第064話 あれは4年前の秋のある日の夕暮れ……


 俺達はその後も森に向かって歩き出すと、ようやく森が見えてくる。

 ここまで来るのにやはりかなり数のタイガーキャットと遭遇し、その度に俺とリーシャが倒していた。


 俺達はそのまま森までやってくると、森の中からベンが1人で出てきた。


「よう、お前だけか?」

「ああ、あまり大人数で森の外に出るべきではないからな…………ララか」


 ベンがララを見る。


「あ、ベンさん」


 どうやら知り合いらしい。

 まあ、同じ犬族だしな。


「悪いが、キツネの妹は無理だった。質が良すぎて奴隷市の目玉のオークションだそうだ。最低でも金貨1000枚。ちなみに、こいつは金貨30枚」


 俺がララを指差すと、ララがちょっとへこんだ。


「…………ジュリーは無理だな。しかし、高すぎだ」

「あのキツネを見る限り、上流階級だろ。そういうのは子供の頃からしつけや教育がなされているから上流階級の者が買っていく。それこそ俺らが知っている方の奴隷だな。慰めにはならんが、そういう奴隷の扱いは悪くないぞ」


 使い捨てができないし、見た目も良ければ、庶民とは比べ物にならないくらい贅沢ができる。


「まったく慰めにならんな。まあ、どちらにせよ、他の奴隷を含めて救出する…………ついてきてくれ。料金の魔石を渡そう」


 ベンがそう言って、森の奥に進んでいったため、俺達もあとをついていく。

 そのまま歩いて奥に進んでいくと、タイガーキャットに一匹も遭遇せずに獣人族の基地に到着した。


「タイガーキャットに会わなかったな」

「支払いの魔石のために狩りまくったからな」

「そりゃご苦労さん…………ん? ティーナか」


 広場の奥からティーナがこちらに向かって走ってくるのが見えた。


「お姉ちゃん…………」


 ララは駆け寄ってくる姉を見るが、この場から動こうとしない。


「ララ、行ってもいいぞ」

「ありがとうございます…………おねーちゃーん!」


 俺が許可を出すと、ララがティーナのもとに駆けていった。


「あれがララか……?」


 ララが駆けていくと、ベンが唖然とした感じで聞いてくる。


「知らん。だが、ずっとあんな感じだったぞ」

「ララは活発な子だったし、言い方が悪いが、生意気な子供だった」


 まあ、姉の感じだとそんな気はする。


「面影がないわね……」

「物静かというか、常に怯えている感じでした」


 そんな感じだったな……

 まあ、昨日の夜はリーシャの嫉妬のせいだけど。


「…………何があった?」

「奴隷商の店に行ったが、教育という名の折檻だな。あのくらいのガキなら暴力ですぐに大人しくなるだろう」

「……そうか」


 ベンが拳を握りしめる。


「奴隷商が言うには男が12人、女がララを入れて41人だそうだ。それとお前らを乗せた船が来ないことに疑問を持っていた。あの感じだとまだ沈没したとは知らないな」

「それでも50人以上か…………多い」


 50人の奴隷を連れて逃げるのは相当な負担だ。


「厳選した方が良いぞ」

「そういうわけにはいかん。だが、作戦を考えねば……」


 頑張れ。

 派手なのにしてくれよ。


 俺達とベンが話していると、目を潤ませたティーナとララがこちらにやってきた。


「妹を助けてくれてありがとう」


 ティーナが頭を下げる。


「たいしたことはしてない…………って言いたいが、そうも言えんのが悲しいな」


 俺がそう言うと、リーシャとマリアが悲しい顔をする。


「…………何かあったの?」

「女奴隷にはお前みたいなのやもっと肉付きの良い女もいた。そんな中から10歳のガキを選んだ俺は小児性愛者認定だよ」


 多分、周りにいた獣人族の女共もそう思っただろう。


「……………………」

「……………………」


 ティーナとベンが黙った。


「ロイドは小児性愛者じゃないわ。私を選んだのですから」


 リーシャがフォローをしてくれる。


「そうだな。お前との婚約が決まったのは8歳くらいか?」

「いや、その時はあなたも8歳でしょうが」

「まあ、そもそも俺は選んでないがな。両家で決まったことだ」


 王子であり、しかも、王太子なんだから当然だろ。


「は?」


 リーシャが真顔になった。


「…………殿下ー! 婚前でヤッちゃっておいてそれはないですー! 早く謝ってくださいぃー!」


 マリアが小声で叫ぶという器用なことをしてくる。


「そうだな……まあ、お前を選んだのは14歳の時だったからセーフだ」

「13歳と245日ですけどね」


 俺は14歳だったの。

 ってか、具体的すぎない?

 怖いわ。


「うわー……友人の生々しい話を聞いちゃいましたー…………ってか、早っ! 貞淑さのかけらもない!」


 うるさい友人だ。


「別に問題ないでしょう? 私はロイドと生き、ロイドと死ぬ。ただそれだけ」


 なお、俺は何も考えていなかった。

 これを言ったらマジで刺されるから墓場まで持っていく。


「お前らはちょっと黙ってろ。ベン、魔石を持ってこい。ティーナよりも高い金貨30枚だったからタイガーキャットの魔石で60個だ」

「…………わかった。取ってくるから待ってろ」


 ベンは魔石を取りに広場の奥に歩いていく。


「ねえ、私より高いって言う必要あった? あと、私を金貨20枚で固定しないで」

「似たような値段だろ。そんなことより、悪いが、作戦の日まではララをこっちで預かるぞ」

「え? なんで?」


 ティーナがララを抱くように庇う。


「ここでお前にララを引き渡すと、リーシャが殺したか不法投棄と思われる。そうすると、罰金刑なうえに怪しまれるんだ。作戦当日に町の入口付近に置いておくから回収しろ」

「でも、せっかく会えたのに……」

「3日後にはずっと一緒だ。それまではお前のここの暮らしより贅沢に暮らせるから安心しろ」

「…………わかった」


 ティーナは渋々頷く。


「まあ、俺らも明日明後日は仕事でこっちに来るし、お前らの当日の動きも把握しておかないといけないから来るよ」

「ありがとう!」


 ティーナはぱーっと明るい表情になる。

 ララもまた表情は薄いが笑っている気がした。

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