故死だな。軍人だったからしゃーない気もするが、辛い…………やはり反対を押し切ってでもついていけばよかった…………トラヴィス様…………ぐずっ」
叔母が暗くなる。
事故の状況はわからないが、魔術師の叔母がいたら助かったのかもしれない。
「ご愁傷様です……」
「ホントなー……まあ、死んじゃったもんは仕方がない。子供がいるから後も追えんし、喪に服して子供を立派に育てるだけだ」
「喪に服してねーじゃん」
喪に服すって海賊することじゃねーぞ。
「しゃーないだろ。旦那の跡取りは長男なんだが、まだ6歳だ。政治ができる年齢じゃない。だから私が代理をやっている」
「よく他国の叔母上が認められましたね? 普通は王都から代官が来るのでは?」
「なんでウチの家によそ者を入れないといけない? ふざけるな! ……って申請したら普通に通ったぞ」
何をするかわからないイカレ女が怖かったんだな…………
ギリスとエーデルタルトは離れすぎているから風習が理解できないんだ。
「それで海賊ねー……もうちょっと軍らしくしたら?」
いかにも過ぎるだろ。
「これは趣味の回遊だ。仕事中じゃない…………あ、いや、巡回だったわ」
サボり中ね。
「乗組員は軍属?」
「軍属はアンソニーだけであとは町の飲んだくれ。まあ、傭兵を兼ねた農民だから役に立つぞ。規律はお察しだが……」
「よく無事でいられますね?」
こんな狭いところで女一人。
「なーに、最初に私の魔法を見せつけてやればいい。海の上では魔法が絶対だ。何しろ逃げるところがないからな」
船の上で魔法を使われたら全員、お陀仏か……
「確かにそうですね」
「いやー、他国は良いぞー。私の魔法がこんなに評価されるなんてな! 魔導船を動かせるだけで評価される」
「それは俺も思いましたよ。エーデルタルトでは評価されませんからね」
「ホント、ホント。まあ、そういうわけだから私はエーデルタルトには帰らん。この地で生きて、この地で死ぬ」
まあ、いいんじゃないかな?
「わかりました。特に問題があるわけではなさそうなので黙っておきます」
どうせエーデルタルトとギリスは遠すぎて国交もないし、関係ないだろう。
まあ、ギリス王がちょっと気の毒なくらいだ。
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